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蜂の巣をつついたような騒ぎになっている「読本」のオフィス。もう校了まで近くて、春川の書いたショートショートを印刷所に回し、ゲラが今日届く予定だった。
しかし他の出版社からの待ったがかかり、それはお蔵入りになりそうだ。いい話だと手放しに春川を評価していた編集長すら、彼女をいぶかしげな目で見始めている。
「今まで出版してきた話もどこかのパクリなんですかね。」
「まぁ、官能小説なんて似たり寄ったりですよ。」
「それくらいの小説家なんだよ。春川は。」
だがもう締め切りはぎりぎりだ。この穴を埋めてくれる作家などどこにもいないだろう。
「休載で、詫びのページを入れよう。有川さん。帰ってきたばかりで悪いが、その体の文章を考えてくれないだろうか。」
有川は相変わらず砂糖菓子のような容姿だった。子供が流れたことも、その子供が祥吾の子供だったことも、誰も何も言わない。
「わかりました。」
そのときそのオフィスに一人の女性が駆け込んできた。手には広めの封筒が握られている。
「北川さん。」
「走ったりしたらいけないんじゃないんですか?あなた妊娠中じゃ……。」
彼女はその声を無視して、編集長に駆け寄った。
「春川さんのプロットです。パターンは三つ。この中から気に入ったものがあれば、これを清書するそうです。一時間以内に決めれば、清書したものは夕方には仕上げます。」
「は……?」
「そんなに筆が早いわけがないだろう?クリーニング屋じゃああるまいし。」
「いいから読んで!」
その声は、外のオフィスにも聞こえたらしく、他の部署の人もなんだなんだと集まってきた。
「わかった。読ませてもらう。ただ使えない、またはどこかで見たようなストーリーだったら、今後春川さんに声をかけることはないと言っておいてくれ。」
「わかりました。」
そういって編集長である中年の男は、窮屈そうないすに座りその封筒を開けた。
「……。」
その下の責任者も、そのプロットに手を伸ばす。そして丁寧に読んでいった。
「意地だろ?」
「パクリって言われて、あわてて書いたようなヤツだ。大した話じゃねぇよ。」
こそこそと話している社員の中、有川はぎゅっと拳を握りそれを見ていた。
そして二十分後。編集長は、そのプロットを書いた紙を机に置く。そして社員たちを見渡した。
「どれがいいと思う?」
「正直……私はこの話がいいと思います。北の国のおとぎ話がベースになっている。」
「私もそれがいいと思う。何というか……女性の醜さがよく出ているが、後味は悪くない。北川さん。これで進めて欲しいと伝えてくれないか。」
「はい。ではこれで伝えておきます。」
「それにしてもどうしてこんなにぱっと話が出てくるのか。まるでこんなことがあると予想していたようにも思えるよ。」
その言葉に北川はかちんと来たように言った。
「春川先生は常に色んなものを見て、色んな話を聞いて、常にネタを集めています。」
ふらふらと興味のあるところに行ってしまう春川は、まるで風船のようだと当初思っていた。だが常にメモやノートを取っている。それをいつもバッグに詰め込み、時間が少しでもあけばプロットを書いていたのだ。それが表に出ただけ。あわてて書いた話ではないのは、読めばわかるのに。
「……北川さん。」
「何でしょうか。」
「このことが終わったら、春川さんに連載を頼みたいのだが。」
その言葉に回りがざわめいた。官能小説家としては確かに人気はある。だが連載を頼むとなると話は別だ。濡れ場のない話をそんなに量産できるとは思えない。
「編集長。どうして……。」
「話の流れから、二、三号ほどで冬山さんの連載が終わるだろう。冬山さんはそのまま書籍作業にはいる。その穴に春川さんを持ってきたいと思っているのだが。」
「編集長。それはないです。だって……冬山さん目当てに「読本」が売れているところもあるんですよ。」
