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世界の果てに小さな国家があった。
見事な海岸線と、切り立った山の国。その山の上にこの国を統治する城がある。この国特有の石造りの城は、どことなく青みがかっていた。
人はいつしかその城を青の城と、そして国を「青の国」と呼ぶようになった。
青の国の城下町、夜明けとともに一人の女がリアカーを引いて、坂道をあがっていく。彼女の後ろには夜明けの太陽が顔を覗かし、その光とともに人々は起きてくる。そして人々は彼女の姿に驚くのだ。
「あんな小さい人がどうやってあの荷物を引いているんだ。」
リアカーの中には、今日仕入れたばかりの野菜や魚、肉が大量に積み込まれている。ついでに調味料も。魚は魚を保存するために魚だけではなく氷も入っているので、その重さはきっと相当な重さになっているだろう。しかし彼女はその寒い外気の冷たさで白くなる息を吐くだけで、後はふつうに歩いているようにリアカーを引いていた。
それは彼女がどれだけ足腰や腕に力があるのか証明するようだった。
やがて彼女は一つの建物の前で足を止めた。そこには真新しい看板で「旬食」と書かれてある。そこでリアカーに輪留めをすると、鍵を開ける。昼までに開店の準備をしなければいけない。彼女は少し気合いを入れた。
食堂である「旬食」が開店したのは一年前。店主はまだ二十五歳の若い女性だった。といっても二十五には見えないほど幼くも見える。美人なのに笑顔一つ見せないと、評判だった。
店の中にはテーブル席がいくつかと、カウンター席が六席。小さな店だった。そしてキッチンも小さい。彼女一人で働くにはこれくらいがちょうどいいのだ。
昼、十一時。
彼女は看板を表においた。そこには今日のメニューといって二種類しか書いていない。
メイン
鳥の唐揚げ。
鯖のバジル焼き。
小鉢
冷や奴、小松菜のゴマ和え、味噌汁(豆腐とわかめ)、漬け物。
この辺の屈強な男がやってきても満足できるほどのボリュームがあるメニューだった。実際、窓を開けると味噌の匂いが鼻につき、人々がふらふらと吸い込まれるように入っていく。
十一時開店の店内は一時間もすれば満席になる。レジも追いつかないくらいで、それがわかっている人たちはお金を彼女の目の前に置いて出て行った。
「ありがと、累。」
「ありがとうございました。」
女性の名は累。「旬食」の店長、及び、トイレ掃除。
「おい。聞いたかよ。」
「んだよ。」
「城が内密にしてるみたいだけどよ、また鼠が出たらしいぜ。」
「鼠?まさかまた誰か殺されたのか。」
「あぁ。黄の家臣がな。」
「マジか?」
食堂などをしていれば、必要な情報も、必要ではない情報も耳に入ってくる。累はそれを聞きながら、その必要は情報だけを耳に入れた。
「お待たせしました。」
トレーに乗った食事を彼らの前に置く。すると彼等は少し笑いながらその食事に口を付けた。
「累の飯はうまいよな。どこで習ったんだ。」
「……母が食堂をしていました。それに習っただけですよ。」
本当は母なんか知らない。だが円滑に物事を動かすには多少の嘘も必要だ。
「うちの母ちゃんにも教えてくんねぇか。うちのやつ料理下手なんだよ。」
「子育てをしながらなので大変でしょう。私には子供も旦那もいませんから。」
「ちげぇねぇ。大事にしてやんなよ。旦那。」
笑う彼らに、何が楽しいのかわからないといってやりたかった。だがそんなことをで喧嘩を売りたくはない。
「累は恋人もいないのか。」
「えぇ。必要ないですよ。」
そのとき涼やかなドアベルを鳴らして、一人の女性が入ってきた。それは金色の髪に青い瞳。はみ出しそうな胸が覗くシャツと、下着が見えそうな短いスカートを履いていた。
「累。まだ残ってる?」
