テロリストと兵士

神崎

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 春の雨は気温が高くなる。累はそう思いながら、看板を出した。今日のメニューは春キャベツと挽き肉の味噌いためか鮭のあんかけだ。
 こってりか、さっぱりで分かれることになるだろう。そう思いながら、店内に入っていこうとした。そのときだった。
「ここだ。」
 男の子の声がして、彼女は思わず振り返った。そこにはいつか見たことのある藍の同居人の男がいた。
「もう開店してる?」
「えぇ。今開店です。どうぞ。お入りになってください。」
 彼は店をきょろきょろと見渡す。思ったよりも狭い店内だと思ったのだろうか。
「いい店だね。」
 しかし帰ってきた言葉は予想もしない言葉だった。
「ありがとうございます。どうぞ、お好きな席にお座りになって。今日は、キャベツの味噌いためか鮭のあんかけになります。」
「二種類?」
「えぇ。うちは日替わりのみです。どうなさいますか。」
「うーん。じゃあ鮭をもらおうかな。」
 そう言って彼はカウンターの席に座る。
 生の鮭に塩とこしょうで味を付ける。それを小麦粉にまぶしたモノをあらかじめ用意してあった。それをフライパンで焼いている間、小鉢の用意をする。菜の花の和え物と、きんぴらゴボウ。味噌汁はキャベツとタマネギ。すっかり春らしくなった。
 鮭を皿に盛ると、キノコやネギのはいったあんかけを鮭にかけて、味噌汁とご飯を次いだ。
「お待たせしました。」
「ありがとう。美味しそうだね。」
 彼はそう言って味噌汁に口を付ける。
「おいしい。藍が好きなのもわかるよ。」
「あぁ……。そう言えば藍さんの同居人でしたか。」
「うん。二、三年前かな。それくらいから一緒にあそこに住んでてさ。あ、僕、真っていうんだけど。」
「そうでしたか。」
 どうやら弟とかそう言うものではなさそうだ。だとしたらどうして血の繋がりのない男と同居しているのだろう。
「ねぇ。藍の恋人なんでしょう?」
 彼は無邪気にそう聞いてくる。
「どうですかね。」
「えー?でもやってるんでしょ?」
 あまりにもナチュラルに聞いてくるので、彼女は思わず菜箸を落としかけた。
「あのですね……真さん。そんなことを昼間からいうものではありませんよ。」
「恥ずかしいことじゃないじゃん。いずれ結婚とかするんならさ。」
「……結婚。」
 そう言えばそう言われた。いずれ一緒になりたいと。ただ、現実味がわかない。」
「しないの?」
「いずれはするでしょう。でも私も、事情がありますし。彼にも事情があるんでしょう。」
「そうだね。藍の事情か。ねぇ。何か知っているの?藍のこと。」
「用心棒をしている。それしか知りませんが。」
「えー?それでよく恋人だっていってるよね。」
 小鉢に箸をつけて、ご飯に乗せて食べる。このやり方は藍にそっくりだった。
「過去は必要ありませんよ。必要なのは今です。そして未来ですよ。」
 自分でいって滑稽だと思った。人殺しに未来なんかあるのだろうか。
「過去は必要だよ。藍の昔の恋人のこととかあるしさ。ほら僕があそこに住んでるのも、そういうこともあったからだし。」
「そうでしたか。」
「もし恋人だと公言したら君を逆恨みするかもしれないね。」
 脅しのつもりなのだろうか。だとしたら的外れも良いところだ。殺さなくても「死んだ方がましだ」というくらいのことは出来るのに。
「そうですか。」
 もうそろそろ誰か来ないだろうか。あぁ。誰でも良いからこの不毛な会話を終わらせてくれないだろうか。そのときドアベルが鳴り、数人の男性が入ってきた。
「累。鮭を二つとキャベツ一つくれよ。」
「いらっしゃいませ。かしこまりました。」
 彼女はそういうと、もうキッチンにしか目に入らなかった。そのあとも、彼女は忙しく動き回り食事を作っている。その様子を真はじっと見ていた。
 藍が惹かれるのもわかる気がする。無駄のない動き、無駄なく食事を作っていく。愛想はないが、適度な会話を楽しませているように見えた。常連が多い店なのだろう。
 そして藍もそれを見て、彼女に惹かれた。彼は軽くため息を付くと、彼女に声をかける。
「いくらかな。」
「七百です。」
 コインを数枚テーブルに置くと、彼は少し笑う。
「名前、何て言うの?」
「私ですか。私の名前なんて知っても……。」
 ただの客ならそういうだろう。しかし彼は藍の同居人なのだ。思い直して名乗る。
「累です。」
「累か。また来るね。楽しみだな。次は何を食べさせてもらえるのか。」
 そのとき常連客である、男が店に入ってきた。屈強な男で、兵士だと言って少し横暴な男だった。その男が真を見て、後ずさりをする。
「真様。」
「……なんだ。君もここの常連なんだね。鮭が美味かったよ。」
「お疲れさまです。」
「やだなぁ。ここでそんなことをしたら、僕の正体ばればれじゃん。やめてよ。」
 手をひらひらと振って真は出て行った。その姿を見て、彼はため息を付く。
「んだよ。兄ちゃん。あの子供、何だってんだ。」
「……真様は、赤の軍の第三隊長だ。」
 その言葉に彼女はさらに菜箸を落としかけた。あんな子供が隊長?と内心思ったのだ。
「第三っつーと、あれか?暗殺とかスパイとかしているヤツ。」
「あんな虫も殺さないような顔をしてやることはエグい人だ。敵には回したくないものだ。」
 そういって彼はカウンター席に腰掛けた。
「いらっしゃいませ。どちらになさいますか。」
「鮭をもらおう。」
 呆れるほど上のモノに頭が上がらないらしい。だが彼には聞かなければいけないことがあるだろう。だが彼女の口から聞くわけにはいかない。
「あんた、赤の家臣なのか。」
「家臣というのは真様のようなモノばかりだ。それから上はお目にかかったこともない。まぁ、赤の側近はいつもころころ変わるが、今回の「紅花」様は長いものだ。世襲などどうでもいいのか、あの者もどこの女の血かわからんし。」
 赤の側近の名前は「紅花」。彼女は内心うなづいた。
「王もあれだって言うじゃん。どっか愛人の子供だろ?それが先代の王の子供を全部殺したって言うじゃん。」
「へぇ。やるなぁ。」
「全ては噂だ。この場のことでのことにとどめておこう。」
 食事を作り終わり、彼女は彼の前にトレーを置く。
「えぇ。この場では誰でも平等ですから。喧嘩をなさらないようにお願いしますね。」
 その顔を見て、兵士は苦笑いをする。
「累は、男だったら絶対兵士にスカウトしていたのだがな。」
「私はそんなことは出来ませんよ。父から習った護身術しかできませんから。」
 そういって彼女はカウンターを出て、テーブルを片づけた。
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