テロリストと兵士

神崎

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「何だよ。あいつ、今日本当に何も話さないぜ。」
「無愛想にもほどがあるよな。」
 用心棒の待機所でストーブから一番遠い場所に、陣を取っていた藍は相変わらず集中するように短刀の手入れに余念がなかった。そうでもしないと雑念が入ってきそうだったから。雑念イコール累や累のパトロンのことだった。それがイラッとさせている主な理由で、それが他の者を寄せ付けない。
「藍。」
 そんな彼に声をかけたのは、鼠を追いかけたとき一緒にいた男だった。一応彼の上司に当たる。
「何だ。」
「今日はお前、もう帰れ。」
「何で?」
「そんな様子じゃ、客もビビって帰るって評判なんだよ。ちったあ頭を冷やして出てこい。」
 彼はそういって藍を追い出すように、詰め所から出した。どっちにしても今日はどこの店も閑古鳥が鳴いている。そんな日もあるのかもしれないと、彼は剣を片手に夜の道を歩いていった。
 そのとき彼は思いだしたことがある。
「港のバーで累のパトロンが楽器を弾いているわ。」
 気になる訳じゃない。だがこのままだと確かに仕事に影響があるかもしれない。顔を見るだけだ。彼はそういい聞かせながら、その港のバー「音香」へ向かった。
 花街とは違い、大人な雰囲気の店が建ち並ぶ倉庫街だった。ほとんどこの辺には来たことがないが、大人のカップルや上質なスーツを着込んだ人が忙しげに走り去っていくのをみた。縁はないと思っていたが、その一角に「音香」の文字が見えた。ここか。そう思いながら、彼はそこのドアを開いた。するとそこは倉庫を改造した建物で、入り口に鼻髭を蓄えた太めの中年男性が立っている。
「いらっしゃいませ。お一人ですか。」
「あ、ちょっと様子見というか……。」
「あぁ。そうですか。もう少しで次のステージが始まりますよ。ご案内しましょうか。」
 そういって男性は彼を連れて、店内を案内してくれた。テーブル席とカウンター席があり、カウンターには数人の男女がいる。その中には、銘の姿もあった。しかし銘は視線を送られただけで、後は隣の男性と何か話している。
「いらっしゃいませ。」
 金色の長髪の髪、青い目。この世の人だろうかという疑問さえ浮かんでくるような綺麗な男だった。
「何になさいますか。」
 カードサイズのメニューを差し出され、彼はそれに目を通す。
「ウィスキー。ロックで。」
「銘柄は?」
「え……と……それでいい。」
 藍が指さしたのは、唯一知っている酒だった。茶色の瓶を彼は取り出して、ロックグラスに氷を入れる。そしてそこにウィスキーを入れた。
「どうぞ。」
 コースターとともに酒が差し出され、そしてそれとともにナッツを置かれた。
「初めてですか。」
 キョロキョロとしている藍に、バーテンダーはそう聞くと素直に藍は答える。
「あぁ。ここのバンドは専属なのか。」
「違いますよ。呼ばれればどこにも顔を出します。それこそ、花街にもライブハウスはありますしね。」
 花街の者だとすぐにわかったらしい。剣や銃を持っている人は多いが、藍ほどしっくりきている人がいないからだろう。
「楽しんでいってください。」
 彼はそういってカウンターの中から出て行く。そして代わりにカウンターにはいったのはさっき、藍を案内した中年男性だった。
 そしてさっきの男は手になにやら弦楽器を手にしてステージにあがる。他にも同じような格好をした人が、太鼓や大きな弦楽器、笛を持ってあがった。
 こうして演奏を生で聴くことはあまりないが、かなり上手だと思う。
「彩は気合いが今日は入っているようですね。」
「彩?」
「あぁ。先ほどの男です。あまり大きな声では言えませんがね、今日は恋敵が来ているそうです。」
「恋敵?そんなもので音楽というのは変わるのか。」
「えぇ。変わりますよ。まぁ、彼目当ての女性ファンは多いので、あまりおおっぴらには言えませんが。」
 あんな男前でも落ちない女がいるのだろうか。だとしたら自分はどうなんだろう。もしあんな男が累に言い寄ったら……あっちの方が良いというのだろうか。
 いいや。そんなことよりもパトロンがいるといっていたのだが、それらしき男は見えない。パトロンというと金持ちの、黄林のようなイメージがあるのだがそういう男なのだろうか。
 だとしたら何人かいるようだが、誰も妻のような相手がいるようでそんなことをしそうにない。
 一曲終わり、ステージの人たちは軽く礼をする。するとその曲と曲の間にまたメンバーが替わり、少し時間をおいた。その間、銘が近づいてきた。
「来てたの。」
「早く終わった。店も閑散としていてな。」
「やっぱり気になっていたのね。」
「と言うわけじゃない。」
「だったら教えなくてもいいのね。累の相手。」
「……誰だ。」
「バカな人。素直に気になりますって言えば?」
 ため息を付いて、彼女はステージを見る。そこには金色の髪のさっきの男がいた。
「あいつ。累のパトロン。」
「バカな。若いだろう?」
「若いけど、出来るのよ。そういうこと。確かにここだけの収入じゃ累のパトロンなんかにはなれないけど、別の収入もあるし。
「……。」
「勝てないとでも思った?」
「あぁ。」
「あんたもいい男じゃない。ほら。タイプが違うだけ。」
「誉められてる気がしない。」
 グラスの酒を口に含み、彼はまたステージの男をみた。名前は確か、彩。彼よりも年下に見える。そしてその青い瞳の奥が、とても冷たく揺れた気がした。
 ふと彩がこちらを見る。藍は彩を見ていたのがばれそうだと思い、グラスを置くふりをして後ろを向いた。
「体はあんたの方がでかいんだし、勝てる勝てる。」
「何の自信だ。」
「ほら。ナニだってでかいでしょ?」
「知るか。他の奴と比べたことなんかないし、数えるくらいしか……。」
 するとその会話が聞こえたのか、彩の笑い声が聞こえた。それでむっとしたようにまた後ろを振り向いて、ステージを見る。しかし彩は全く別のことで笑っていただけだった。
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