有川が声を上げた。彼女が担当しているからだろうが、それにしては呼気が荒い。
「短期の連載ってことですよね。」
「あぁ。評判が良ければまた続けてもらいたいが。あぁもちろん、濡れ場がいっさいないというのはつまらないかもしれないので、そこはオブラートに包んでもらって。」
「編集長!」
有川が詰め寄ってきた。しかし編集長は彼女を無視するように、婦とっとを北川に手渡した。
「先の話は追々すればいい。とりあえずそれを清書してまたデータにして送ってきて欲しい。頼んだよ。」
「わかりました。連絡しておきます。」
北川はそういって、席を離れた。
「結局、春川か。」
「森さん。あのプロットどうだった?」
「どれも悪くないけど、まぁ、今回冬山さんに話の流れとかが似ているからポシャったってのもあって、ちょっと冬山さんでは絶対書かないだろうなと言うやつ選んだってだけ。」
それでは困るんだ。有川は携帯電話を手にして、オフィスをあとにする。
図書館にいた春川は、図書館の片隅にある洋書を手にしていた。おとぎ話の原書。訳したものはその訳した人の感情も入っていることが多い。
全てが理解できるわけではないので、手にした洋書とともに辞書も手にした。
そして勉強している大学生や暇そうな老人たちの並ぶ机にそれらを置く。
「カニバリズムか。」
挿し絵が目に付く。美しい義理の娘に嫉妬した美しい女王は、彼女を殺し、その内蔵を食べる。実際は娘を連れだした狩人は娘に命乞いをされて、殺せなかった。女王が口にしたのは、イノシシの内蔵だった。
実際娘を殺し、内蔵を持ち帰っても女王はそれを食べてしまうのだろうか。
そういえば昔、自分の若さを保つために処女の血を集めた風呂に入ったという逸話がある。自分の美しさを保つためだとはいえ、残酷な行為だ。
どちらにしても老いていく自分を認めたくなくてやった行為だ。
若いうちの美しさというのは永遠じゃない。やがて枯れてしわしわになり、体力も美貌もなくなっていくのだ。それもまた美しさだと思うが、それでもその花のような美しさを保ちたいのだろうか。
愚かだと思う。そしてそれは自分が思っているある人に重なっていた。よく似た二人だ。
しかし他の出版社からの待ったがかかり、それはお蔵入りになりそうだ。いい話だと手放しに春川を評価していた編集長すら、彼女をいぶかしげな目で見始めている。
「今まで出版してきた話もどこかのパクリなんですかね。」
「まぁ、官能小説なんて似たり寄ったりですよ。」
「それくらいの小説家なんだよ。春川は。」
だがもう締め切りはぎりぎりだ。この穴を埋めてくれる作家などどこにもいないだろう。
「休載で、詫びのページを入れよう。有川さん。帰ってきたばかりで悪いが、その体の文章を考えてくれないだろうか。」
有川は相変わらず砂糖菓子のような容姿だった。子供が流れたことも、その子供が祥吾の子供だったことも、誰も何も言わない。
「わかりました。」
そのときそのオフィスに一人の女性が駆け込んできた。手には広めの封筒が握られている。
「北川さん。」
「走ったりしたらいけないんじゃないんですか?あなた妊娠中じゃ……。」
彼女はその声を無視して、編集長に駆け寄った。
「春川さんのプロットです。パターンは三つ。この中から気に入ったものがあれば、これを清書するそうです。一時間以内に決めれば、清書したものは夕方には仕上げます。」
「は……?」
「そんなに筆が早いわけがないだろう?クリーニング屋じゃああるまいし。」
「いいから読んで!」
その声は、外のオフィスにも聞こえたらしく、他の部署の人もなんだなんだと集まってきた。
「わかった。読ませてもらう。ただ使えない、またはどこかで見たようなストーリーだったら、今後春川さんに声をかけることはないと言っておいてくれ。」
「わかりました。」
そういって編集長である中年の男は、窮屈そうないすに座りその封筒を開けた。
「……。」
その下の責任者も、そのプロットに手を伸ばす。そして丁寧に読んでいった。
「意地だろ?」
