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街が騒がしい気がする。街を巡回する兵士も多くなったし、見たこともない人たちがうろうろしているのも見かける。累はそう思いながら、いつも通りに食材を買いこむ。
兵士や役人がいるのは良いことだ。どうしても市場は花街に近いために柄の悪い人が多い。酔っ払いやヤク中もいて女一人だと絡まれることも多い。力付く出追い払うことも出来るが、それをすれば彩からどんな仕打ちを受けるかわからないだろう。
そう思いながら、調味料を買いに別の売場へ向かおうとしたときだった。
「……あんた……。」
声をかけられた。そちらを見ると、藍の姿がある。その姿に彼女は少し身を固くさせる。彼とは黄の家臣を殺したときに追いつめられた以来だった。もちろん気が付いているのは、彼女だけで、彼は彼女だと気づいていないだろう。
「仕入れか。」
「えぇ。」
「今日は何にするんだ。」
「ロールキャベツと、サワラのムニエルですよ。いいバターが手に入りました。」
「そうか。では後で行くことにしよう。」
「お待ちしてます。」
そういってその場を離れようとしたときだった。
「藍。」
声をかけられて彼だけではなく、彼女までつい振り返ってしまった。しまった。自分まで振り返るつもりはなかったのに。
「称。」
そこにいたのは眼鏡をかけて手にはメモ用紙を持っている緑称だった。王の側近である緑称の名前は誰でも知っているために、ここでは称と呼ばれていた。
「外国からの仕入れか。」
「あぁ。今日船が来てね。おや。お嬢さん。初めまして。私は称。」
「はい。初めまして。累と言います。」
表情を変えずにリアカーの柄を持ったまま彼女は一礼をする。
「ずいぶん大荷物だね。大家族なのかい?」
「いいえ。食堂をしてます。」
「食堂?」
藍がこの間うまい飯屋があると言っていたのは、彼女の店のことだろうか。
「どこにあるの?」
「その坂の中腹、「旬食」という店です。よろしかったらいつでも見えてください。市場がやっていないときだけお休みですから。」
「それ以外はやっているのか。では今度伺わせてもらおう。」
彼女は一礼すると、そのままリアカーを引いて調味料やスパイスを売っているエリアへ向かった。
「ずいぶん重そうなのに平気な顔をして引いているな。」
「あぁ。見た目と違って、力があるようだ。まぁ、毎日のことだ。」
その様子に称は驚いた様子で彼をみる。
「何だ。」
「いいや。ずいぶん詳しいんだなと思ってな。」
「どういう意味だ。」
「女には興味がないと、言い寄る女を袖にしていた奴とは思えないな。練殿は宗教上仕方がないかもしれないが、君は妻の一人、恋人の一人の影も見えない。林殿に言わせれば、君は男に興味があるのではないかと言われているよ。」
「くだらない。」
「しかし、私も妻に今度子供が産まれる。血は繋いでおいた方が何かと特だ。」
「……お前の場合は、他の子供もいるだろう。」
「あぁ。」
「全く……だらしない奴だ。」
あきれたように藍は彼をみる。そして遠くへ言った累をまた見る。
鼠はちょうど、彼女くらいの大きさだったか。しかし普通より力があるかもしれないが、あんなに腕の立つ奴はそうそういない。女ならなおさらだ。
怖いのは自分と対等にやり会える相手、それが鼠の中にいること。
「鼠は、もしかしたらこの国の驚異になるのかもしれないな。」
「だから王が危惧している。輸入しているモノにも、鼠相手に取り引きしているモノがあるのではないかと言われている。厳しく検疫をしろと指示だ。」
「頭のいい人物だな。」
「だが残虐だ。側近とは言えいつ切られるかわからないと林殿は、冷や冷やしているよ。」
「その通りだ。」
「君は立場にこだわらないのか。」
「あぁ。興味はない。立場が無くなれば、この国が滅びていくのをゆっくり高みの見物をする。」
「君らしい。」
そういって称はそのまま離れていった。一人になった藍は、その周りをみる。決していい環境ではない。だが売っているモノはいいモノが多い。それを潰そうとしているのが鼠。テロリスト。奴らを潰さなければ、きっとこの国の未来はない。
坂道をリアカーで引き、その柄をおろすと輪留めをした。そして荷物を店内に運んでいく。その間も累は頭の中にあの称という男が離れなかった。
