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幼馴染
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エレベーターに乗ろうとした春川に、岬が声をかける。
「春さん。良かったらコーヒーでも飲まない?」
その誘いに彼女は首を傾げる。
「ごめん。今からまだ行くところがあるのよ。」
「そっか。じゃあまた次の機会にするよ。」
エレベーターはなかなかこない。彼女は少しいらいらしたように隣にある非常階段をみる。前にもこういうことがあって桂と階段を駆け上がったことがあるが、あのときは下心があった。キスをして貰えるかもしれない、抱きしめて貰えるかもしれない。そう思った。だが今は桂ではなく岬だ。そういうわけにはいかないだろう。
「春さん。春さんの婚約者ってさ、僕なんか見たことがあるよ。」
「そうでしょうね。男の人なら見たことがあるかもしれないわ。」
「……だったら本当に?」
彼女が官能小説を書いているのも知っているし、それが売れているのも知っている。だからAVの関係の人と何かしらあり、出会うこともあるだろう。だが彼と恋人なのだろうか。他人とセックスをしていることを職業としている人と、恋人である意味がわからない。
「そうね。そういうことをしているわ。」
「春さん。騙されてない?」
「どうしてそう思うの?」
その言葉こそ彼女が一番不思議に思うことだ。AVの世界にいたから、恋人になってはいけないのだろうか。結婚してはいけないのだろうか。それがわからないのだ。
「だってさ……。他の人としてるわけじゃん。浮気との境界線って何?」
おそらくそういう質問はこれから山のようにされるだろう。桂がAVの世界から足を洗っても、彼がAV男優だったという事実は変えられないのだから。
「そうね。その相手が記憶に残るかどうかかな。」
「記憶?」
「確かに締まりがいいだの、よく濡れるだの、潮を噴くだの、そんな記憶は残るかもしれない。」
周りに人がいる。だが彼女はそんなことはかまわない。なんだなんだと、周りの人たちが彼女らを見ている。
彼はいたたまれなくなり、彼女の手を引いて階段の方へ連れて行った。
「あ、降りる?一階までだけど。」
「僕は二階。医師は基本エレベーターを使わないから。」
「勉強してばっかだったから、キツいんじゃない?」
「慣れたよ。じゃあ行こうか。」
階段をテンポよく歩いていく。こんなことは結構あった。だから懐かしい気持ちになる。しかし今はそんな懐かしい感情に浸っている暇はない。
彼女の歩くテンポは速く、すぐに着いてしまうだろうから。
「さっきの話だけど。」
「あぁ。記憶の話?」
「あの婚約者さんって……。」
「紹介されたでしょ?桂よ。」
「あぁ。桂さん。あのがたいだし、顔良いし、それでなくてもモテるでしょ?」
「どうかな。モテるみたいだけど、興味がないみたいね。」
「本当に?」
「現場でセックスした相手なんか覚えてないって言ってるわ。他の人は結構覚えているみたいだし、あの女優は良かったなんてことも聞く。でも彼からそんな話を聞いたことはない。」
「言わないだけだろ?僕だってたぶん言わないよ。」
「……どうかしらね。でも私も同じようなことをしてるわ。」
「え?AVに出たことがあるの?」
「無いわ。バカね。彼の現場を見たり、SMもロリータも見たわ。需要があるから。」
「官能小説の?」
「そう。ロリータは見て良かった。「薔薇」に本当に役立ったから。それから道具を使って、オナニーをするのも役に立った。今度はレズものが見たいな。」
彼女はそういって足を進める。まるで映画やアトラクションを見学するかのような口調だ。彼女にとってセックスはその程度なのだろうか。
「春さん。セックスってそんなモノなの?アトラクションとか、そんなノリでするもの?違うと思うな。」
「……。」
足を止めて彼女は彼を見上げる。
「確かに違うわ。でも私が書いているモノはそういうもの。そしてそれが私に求められているもの。求められているモノには、答えないと生きている意味がないでしょ?あなただってそうじゃない。医師になりたいのは、求められているからでしょう?」
ぐっと言葉に詰まった。確かにそうだ。あの狭い施設で、彼と彼女は何年間か一緒に暮らした。まるで誰にも必要とされてないと思えるような時間だったのだ。