「パクリって言われて、あわてて書いたようなヤツだ。大した話じゃねぇよ。」
こそこそと話している社員の中、有川はぎゅっと拳を握りそれを見ていた。
そして二十分後。編集長は、そのプロットを書いた紙を机に置く。そして社員たちを見渡した。
「どれがいいと思う?」
「正直……私はこの話がいいと思います。北の国のおとぎ話がベースになっている。」
「私もそれがいいと思う。何というか……女性の醜さがよく出ているが、後味は悪くない。北川さん。これで進めて欲しいと伝えてくれないか。」
「はい。ではこれで伝えておきます。」
「それにしてもどうしてこんなにぱっと話が出てくるのか。まるでこんなことがあると予想していたようにも思えるよ。」
その言葉に北川はかちんと来たように言った。
「春川先生は常に色んなものを見て、色んな話を聞いて、常にネタを集めています。」
ふらふらと興味のあるところに行ってしまう春川は、まるで風船のようだと当初思っていた。だが常にメモやノートを取っている。それをいつもバッグに詰め込み、時間が少しでもあけばプロットを書いていたのだ。それが表に出ただけ。あわてて書いた話ではないのは、読めばわかるのに。
「……北川さん。」
「何でしょうか。」
「このことが終わったら、春川さんに連載を頼みたいのだが。」
その言葉に回りがざわめいた。官能小説家としては確かに人気はある。だが連載を頼むとなると話は別だ。濡れ場のない話をそんなに量産できるとは思えない。
「編集長。どうして……。」
「話の流れから、二、三号ほどで冬山さんの連載が終わるだろう。冬山さんはそのまま書籍作業にはいる。その穴に春川さんを持ってきたいと思っているのだが。」
「編集長。それはないです。だって……冬山さん目当てに「読本」が売れているところもあるんですよ。」
有川が声を上げた。彼女が担当しているからだろうが、それにしては呼気が荒い。
「短期の連載ってことですよね。」
「あぁ。評判が良ければまた続けてもらいたいが。あぁもちろん、濡れ場がいっさいないというのはつまらないかもしれないので、そこはオブラートに包んでもらって。」
「編集長!」
有川が詰め寄ってきた。しかし編集長は彼女を無視するように、婦とっとを北川に手渡した。
「先の話は追々すればいい。とりあえずそれを清書してまたデータにして送ってきて欲しい。頼んだよ。」
「わかりました。連絡しておきます。」
北川はそういって、席を離れた。
「結局、春川か。」
「森さん。あのプロットどうだった?」
「どれも悪くないけど、まぁ、今回冬山さんに話の流れとかが似ているからポシャったってのもあって、ちょっと冬山さんでは絶対書かないだろうなと言うやつ選んだってだけ。」
それでは困るんだ。有川は携帯電話を手にして、オフィスをあとにする。
図書館にいた春川は、図書館の片隅にある洋書を手にしていた。おとぎ話の原書。訳したものはその訳した人の感情も入っていることが多い。
全てが理解できるわけではないので、手にした洋書とともに辞書も手にした。
そして勉強している大学生や暇そうな老人たちの並ぶ机にそれらを置く。
「カニバリズムか。」
挿し絵が目に付く。美しい義理の娘に嫉妬した美しい女王は、彼女を殺し、その内蔵を食べる。実際は娘を連れだした狩人は娘に命乞いをされて、殺せなかった。女王が口にしたのは、イノシシの内蔵だった。
実際娘を殺し、内蔵を持ち帰っても女王はそれを食べてしまうのだろうか。
そういえば昔、自分の若さを保つために処女の血を集めた風呂に入ったという逸話がある。自分の美しさを保つためだとはいえ、残酷な行為だ。
どちらにしても老いていく自分を認めたくなくてやった行為だ。
若いうちの美しさというのは永遠じゃない。やがて枯れてしわしわになり、体力も美貌もなくなっていくのだ。それもまた美しさだと思うが、それでもその花のような美しさを保ちたいのだろうか。
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