「はい。残ってますよ。」
それは累の友人である銘だった。
銘はカウンターに座ると、隣に座っていた男がその女性を見てひそひそと何か話し出した。
「今日、何?」
「唐揚げか、鯖のバジル焼きをしてみました。
「鯖を?美味しそう。そっちにする。」
「はい。」
つけ込んでいる鯖の半身を熱したフライパンで焼く。評判は良いが、いちいちフライパンを洗うのが面倒だ。これはもう二度と出さないかも知れない。
「お嬢さん、いくらだい?」
「え?」
「花街の人じゃないのかい?」
隣に座っていた男がそうやって銘に聞いてきた。どうやら情婦と勘違いされたらしい。
「三人まとめてだったら一人の値段が安くてもいいだろう?」
そうやって食いついてくる。しかし銘はふっと笑って、彼らに言う。
「あたし、そんなのしてないの。港のカフェバーで店員してるわ。おじさんたち、今度遊びに来てね。」
銘はそう言って彼らにウインクをする。
これでまた銘目当ての客が増えた。顔には出ていないが、累もそれで喜んでいた。
「マジかよー。」
「次は、紫かもしれねぇって、その家臣が浅山で籠もってるって聞いたぜ。」
「違うだろ?俺が聞いたのは女のところにいるって話だ。」
黄の家臣が殺されたのだから、他の家臣がおどおどして籠もっているらしい。
「鼠ってのは何だい?」
「テロリストとか言われてるらしいぜ。青の王に刃向かうように、家臣からどんどん片づけていっているらしい。」
「物騒だな。おちおち花街にも行けねぇ。」
「おめぇにゃ、女を買う金もねぇだろ?」
下品な笑いを浮かべながら、客はお互いを笑いあう。その間にも食事は出来上がり、トレーに乗せると累は姪の前に置いた。
「お待たせしました。」
「ありがとう。」
「いいえ。」
いろいろとありがとう。ここにいれば情報がいろいろ集まるわ。
姪はそう思いながら、その鯖に箸をつけた。
見事な海岸線と、切り立った山の国。その山の上にこの国を統治する城がある。この国特有の石造りの城は、どことなく青みがかっていた。
人はいつしかその城を青の城と、そして国を「青の国」と呼ぶようになった。
青の国の城下町、夜明けとともに一人の女がリアカーを引いて、坂道をあがっていく。彼女の後ろには夜明けの太陽が顔を覗かし、その光とともに人々は起きてくる。そして人々は彼女の姿に驚くのだ。
「あんな小さい人がどうやってあの荷物を引いているんだ。」
リアカーの中には、今日仕入れたばかりの野菜や魚、肉が大量に積み込まれている。ついでに調味料も。魚は魚を保存するために魚だけではなく氷も入っているので、その重さはきっと相当な重さになっているだろう。しかし彼女はその寒い外気の冷たさで白くなる息を吐くだけで、後はふつうに歩いているようにリアカーを引いていた。
それは彼女がどれだけ足腰や腕に力があるのか証明するようだった。
やがて彼女は一つの建物の前で足を止めた。そこには真新しい看板で「旬食」と書かれてある。そこでリアカーに輪留めをすると、鍵を開ける。昼までに開店の準備をしなければいけない。彼女は少し気合いを入れた。
食堂である「旬食」が開店したのは一年前。店主はまだ二十五歳の若い女性だった。といっても二十五には見えないほど幼くも見える。美人なのに笑顔一つ見せないと、評判だった。
店の中にはテーブル席がいくつかと、カウンター席が六席。小さな店だった。そしてキッチンも小さい。彼女一人で働くにはこれくらいがちょうどいいのだ。
昼、十一時。
彼女は看板を表においた。そこには今日のメニューといって二種類しか書いていない。
メイン
鳥の唐揚げ。
鯖のバジル焼き。
小鉢
冷や奴、小松菜のゴマ和え、味噌汁(豆腐とわかめ)、漬け物。