怖い。
怖いと思ったのは数少ないのだが、彼はきっと腕の立つ人物だ。穏和なふりをして、何を考えているかわからない人。そういった人物が一番怖いのだ。
「恐怖は許されない。」
彩から言われている言葉だった。恐怖で足がすくむという行為は、戦闘型ヒューマノイドにとって一番やってはいけないことだった。
いざとなれば相手諸共、自爆でも何でもしてしまえばいい。
「……。」
最後の荷物をおいて、彼女は気分を変えるようにその食材を見る。今日はロールキャベツにしようと思ったから、数日前に付けた自家製のピクルスを出そう。それから……。
そのとき店のドアベルが鳴って、一人の男が入ってきた。
「彩。珍しいですね。」
「あぁ。仕事が今終わってね。」
「もう日が高いですが、大変ですね。こんな時間まで。」
「別件の仕事だよ。」
彼が別件といったときは、ミュージシャンとしての仕事だけじゃない。彼もまた情報を得るために、他の女と寝ることもあるのだ。
「何かありましたか。」
「あぁ。外交担当の緑称という男が、港でうろうろしていたらしい。」
「珍しいですね。そんな城のトップがこんな街にいるなんて。」
「妙な薬の噂もある。それに目を光らせているのかもしれない。」
また仕事をしないといけないのか。彼女はコンテナからキャベツを取り出すと、仕込みを始めようとした。
「累。」
彼はキッチンの方へやってくると、彼女を後ろから抱きしめる。
「香水の匂いがします。」
「あぁ。よっぽど殺してやろうかと思った。」
彼から女物の香水の匂いがしても、彼女は何も思わない。他の女と寝たんだな。と思うだけ。
「累。キスしたい。」
「もう明るくて、外から見えますが宜しいですか。」
「こんな時間に人は通らないよ。それに少しだけだ。本当にしてしまったら、君は仕込みどころではなくなるだろう。」
彼女はカウンターを背にして、彼の方を向いた。そして近づいてくる唇に目をつぶり、唇を重ねた。
唇を離すと、彼は一瞬微笑んだ。
「どうしました?」
「外で誰か見てたみたいだったから。」
「困ります。」
「本当に困っているようには見えないよ。」
彼はそういってまた彼女の唇にキスをした。
兵士や役人がいるのは良いことだ。どうしても市場は花街に近いために柄の悪い人が多い。酔っ払いやヤク中もいて女一人だと絡まれることも多い。力付く出追い払うことも出来るが、それをすれば彩からどんな仕打ちを受けるかわからないだろう。
そう思いながら、調味料を買いに別の売場へ向かおうとしたときだった。
「……あんた……。」
声をかけられた。そちらを見ると、藍の姿がある。その姿に彼女は少し身を固くさせる。彼とは黄の家臣を殺したときに追いつめられた以来だった。もちろん気が付いているのは、彼女だけで、彼は彼女だと気づいていないだろう。
「仕入れか。」
「えぇ。」
「今日は何にするんだ。」
「ロールキャベツと、サワラのムニエルですよ。いいバターが手に入りました。」
「そうか。では後で行くことにしよう。」
「お待ちしてます。」
そういってその場を離れようとしたときだった。
「藍。」
声をかけられて彼だけではなく、彼女までつい振り返ってしまった。しまった。自分まで振り返るつもりはなかったのに。
「称。」
そこにいたのは眼鏡をかけて手にはメモ用紙を持っている緑称だった。王の側近である緑称の名前は誰でも知っているために、ここでは称と呼ばれていた。
「外国からの仕入れか。」
「あぁ。今日船が来てね。おや。お嬢さん。初めまして。私は称。」
「はい。初めまして。累と言います。」
表情を変えずにリアカーの柄を持ったまま彼女は一礼をする。
「ずいぶん大荷物だね。大家族なのかい?」
「いいえ。食堂をしてます。」
「食堂?」
藍がこの間うまい飯屋があると言っていたのは、彼女の店のことだろうか。
「どこにあるの?」
「その坂の中腹、「旬食」という店です。よろしかったらいつでも見えてください。市場がやっていないときだけお休みですから。」
「それ以外はやっているのか。では今度伺わせてもらおう。」
彼女は一礼すると、そのままリアカーを引いて調味料やスパイスを売っているエリアへ向かった。
「ずいぶん重そうなのに平気な顔をして引いているな。」
