セックスの価値

神崎

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拉致

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 クリスマスイブ。春川は少し緊張しながら、出版社へ向かう。北川から大事な話があるというのだ。いつもの荷物を持ち、彼女は朝早く桂を送り出した後、少し掃除をして外に出かけた。
 生理はとっくに終わってしまってから、桂は毎日のように彼女を求めてくる。それに彼女も答え、ぐったりするくらい毎日セックスに溺れていた。疲れはあるが、それでも心地いい。
 シーツを毎日洗いながら、彼女は今日もするのかもしれないと思っていた。
 今日はきっと燃え上がるだろう。今日、彼は省吾の元へ行くから。
 彼は今日、春川が欲しいというのだ。省吾は何と言うだろう。省吾は独占欲がきっと強い。簡単に彼女を離したりしないだろう。それを告げるが、桂は笑いながら言う。
「殴られても蹴られても、罵倒されてもかまわない。何としてもお前が欲しい。」
 彼女も省吾の元よりも桂の元にいたいと思う。このままだときっと彼女は妊娠する。それでもかまわない。
 出版社に着くと、彼女は近くのコインパーキングに車を停めた。そして出版社に向かう。そのとき彼女は奇妙な視線に気がついた。
 見られている。
 妙な視線だ。だがその視線の主は彼女の前に現れることはない。
 彼女はため息をつくと、出版社の玄関へ向かっていった。

「待ってたんですよ。」
 北川はそう言って、春川を缶詰部屋に連れてきた。
「どうしました?急に呼び出して。」
 ドアを閉めて北川は笑いながら言った。
「「花雨」が映像化したいって言ってきたテレビ局があったんです。」
「映像化?」
 彼女は驚いたように彼女をみた。
「あぁ。深夜帯なんですけど、ドラマにしたいって。」
「……へぇ。そうなんですか。」
「興味ないですか?」
「うん。」
 思ったよりも冷めたものだ。荷物をいすの下に下ろして、彼女はいすに座った。
「何で?ドラマですよ。映画と違ってテレビで見れるし、深夜帯でもみんな観れるんですよ。」
「だからです。」
 彼女は渡されたコーヒーを手にして、それを口に運ぶ。
「きっと濡れ場って少ないでしょうね。」
「それはそうだと思いますけど。」
「「花雨」は遊女の話です。なのに濡れ場を少なくするということは、そのぶん別のストーリーを入れるんでしょう?もう私の話じゃないですよ。そんなもの。」
「だからですよ。あの話を少し濡れ場を少なくして、別のエピソードを追加して欲しいと。ほら、禿のちょうが大人になったエピソードとか。」
「そんなモノもう「花雨」じゃないですよ。書いて欲しいなら別の話で書きます。時代物で良いですか。」
 そんな問題じゃない。あの話がいいのだ。志のぶの恋が切なくて、好きな男が居るのに別の男に抱かれるなんていうじれじれがたまらないのに。
「春川さん。世の中は今あなたを求めているんですよ。今、答えないでどうするんですか。言ってたでしょ?いつ必要ないって言われるかわからないって。ここで拒否したら、その首を絞めますよ。」
 北川の言い分もわかる。彼女の人気はきっと一時的だ。これをキープできるのは彼女がどれだけ周りの期待に応えられるかになるのかもしれない。
 だが自分を曲げてまで書きたくはない。
「もしかして私が十八禁ではない話を書いたから?そういった作品も書けるかもしれないと思ってますか?」
「それもありますね。実際あの話は評判良いし。」
 肘を突いて、彼女はため息をついた。
「わかりました。では何かエピソードを追加しましょう。どんな話が良いか、そのドラマの監督さんとお話ししないといけませんね。」
「連絡します。スケジュールの兼ね合いもありますし、お話しできるのはどちらにしても年明けですね。空けておいてください。」
 作品を世に出せば、もう自分の手の届くところではない。だがぞんざいに扱われるのはイヤだ。変に脚色されて、「春川はこの程度だった」と思われるのもイヤだと思う。
「それから、新作の話ですけど。」
「あぁ。どうですか?」
「なんかベッドシーン生々しいですね。男の人にも読ませてみましたけど、ほとんどの人が前屈みになってましたよ。」
「元気ねぇ。」
 笑いながらタブレットを取り出した。その行動、話すときの視線。春川はすべてが変わったような気がする。着飾っていないが、女らしくなった。それは桂の影響が大きいのだ。
 彼女は家を出たのだという。仕事場は省吾が知っているからと、桂のところにずっと居るらしい。桂もずっと家に帰ってくるわけではないが、あの体力や精力のある男だ。ずっと体を求められているのかもしれない。
 それが小説にもいい影響を与えている。プラスになって良かった。だがそれだけだ。いくら美談にしても、彼女らがやっていることは不倫で世の中に認められているわけではない。自分の父親がパートのおばさんと逃げたように、彼女も桂とともに逃げているだけだ。
「来年になれば忙しくなりそうですね。○○新聞のコラムも受けたみたいですし、冬山さんの助手まで手が回ります?」
「……。」
 春川の表情がわずかに変わった。
「そうですね。そこの頃には先生のところを離れれていればいいのですが。」
「え?」
「小説家として、ライターとして、独立したいと思ってましたから。」
「……それは離婚してって事?」
「ですね。」
 今日、桂は省吾のところへ行くという。彼女を貰いたいと。殴られても罵倒されてもかまわない。手に入れるならそんなことはかまわないのだ。

 春川は打ち合わせを終えると、今度は新聞社へ向かう。近くにあるビルなので良かった。
 省吾にレイプされたと騒いでいた女性は、退職したという。彼女の主張は結局すべてが嘘で、世間からも叩かれた。この世界に復帰は出来ないだろうと言う。
 代わりの担当は若い男だった。眼鏡をかけた小太りの男は、休みの度に風俗へ行くのだという。あっさりそういうことを言える男で良かった。それに彼からも小説のネタを集めれそうだ。それはメリットになる。
 新聞社を出て駐車場へ向かおうとしたとき、もう夕方になりかけていた。昼食も取っていなかったので、お腹が空いた。だが喉は通らないだろう。
 携帯電話をみる。桂はまだ映画の撮影が終わらないのだ。彼の仕事が終わり次第合流する予定だ。そして省吾のところへ行く。
 省吾はどんな反応をするだろう。彼女と桂の関係をずっと疑っていたのに、やはり関係はあったという嘘をついていたのだ。彼女もきっと罵倒されるだろう。だが桂はいう。
「守ってやるから。」
 どう守るのだろう。省吾相手に、彼が何が出来るのだろう。
 彼女はそう思いながら、夕方で日が当たらない少し薄暗い駐車場にたどり着いた。鍵を開けて、荷物を入れるとふと隣の車のドアが開いた。しまった。誰か降りるところだったのか。
 彼女は体を避けて、財布を手にすると駐車場の入り口にある精算機へ向かおうとした。そのときだった。
「ん?」
 後ろから口をふさがれた。それはタオルみたいなモノだったと思う。彼女はぐっと体を引きずられると、後ろ手を捕まれ素早く手を縛られるとその黒い車に押し込まれた。
「んー!」
 タオル越しに叫ぼうとするが、奥まったところにある駐車場だ。誰も気づいてくれない。
「静かにしな。ねぇちゃん。」
 低く静かな声。そして笑い声。周りを見ると、サングラスをした男やスキンヘッドの男が数人。
 どう見てもヤクザだ。そして無情にも車のドアが閉まり、車は発進していった。
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