この辺の屈強な男がやってきても満足できるほどのボリュームがあるメニューだった。実際、窓を開けると味噌の匂いが鼻につき、人々がふらふらと吸い込まれるように入っていく。
十一時開店の店内は一時間もすれば満席になる。レジも追いつかないくらいで、それがわかっている人たちはお金を彼女の目の前に置いて出て行った。
「ありがと、累。」
「ありがとうございました。」
女性の名は累。「旬食」の店長、及び、トイレ掃除。
「おい。聞いたかよ。」
「んだよ。」
「城が内密にしてるみたいだけどよ、また鼠が出たらしいぜ。」
「鼠?まさかまた誰か殺されたのか。」
「あぁ。黄の家臣がな。」
「マジか?」
食堂などをしていれば、必要な情報も、必要ではない情報も耳に入ってくる。累はそれを聞きながら、その必要は情報だけを耳に入れた。
「お待たせしました。」
トレーに乗った食事を彼らの前に置く。すると彼等は少し笑いながらその食事に口を付けた。
「累の飯はうまいよな。どこで習ったんだ。」
「……母が食堂をしていました。それに習っただけですよ。」
本当は母なんか知らない。だが円滑に物事を動かすには多少の嘘も必要だ。
「うちの母ちゃんにも教えてくんねぇか。うちのやつ料理下手なんだよ。」
「子育てをしながらなので大変でしょう。私には子供も旦那もいませんから。」
「ちげぇねぇ。大事にしてやんなよ。旦那。」
笑う彼らに、何が楽しいのかわからないといってやりたかった。だがそんなことをで喧嘩を売りたくはない。
「累は恋人もいないのか。」
「えぇ。必要ないですよ。」
そのとき涼やかなドアベルを鳴らして、一人の女性が入ってきた。それは金色の髪に青い瞳。はみ出しそうな胸が覗くシャツと、下着が見えそうな短いスカートを履いていた。
「累。まだ残ってる?」
「はい。残ってますよ。」
それは累の友人である銘だった。
銘はカウンターに座ると、隣に座っていた男がその女性を見てひそひそと何か話し出した。
「今日、何?」
「唐揚げか、鯖のバジル焼きをしてみました。
「鯖を?美味しそう。そっちにする。」
「はい。」
つけ込んでいる鯖の半身を熱したフライパンで焼く。評判は良いが、いちいちフライパンを洗うのが面倒だ。これはもう二度と出さないかも知れない。
「お嬢さん、いくらだい?」
「え?」
「花街の人じゃないのかい?」
隣に座っていた男がそうやって銘に聞いてきた。どうやら情婦と勘違いされたらしい。
「三人まとめてだったら一人の値段が安くてもいいだろう?」
そうやって食いついてくる。しかし銘はふっと笑って、彼らに言う。
「あたし、そんなのしてないの。港のカフェバーで店員してるわ。おじさんたち、今度遊びに来てね。」
銘はそう言って彼らにウインクをする。
これでまた銘目当ての客が増えた。顔には出ていないが、累もそれで喜んでいた。
「マジかよー。」
「次は、紫かもしれねぇって、その家臣が浅山で籠もってるって聞いたぜ。」
「違うだろ?俺が聞いたのは女のところにいるって話だ。」
黄の家臣が殺されたのだから、他の家臣がおどおどして籠もっているらしい。
「鼠ってのは何だい?」
「テロリストとか言われてるらしいぜ。青の王に刃向かうように、家臣からどんどん片づけていっているらしい。」
「物騒だな。おちおち花街にも行けねぇ。」
「おめぇにゃ、女を買う金もねぇだろ?」
下品な笑いを浮かべながら、客はお互いを笑いあう。その間にも食事は出来上がり、トレーに乗せると累は姪の前に置いた。
「お待たせしました。」
「ありがとう。」
「いいえ。」
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姪はそう思いながら、その鯖に箸をつけた。
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