「……医者を選んだのは、正解じゃない?苦労しているみたいだけど、立派な医師になれるわ。」
「うん。」
「救急外来って言ってたね。でも専門科は違うんでしょ?何にするの?」
「感染症科かな。」
「どうして?」
彼女は足をまた進める。すると彼は少しため息を付いていった。
「僕、大学の時一度AV出たことあるんだ。」
「……らしいね。桂さんから聞いたわ。」
「知ってたんだ。あんなに多く人がいたのに。一介の汁男優なんか覚えてないと思ってたよ。」
「見たことがあるって言ってたわ。」
すると彼はため息を付いていった。
「性病に良くならないなって思ってね。誰だったか男優に聞いたんだよ。そしたら検査して、免許証を撮って一八歳以上だとかの証明して、結構厳しくチェックされるんだと知ったよ。」
「そうみたいね。女性はもっと厳しいわ。彼女は笑顔で喘いで、でも本気で喘ぐこともないみたいだから。」
「僕は彼らのようにはなれない。だけど彼らの役には立ってみたいとは思った。君じゃないけれど、僕もアレに出て糧にはなってるんだ。」
「良いじゃない。もう桂さんはAVには出ないかもしれないけれど、お世話になるかもしれないわね。」
「何か気になることでもあるの?」
彼女は少し笑い、二階で足を止めた。
「さぁ、どうかしら。」
「気になることがあるんなら受診したほうがいいよ。」
「あぁ。違うのよ。毎回腰が立たなく位セックスするものだから、どうしたら性欲を押さえられるのかって思っただけ。」
体の相性はいいわけだ。彼は少しため息を付く。
「じゃあ、仕事頑張って。」
「君も。新しい本は出るの?」
「本は来年ね。コラムが今度新聞で始まるの。良かったら読んで。」
「へぇ。どんな内容なの?」
「コラムも男と女のアレコレばかり書いている。一回目は、AV男優のインタビュー。知ってるかしら。竜って人だけど。」
「あぁ。知ってる。結構男臭い人だよね。」
「えぇ。楽しみ。あまりがっつりと話したことはないのよねぇ。」
彼女は笑いながら、手を降って一階に降りていく。きっと歩いてもエレベーターを待って乗るよりもそんなに時間は変わらなかったはずだ。
だが二人でこんなに話せた。AVのことなんか、他で話したことはない。どうして感染症科を専門にしたいかなんて、誰にも言ったことはない。彼女だから話したのだ。
だが春川はきっと桂しか見ていない。岬のことなど眼中にないのだ。
「春さん。良かったらコーヒーでも飲まない?」
その誘いに彼女は首を傾げる。
「ごめん。今からまだ行くところがあるのよ。」
「そっか。じゃあまた次の機会にするよ。」
エレベーターはなかなかこない。彼女は少しいらいらしたように隣にある非常階段をみる。前にもこういうことがあって桂と階段を駆け上がったことがあるが、あのときは下心があった。キスをして貰えるかもしれない、抱きしめて貰えるかもしれない。そう思った。だが今は桂ではなく岬だ。そういうわけにはいかないだろう。
「春さん。春さんの婚約者ってさ、僕なんか見たことがあるよ。」
「そうでしょうね。男の人なら見たことがあるかもしれないわ。」
「……だったら本当に?」
彼女が官能小説を書いているのも知っているし、それが売れているのも知っている。だからAVの関係の人と何かしらあり、出会うこともあるだろう。だが彼と恋人なのだろうか。他人とセックスをしていることを職業としている人と、恋人である意味がわからない。
「そうね。そういうことをしているわ。」
「春さん。騙されてない?」
「どうしてそう思うの?」
その言葉こそ彼女が一番不思議に思うことだ。AVの世界にいたから、恋人になってはいけないのだろうか。結婚してはいけないのだろうか。それがわからないのだ。
「だってさ……。他の人としてるわけじゃん。浮気との境界線って何?」
おそらくそういう質問はこれから山のようにされるだろう。桂がAVの世界から足を洗っても、彼がAV男優だったという事実は変えられないのだから。
「そうね。その相手が記憶に残るかどうかかな。」
「記憶?」
「確かに締まりがいいだの、よく濡れるだの、潮を噴くだの、そんな記憶は残るかもしれない。」
周りに人がいる。だが彼女はそんなことはかまわない。なんだなんだと、周りの人たちが彼女らを見ている。
彼はいたたまれなくなり、彼女の手を引いて階段の方へ連れて行った。
「あ、降りる?一階までだけど。」
「僕は二階。医師は基本エレベーターを使わないから。」
「勉強してばっかだったから、キツいんじゃない?」