「あぁ。見た目と違って、力があるようだ。まぁ、毎日のことだ。」
その様子に称は驚いた様子で彼をみる。
「何だ。」
「いいや。ずいぶん詳しいんだなと思ってな。」
「どういう意味だ。」
「女には興味がないと、言い寄る女を袖にしていた奴とは思えないな。練殿は宗教上仕方がないかもしれないが、君は妻の一人、恋人の一人の影も見えない。林殿に言わせれば、君は男に興味があるのではないかと言われているよ。」
「くだらない。」
「しかし、私も妻に今度子供が産まれる。血は繋いでおいた方が何かと特だ。」
「……お前の場合は、他の子供もいるだろう。」
「あぁ。」
「全く……だらしない奴だ。」
あきれたように藍は彼をみる。そして遠くへ言った累をまた見る。
鼠はちょうど、彼女くらいの大きさだったか。しかし普通より力があるかもしれないが、あんなに腕の立つ奴はそうそういない。女ならなおさらだ。
怖いのは自分と対等にやり会える相手、それが鼠の中にいること。
「鼠は、もしかしたらこの国の驚異になるのかもしれないな。」
「だから王が危惧している。輸入しているモノにも、鼠相手に取り引きしているモノがあるのではないかと言われている。厳しく検疫をしろと指示だ。」
「頭のいい人物だな。」
「だが残虐だ。側近とは言えいつ切られるかわからないと林殿は、冷や冷やしているよ。」
「その通りだ。」
「君は立場にこだわらないのか。」
「あぁ。興味はない。立場が無くなれば、この国が滅びていくのをゆっくり高みの見物をする。」
「君らしい。」
そういって称はそのまま離れていった。一人になった藍は、その周りをみる。決していい環境ではない。だが売っているモノはいいモノが多い。それを潰そうとしているのが鼠。テロリスト。奴らを潰さなければ、きっとこの国の未来はない。
坂道をリアカーで引き、その柄をおろすと輪留めをした。そして荷物を店内に運んでいく。その間も累は頭の中にあの称という男が離れなかった。
怖い。
怖いと思ったのは数少ないのだが、彼はきっと腕の立つ人物だ。穏和なふりをして、何を考えているかわからない人。そういった人物が一番怖いのだ。
「恐怖は許されない。」
彩から言われている言葉だった。恐怖で足がすくむという行為は、戦闘型ヒューマノイドにとって一番やってはいけないことだった。
いざとなれば相手諸共、自爆でも何でもしてしまえばいい。
「……。」
最後の荷物をおいて、彼女は気分を変えるようにその食材を見る。今日はロールキャベツにしようと思ったから、数日前に付けた自家製のピクルスを出そう。それから……。
そのとき店のドアベルが鳴って、一人の男が入ってきた。
「彩。珍しいですね。」
「あぁ。仕事が今終わってね。」
「もう日が高いですが、大変ですね。こんな時間まで。」
「別件の仕事だよ。」
彼が別件といったときは、ミュージシャンとしての仕事だけじゃない。彼もまた情報を得るために、他の女と寝ることもあるのだ。
「何かありましたか。」
「あぁ。外交担当の緑称という男が、港でうろうろしていたらしい。」
「珍しいですね。そんな城のトップがこんな街にいるなんて。」
「妙な薬の噂もある。それに目を光らせているのかもしれない。」
また仕事をしないといけないのか。彼女はコンテナからキャベツを取り出すと、仕込みを始めようとした。
「累。」
彼はキッチンの方へやってくると、彼女を後ろから抱きしめる。
「香水の匂いがします。」
「あぁ。よっぽど殺してやろうかと思った。」
彼から女物の香水の匂いがしても、彼女は何も思わない。他の女と寝たんだな。と思うだけ。
「累。キスしたい。」
「もう明るくて、外から見えますが宜しいですか。」
「こんな時間に人は通らないよ。それに少しだけだ。本当にしてしまったら、君は仕込みどころではなくなるだろう。」
彼女はカウンターを背にして、彼の方を向いた。そして近づいてくる唇に目をつぶり、唇を重ねた。
唇を離すと、彼は一瞬微笑んだ。
「どうしました?」
「外で誰か見てたみたいだったから。」
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「本当に困っているようには見えないよ。」
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