テロリストと兵士

神崎

文字の大きさ
51 / 283

50

しおりを挟む
 城を出て、幻は港へ向かった。一応彼女の肩書きは、検疫だ。いなければ不信に思われるだろう。その前に食事がしたい。朝からリンゴ一つしか食べていないのだ。
 時計を見ると十三時。まだ「旬食」が開いている時間だ。彼女の足は自然とその坂の上に向かっていく。
 すると店の前に看板があった。今日の日替わりのメニューを書いているらしい。今日は肉じゃがと鰆のフライだった。
「魚かなぁ。」
 彼女はそう思いながらドアを開けた。
「いらっしゃいませ。」
 カウンターの奥には累がいる。幻は手を少し挙げて、カウンター席に座る。
「何にしますか?」
 店内はピークが終わったらしく、まだ片づいていないテーブルがあったりしていた。それを片づけながら、累は彼女に聞く。
「魚、今日フライなの?」
「えぇ。鰆は今旬です。でも肉じゃがもジャガイモは春ジャガですよ。」
 そう言われて彼女は少し迷ってしまった。店には行る前には魚と思っていたが、肉じゃがも捨てがたい。ふとカウンターを見ると、一人前の肉じゃがが別に置いてあったのが見える。
「肉じゃが?」
「あ、肉じゃがにしますか。」
「あ……そうね。そうする。」
 皿を手にして、累はカウンターにはいると肉じゃがの用意をしていた。菜の花の和え物。豆腐と若布の味噌汁。鰺と大根のなます。それらがトレーに乗せられて、彼女の前に置かれる。
「お待たせしました。」
「おいしそう。」
 正解だったかもしれない。彼女はそう思いながら、それらに箸をつけた。そのとき入り口がドアベルを鳴らして開く。
 そこには藍の姿があった。彼は少し笑い店内に入ってくる。
「藍。今日は少し早いんですね。」
「あぁ……仕事が少し早めに……ん?」
 カウンター席に座ると、その隣には肉じゃがを食べている幻の姿があった。その姿に咳払いをする。
「あら。お知り合いですか?」
 なますを小鉢につぎながら、彼女は不思議そうに二人を見ていた。
「そうなの。あたし港で検疫をしているんだけど、前任の方が何かあったら藍さんに頼るといいって話を聞いててね。それでこの間挨拶を。」
「大したことはしていない。だが女の身だ。色々あるだろうしな。」
「何があっても大丈夫だとは思うんだけどね。」
 不信に思わない程度に、彼らは誤魔化すように累に紹介する。しかし累の表情は変わらない。そんなことを信じているわけはないのに。
「そうでしたか。」
 そう言って彼女はそのトレーを彼の前に置いた。
「累。勘定して。」
「あ、二千百です。ありがとうございました。」
 そして誤魔化すように彼女はカウンターをでると、テーブルを片づけだした。その姿を味噌汁をすすりながら、幻は見ながら藍に声をかける。
「疑わせちゃったわね。」
「別に何とも思わないだろう。」
「へぇ。信じてんのね。あの子。」
「俺もな。」
「相変わらず熱いこと。」
 次の満月までまだあと数日ある。その数日が長い。

 店内を片づけながら、累はため息を付いた。並んで食事をしている二人はとても絵になっていた。体格的にも、スタイルも、何もかもが似合っている。
 そして自分のその小さい胸に目を落とした。愛玩用に作られたというのだったら、もっと胸があっても良かったんじゃないのだろうか。体は小さいのは何となくわかるが、ここは小さいと藍は満足しないのではないのかと思ってしまうのだ。
 ため息を付いて彼女はまたモップを動かす。そのとき店内のドアが開いた。そこには藍がいた。
「藍。」
 彼はドアを閉めて鍵をかける。そして彼女に近づいてきた。その間彼は何も言葉を発しない。
「何……。」
 思わず払いのけようとしてしまった。だが彼はそれを拒否するように、彼女の体を引き寄せる。カランと音を立ててモップが床に転がった。
 太い大きな腕が彼女を包み込んだ。
「満月まで待てない。」
「藍……。」
「それに今日は誤解させた。あいつとは何もないのに。」
「何も疑ってませんよ。」
「明日から、二、三日来れないし。」
「永遠に会えない訳じゃないんです。しっかりしてください。」
「累。お前は寂しくないのか?」
 すると彼女はその手に手を重ねた。その手が少し荒れているのが収まった気がする。
「寂しいですよ。どうして会えないかっていつも思います。でも……私にもあなたにも事情がありますし、仕方ないって言い聞かせてますから。」
 重ねている手の力が強くなる。それが彼女の力だった。
「……言葉にしたくありませんでした。寂しくなるから。抱きしめられたくなかったんです。もっと欲しくなるから。」
「累。正直になれよ。」
「……。」
 背中を向けているのが惜しい。彼女がどんな顔をしているのか見たかった。
「藍……。」
 腕を放して、彼女を正面に向かせる。わずかに赤くなっている頬。逸らされた視線。いつもは見せない自分だけの表情。彼は少しかがむと、彼女のその唇に軽くキスをした。彼女も彼の首に手を伸ばして、背伸びをした。
「したくない?」
 唇を離して、彼は彼女の耳元で聞く。
「それはまた満月の夜にしましょう。」
「……生殺しか。」
「しないほうが燃え上がりますよ。」
 すると彼は彼女の唇にまたキスをする。
「一晩中するかもな。」
「好きにしてください。それから……忘れさせてください。」
 今夜も彩がくる。それを忘れさせて欲しかった。それから……簡単にキスをした真のことも忘れさせて欲しかった。
 そのとき外で音がした。驚いて二人は体を離した。
「誰だ。」
「見てきます。少し待ってください。」
 そう言って彼女は入り口のドアに向かっていく。鍵を開けて表を見ると、そこには真の姿があった。
「真さん。」
「もう閉まっちゃってたか。」
「……どうしたんだ。飯か?」
 藍が声をかけると、真は悪びれもなく言う。
「違う。会いに来たんだ。」
「誰に?」
「累に。」
 その言葉に彼は怪訝そうな顔をする。真は店内に入り、ドアを後ろ手で閉めた。
「累のことが好きだからさ。」
「真。お前、累が何なのか知ってていってるのか?」
「藍の恋人だよね。わかってる。だけど藍だって同じだろ?累のことを何も知らなくて好きだっていってる。」
「必要なのは今だ。今、累は俺の……。」
「恋人。知ってる。でも僕のものにもなれるから。」
 すると累は首を横に振る。
「真さん。私があなたを見ることはありません。私は藍のことが好きですから。」
「そう?でも未来はわからないよね。」
 そう言って彼は彼女の腕をつかみかかった。すると彼女のその手を振り払わせるように、藍が彼女を引いた。
「真。いい加減にしろ。」
 そして彼女を後ろから守るように抱きしめた。その行動に、真はため息を付く。
「わかった。今日は帰るよ。あぁ、藍って明日から出張だって言ってたよね。」
「あぁ。」
「何もなきゃいいけどね。」
 真が出て行ったあと、彼は彼女のその耳に唇を寄せた。
「んっ……。」
「累。やっぱりしたい。次会えるときまでなんて待てる訳ないだろう。」
「……せめて……ここではないところで……。」
「わかった。」
 彼はそう言って彼女を抱き上げて、キッチンの奥へ入ろうとしたときだった。
「累ー開けてー。」
 外から声が聞こえる。今度は銘の声だった。彼らはため息を付き、また藍は彼女をおろした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...