「慣れたよ。じゃあ行こうか。」
階段をテンポよく歩いていく。こんなことは結構あった。だから懐かしい気持ちになる。しかし今はそんな懐かしい感情に浸っている暇はない。
彼女の歩くテンポは速く、すぐに着いてしまうだろうから。
「さっきの話だけど。」
「あぁ。記憶の話?」
「あの婚約者さんって……。」
「紹介されたでしょ?桂よ。」
「あぁ。桂さん。あのがたいだし、顔良いし、それでなくてもモテるでしょ?」
「どうかな。モテるみたいだけど、興味がないみたいね。」
「本当に?」
「現場でセックスした相手なんか覚えてないって言ってるわ。他の人は結構覚えているみたいだし、あの女優は良かったなんてことも聞く。でも彼からそんな話を聞いたことはない。」
「言わないだけだろ?僕だってたぶん言わないよ。」
「……どうかしらね。でも私も同じようなことをしてるわ。」
「え?AVに出たことがあるの?」
「無いわ。バカね。彼の現場を見たり、SMもロリータも見たわ。需要があるから。」
「官能小説の?」
「そう。ロリータは見て良かった。「薔薇」に本当に役立ったから。それから道具を使って、オナニーをするのも役に立った。今度はレズものが見たいな。」
彼女はそういって足を進める。まるで映画やアトラクションを見学するかのような口調だ。彼女にとってセックスはその程度なのだろうか。
「春さん。セックスってそんなモノなの?アトラクションとか、そんなノリでするもの?違うと思うな。」
「……。」
足を止めて彼女は彼を見上げる。
「確かに違うわ。でも私が書いているモノはそういうもの。そしてそれが私に求められているもの。求められているモノには、答えないと生きている意味がないでしょ?あなただってそうじゃない。医師になりたいのは、求められているからでしょう?」
ぐっと言葉に詰まった。確かにそうだ。あの狭い施設で、彼と彼女は何年間か一緒に暮らした。まるで誰にも必要とされてないと思えるような時間だったのだ。
「……医者を選んだのは、正解じゃない?苦労しているみたいだけど、立派な医師になれるわ。」
「うん。」
「救急外来って言ってたね。でも専門科は違うんでしょ?何にするの?」
「感染症科かな。」
「どうして?」
彼女は足をまた進める。すると彼は少しため息を付いていった。
「僕、大学の時一度AV出たことあるんだ。」
「……らしいね。桂さんから聞いたわ。」
「知ってたんだ。あんなに多く人がいたのに。一介の汁男優なんか覚えてないと思ってたよ。」
「見たことがあるって言ってたわ。」
すると彼はため息を付いていった。
「性病に良くならないなって思ってね。誰だったか男優に聞いたんだよ。そしたら検査して、免許証を撮って一八歳以上だとかの証明して、結構厳しくチェックされるんだと知ったよ。」
「そうみたいね。女性はもっと厳しいわ。彼女は笑顔で喘いで、でも本気で喘ぐこともないみたいだから。」
「僕は彼らのようにはなれない。だけど彼らの役には立ってみたいとは思った。君じゃないけれど、僕もアレに出て糧にはなってるんだ。」
「良いじゃない。もう桂さんはAVには出ないかもしれないけれど、お世話になるかもしれないわね。」
「何か気になることでもあるの?」
彼女は少し笑い、二階で足を止めた。
「さぁ、どうかしら。」
「気になることがあるんなら受診したほうがいいよ。」
「あぁ。違うのよ。毎回腰が立たなく位セックスするものだから、どうしたら性欲を押さえられるのかって思っただけ。」
体の相性はいいわけだ。彼は少しため息を付く。
「じゃあ、仕事頑張って。」
「君も。新しい本は出るの?」
「本は来年ね。コラムが今度新聞で始まるの。良かったら読んで。」
「へぇ。どんな内容なの?」
「コラムも男と女のアレコレばかり書いている。一回目は、AV男優のインタビュー。知ってるかしら。竜って人だけど。」
「あぁ。知ってる。結構男臭い人だよね。」
「えぇ。楽しみ。あまりがっつりと話したことはないのよねぇ。」
彼女は笑いながら、手を降って一階に降りていく。きっと歩いてもエレベーターを待って乗るよりもそんなに時間は変わらなかったはずだ。
だが二人でこんなに話せた。AVのことなんか、他で話したことはない。どうして感染症科を専門にしたいかなんて、誰にも言ったことはない。彼女だから話したのだ。
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