セックスの価値

神崎

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拉致

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 奥事をしているといういわゆる女中のような若い女性が、お茶とお菓子を持ってきた。そしてその女性も春川を見ていぶかしげな顔をして出ていく。。
 彼女の向かいには、このヤクザの組長である男が座っている。二、三年前は若頭だった。切れ長の目や、高い身長、細身ながらもがっちりした体は奥事をしている女性たちにも人気がある。だが彼は若頭から組長になるタイミングで結婚した。相手はクラブのママで、昔なじみ。結婚しても店がしたいと、今は店に行く支度に余念がない。
「クリスマスなんだがな。」
「正確にはイブですね。」
 お茶を飲みながら、彼女は笑っていた。
「家の様子が変わってました。良かったです。今度の新作は出張ホストとOLの話なので。」
「売られるのか?」
「いいえ。ただホストやAVの業界はこういう世界と少なくとも繋がりがあるだろうと思ったんです。」
「あぁ。義理を通してくれれば、何事もなく穏やかな繋がりだろうな。」
 その言い方には意味ありげな言い方だ。義理というのはおそらく金のことだろう。まぁ、どちらにしてもあまり縁がない方がいい。
「昌からいろいろ聞いた。迷惑かけたな。」
「頼まれたのだと聞きました。まぁ、寸前でしたし、気にしませんよ。」
「そんなことはないだろう。お前も一人の女性だ。拉致されて、薬を打たれて、姦される。そしてソープなりAVなり、外国なりに売られる可能性はあったのだから。」
「ヤクザの世界も大変ですねぇ。そんなことをしないと資金源がないのでしょう?」
 普通なら殴られても良いことを彼女は平気で口にする。だがそれは嫌みでも何でもないし、バカにしているのではない。ただ彼女は正直に言っているだけだ。
「まぁな。正直そんなに楽ってわけでもない。が、足を洗って堅気になるつもりもないし。」
「そうでしょうね。そんなことをすれば、本当に世の中が迷惑。頭の足りない人が世の中に溢れますね。」
「ははっ。その通りだ。」
 お茶を飲みながら、彼は彼女の様子を見る。
 最後に会ったのは二、三年前。彼女は堂々とこの家の門を叩き、「小説を書いています。今制作している作品のために、こちらのオタクを訪問したいのですが、宜しいでしょうか。」と言い放ったのだ。
 当然「売ってやる」とかそういう話になったが、彼女はそれでも引けを取ることはない。「見せて欲しいだけで、売って欲しいわけではありません。」といい、下っ端のチンピラと言い合いをしていたところを、彼が口を挟んだのが最初のきっかけ。
 何も臆することなく彼女は家を見て回り、ずっとメモを取っていた。その様子に彼もすっかり気に入り、食事を一緒にして返した。
 その後、彼女は一冊の本を手に再びやってきた。「お陰で本を書けました」と。
 その本がきっかけで春川の名前が売れてきたのだ。
 愛人の一人にでもしてやろうと思っていたが、彼女には夫がいるという。だが今聞けば、夫とは離婚が秒読みらしい。
「お前は離婚しそうだといってたな。」
「えぇ。」
「夫は女をとっかえひっかえしているんだろう?それに黙っていたが、耐えきれなくなったか。それとも小説家として一本立ちできる自信でも出来たのか。」
「まぁ、それもあります。でも一番は、私に愛する人が出来たと言うことでしょうか。」
 愛する人という言葉に思わずお茶を吹きそうになった。そんなことをいうと思えなかったからだ。
 しかし彼女は確かに女性らしくなった気がする。年齢のせいかと思ったが、どうも違う。それは男のせいだというのか。
「男と女のまぐわいを、ただの肉と穴だといっていたヤツの言葉とは思えんな。」
「どうでしょうね。どこかでそう思っているところもあります。彼は百戦錬磨の男ですからね。セックスに対して、どこか冷めてた私を燃え上がらせたいだけなのかもしれないと、当初は思ってましたよ。」
 それは嘘偽りのない言葉だった。桂にも言ったことはない。だが彼の前ではその嘘は通じないのだ。正直にならなければ、足下をすくわれる。そのとき彼はきっと狼にも虎にもなるのだから。
「でも違うというわけか。」
「えぇ。私が過去にされていたこととは違う。こんなにも胸がいっぱいになり、自分から彼を求めることはありませんでした。」
「それはお前の夫でも得られない快楽というわけか。」
 彼女は少し笑うと、お茶を飲み干した。
「そうですね。それに私も求めてますから。」
「それは熱いことだ。早く別れてしまえ。」
「どちらと?」
「そうだな。どちらとも別れて、私の愛人になればいい。」
「あ。無理です。」
 間髪入れず言った彼女に、彼は声を上げて笑った。そういうところがお気に入りなのだ。
「あら。楽しそうねぇ。」
 肩が派手にあいた洋装で現れた背の高い女性。赤いワンピースに白いファーがついている。ロングスカートに見えるが、スリットが深く入っていて、細いがむっちりした足が見え隠れしていた。
「春さん。そろそろ帰る?一緒に街へ行きましょう?」
「あ、そうでした。私ここまで拉致されたんで、車置きっぱなしなんです。」
 すると彼女はいぶかしげに組長をみる。
「あーなーたー。春さんに何をしたの?」
「昌が余計なことをした。」
 胸ぐらをつかまんとするくらい、彼女は組長に詰め寄る。歳の差はあるのに、彼女は全く引かない。それだけ気が強いのだろう。
「それは迷惑かけたわね。春さん。たまにはうちの店に来て。おごるわ。」
「あー。私酒飲めないんですよ。」
「あら。そうなの?もったいないわぁ。彼氏は?飲める人?」
「アレルギーとかで飲めないとか。」
「何だ。つまんないわね。あ、彼氏、聞いたわよー。すっごい格好いい人ね。」
「何で知ったんですか?」
「達哉って、AV男優知ってるでしょ?」
「あー。あいつめぇ。」
 頬を膨らませた彼女は、他にもばれていないかと冷や冷やしていた。
「あ、いっとくけど達哉ってそんなに口軽くないわよ。あたしが桂さんを知ってて、いい歳になって彼女いないのかーって聞いたら、居るって口走っただけ。」
「……。」
「マジいい相手ねぇ。娘の父親に似てる感じ。」
「……おい。啓子。なんっつった。春さんの男。」
「桂さんよ。ほら。AV男優としては結構キャリア長い。」
 すると彼はふっと笑う。
「いい相手だ。確かにな。」
「知り合いですか?」
「あぁ。うちの組員を半殺しにしたヤツだな。いい腕をしてた。うちの組に入れと言ってたが、そうか……。」
 すると彼の考えがわかったのか春川は釘を差す。
「やめてくださいよ。私をだしにして組に入れようなんて事は。」
「あー何?あんたそんなこと考えてたの?だからチンピラなのよ。バカね。」
 女二人にいわれて、彼は苦笑いをする。
「わかった。わかった。何もしない。」
 組長といわれている人も、女性には弱いようだ。どちらも気が強いので、仕方ないのかもしれないが。
「春さん。じゃあ、行きましょうか。私も店に遅れちゃう。」
「はい。ありがとうございます。あ、その前に連絡を取って良いですか?」
 そういって彼女は着信が山のように入っている、携帯電話を取り出した。
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