不完全な人達

神崎

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北と南

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 目的の温泉街は史の地元とは違い、川縁にある小さな温泉街だった。昔から湯治客の多いところで、その名残のように小さな宿が点在している。そして男が楽しむ施設もあるようだ。
「ここ、ストリップありますねぇ。」
「ババアしか出てこないっすよ。」
 同じ編集長同士で三人部屋になった史は、その様子を右から左に聞き流していた。ここに来たのは、別に温泉を楽しみに来たわけでも、ストリップを見に来たわけでもない。仕事で来たのだ。
「で、会議はいつからでしたかね。」
 携帯電話を見て、スケジュールをチェックしようとした。そのとき清子からのメッセージが来ているのに、今、気がついた。珍しく写真付きのメッセージだ。
 どうやら清子の行った土地は寒波が来ていたらしく、駅を降りたら真っ白な銀世界だったのだという。いつもの格好で行ったのだったらとても寒いだろう。マフラー一つでもしていけば良かったのにと思っていた。
「お、正木編集長。彼女からですか。」
 一人の男が携帯電話を見て少し微笑んだ史を見て、彼女からだと思ったのだろう。
「そうですね。あっちも出張ですから。」
「徳成さんでしたっけ。地味そうだけど、良い体してますよね。」
「えぇ。」
 下品な言葉にはもう慣れた。清子は一見地味そうだが、ベッドの上ではとても乱れるのだと、噂が立っているのは聞いて聞かないふりをした。実際そうなのだから仕方がない。
「徳成さんって、家は会社の近所ですか?」
 一人の男がそう史に聞く。
「いいえ。バスで通ってますよ。でもどうして?」
「んー。こんなことを言って良いのかわからないですけど……何回か、会社の裏手から出てくるのを見て。」
「裏手?」
 そこは晶が住んでいるアパートに近いところだ。
「俺、朝ランニングしてるんですよ。そこから出てくるところを見て。」
「……ちょっとごたごたしたこともありましたからね。」
 そう言って史はごまかした。だが心の中がどろどろと暗い闇に包まれている感覚がした。
 今日、清子は北の土地へ行っている。そして晶も行っているのだ。お互い離れているとは言っても、合流しようと思えば合流できる。そして清子は晶に流されたりしないのだろうか。
「すいません。男性の方々。」
 外から声が聞こえる。堀の声だ。
「はい。」
「そろそろ話し合いをしますから、宴会場の方へ来てください。」
 そう言って堀は去っていく音がした。
「堀さんも良い体してるよな。」
「あぁ。人妻なのがもったいない。」
 男というのはこういう話題しかないのだろうか。史は呆れたように立ち上がると、資料をバッグから取り出した。

 新たに発刊するのは、タウン誌、スポーツ誌、文芸誌、そして音楽雑誌。音楽雑誌には力を入れているらしく、創刊号には世界的に有名なバンドのインタビューを取り付けたらしい。
 音楽雑誌の編集長になるのは、先ほど部屋で下品なことしか言わなかった男だったが、仕事となればしっかりと受け答えをしている。おそらく、本人も音楽をしていたのだろう。
「クラシックしかしていなかったと言っていたのにな。」
 休憩中、史は煙草を吹かしながら別の編集長の話を聞いていた。
「クラシック?」
「北の方のプロ団体があるの知らない?」
「オーケストラの?」
「あぁ。そこでコンマスをしてたらしいよ。」
 クラシックは全ての基礎の音楽だ。だからロックだろうと、歌謡曲だろうとこだわりはないのだろう。
「クラシックの雑誌につきたかっただろうにな。」
「音楽雑誌はロックが中心ですか。」
「そうみたいだよ。ほら、最近「black cherry」なんかがもてはやされてる。」
 聞いたことはあるが、音楽までは聴いたことがない。だが姿を見る限りだと、作り込んでいるといった印象だ。
「プロだったら実入りも良かっただろうに、どうして編集者に……。」
「さぁね。俺みたいに、足を壊したとかという理由じゃなさそうだ。」
 そのと宴会場から文芸誌の担当の女性がやってきた。まるで清子を老けさせたような女性で、元々は図書館に勤務していたのだという。史よりも年上で、まだ独身なのだ。きっとそのまま独身を貫くのだろう。新聞社では、読み物のコーナーを担当していたのだという。
「お疲れさまです。」
 黒縁の眼鏡がさらに清子を想像させた。今遠くにいる清子は何をしているのだろうと、少しその女性から視線をそらせる。
「安西編集長。お疲れさまです。あ、この間の本、拝見しました。」
「面白かったですか。」
「えぇ。ミステリーなんか初めて読んだんですけど、続きが気になって夜更かししましたよ。」
 清子も本が好きで良く読んでいるが、史も負けないほど読んでいる。だがこの女性にはかなわないだろう。
「正木編集長は本はお読みになるのでしょう?」
「えぇ。」
「だと思いました。コラムを拝読しましたけど、本を結構読んでいる方の文章だと思って。」
「大学は文学部でしたから。」
「そうだったんですか。」
 こういう文章も読む女性なのだ。少し意外だと思う。史の書いていることは、昔のAVの世界のことやベッドのテクニックについての事だったから。
「どうしました?」
 不思議そうに安西が史を見ていた。
「いいや。俺が書いているのは、男と女のアレコレだったので、読むというのが少し意外だったんで。」
「文章であれば何でも読みますよ。でも……特にサイトの文章が面白かったです。昔のそちらの世界は、むちゃくちゃですね。あの……溜池さんという監督がしていたのは本当のことですか?」
 溜池という監督が居た。革新的な撮影ばかりをしていて人気はあったが徐々にそれも廃れて、今は裏ビデオのようなことをしている。
 噂では自宅で撮影をして、別の部屋で奥さんがその編集をしているという話もある。
「アレは本当です。現場に俺が直接行ったわけではないのですが、同期は編集をしている奥さんの隣で、子供の面倒を見ていたそうですよ。」
「面白いですね。」
 眼鏡の奥の目が少し笑う。それだけで清子を想像させた。清子も簡単に笑ったり、表情を変える人ではない。仕事中ならなおさらだ。嘗められたくないと思っているらしい。
 清子が素に戻るのは、ベッドの上だけかもしれない。自分だってそうだ。もっと欲しくなるし、もっと抱きたくなる。
「あ、正木編集長。」
 資料を持ってばたばたとしていた堀が、史を見つけて立ち止まる。
「どうしました。堀さん。」
「この資料なんですけど……。」
 煙草を消して、史は堀が持っている資料をのぞき見る。その様子に、男が安西を少し見下ろしていう。
「良くお似合いの二人ですね。」
「そうですね。」
「昔つきあっていた時期があったと言ってましたよ。」
「え?」
「大学の時と言ってましたか。まぁ、今は堀さんも既婚者だし、正木編集長には、恋人が居ると言ってましたからね。そんな感情はないのでしょう。」
 つきあっていた。それは誰もがうらやむようなカップルだったのだろう。背が高い史と寄り添っても引けを取らないくらいの堀。堀の妹はモデルだと言っていたので、堀もまた綺麗な人だと思う。
 今はそんなことはどうでも言い。中途で採用された新聞社が、「三島出版」と提携して文芸誌を出すのだ。その編集長に抜擢されたのはとてもありがたいことだし、結果を出さなければいけない。
 安西の携帯電話にメッセージが届く。実家の母からだ。四十目前の安西を心配して、お見合いをさせようと躍起なのだが本人にその気は全くない。
 本に囲まれて死ぬのは、安西が一番望むことだと思うから。
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