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港でよく見ることがある藍は、幻という女性の検疫の手助けをしていた。といっても進んでというわけではなく、渋々といった感じだ。
その他の時間は、「春雷荘」の用心棒をしていて、そのほかの時間は案外自由だ。もちろん累のところへ行き、食事をすることもある。そのときの累はあくまで一人の「お客」として扱っているようだ。だが親しい常連には「恋人」であるとか「婚約者」であるとかと言っているようで、それが彩には不機嫌になる理由だった。
そのほかの怪しい動きはない。城へ向かっていったのも、城に用事があるわけではなく、城の横にある役人の詰め所へ向かっているようだ。どうやら知り合いがいるらしい。
ただの客として知り合い、普通に恋人になった。そんな風に見えた。
グラスを拭きながら、彩はため息をつく。
元々累に恋愛感情があったわけではない。だが藍に取られたと思えば何となく面白くないのだ。
あの体を好きにしている。あえぐ声も、自分を求める手も、その濡れやすい性器も、全て藍が所有しているのだ。
「……。」
「どうしたの?失恋でもした?」
客の入りが少ない日の夜だった。相変わらず幻はカクテルを飲みながら、陽気に話しかけてくる。
「失恋ね……。」
「あなたみたいな人を振るなんて、見る目無いわね。その女。」
「あなたも失恋したといってましたね。僕に言わせれば、あなたを振った男も見る目がありませんよ。」
「まぁ。お上手ね。」
はみ出そうな大きな胸が強調された服を着ている彼女は、笑いながらグラスを前に差し出した。
「何にしますか?」
「そうね。ジンベースが良いな。そう。それロックでちょうだい。」
「強いですよ。」
「いいの。飲みたいし。明日仕事ないし。」
確かに明日は休日だ。港に船もやってこないのだろう。
「あーあ。やっぱまた申請しようかな。」
「何をですか?」
「今の役職降りて、また国を渡りたいって。」
「役職?あぁ。検疫の。」
「あ、そうだった。検疫のね。」
違うのか。また別に役職を持っているのだろうか。
「別の役職が?」
「うーん。あんまり言えないんだけど。ま、良いか。あんた口堅そうだし。」
「夜の仕事ですからね。酔っている人の言うことなんかはその日のうちに忘れますよ。」
「いい心がけね。」
ニヤリと笑う。その笑顔も好きになれない。
「一応、あたし、王の側近でね。」
「え?」
「外交を担当してる。城では「幻緑」って呼ばれてんの。」
案外あっさりと口を割ったものだ。酔うと口が軽くなるのかもしれない。この調子でいろんなことを聞き出そう。
彼はグラスに氷を入れたジンを彼女の前に置く。するとそれをおいしそうに彼女は口を付けた。
「身分を隠して港行ってるけどさ、すごいの。行き先不明、送り主不明のにもつがわんさと出てきてさ。」
「すごいですね。最近はやっている怪しげな薬なんかもですか?」
「そう。荷物の裏に張り付けてあったり、肉の中に隠してあったりね。」
「それはすごいですね。」
「でも藍がいて良かったわ。」
藍の名前が出ただけで、彼女はため息をつく。おそらく失恋の相手が藍なのだろうか。
「そうですか。彼は腕が立つようですからね。」
「用心棒ってだけじゃないもの。」
彼女はそういってまたグラスに口を付けた。
「と言うと?」
「彼はね、別の名前があるの。「紅花」って言うんだけど。」
思わずグラスを落としそうになった。思ってもなかったことだったからだ。
「彼が?」
「そ。赤の兵団長で統括者。異例らしいわね。最下層の売春婦の息子が、そんな身分になるのって。」
手が震える。彼が「紅花」だったとは思っても見なかったからだ。
「そんな立派な人がどうして売春宿の用心棒を?」
「あたしの前任の緑称って人が推薦したみたいね。鼠を捕まえる一定期間だけでも、側近にいて欲しいって。」
そのとき銘がやってきた。そして彼にオーダーをいう。
「彩。ジントニックトラムトニック。それから……あれ?どうしたの?顔色悪いよ。」
銘に言われて初めて気がついた。顔色が真っ青だったのだ。
「……悪い。ちょっと外の空気を吸ってくる。マスターにはいるように言うよ。」
彩はそれだけを言うと、カウンターの表に出て行った。
普段は吸わない煙草に火をつけた。そして煙を上げる。
何も知らないまま、二人は惹かれ合った。きっと彩の知らないところで逢瀬を重ねていたのだ。
許せなかった。
累は自分のモノだ。完璧なヒューマノイドで、自分に忠実なはずだった。だが違う。実際、彼女は裏切っていたのだ。ただの男なら特に問題ない。だが状況は違う。紅花とつながっていたのだ。
「……彩?」
声をかけられて、彼は振り向いた。そこには真の姿がある。彼の口にも煙草がくわえられていた。
「その様子だと、知ったんだね。」
「お前、知っていたのか。」
「知らない方がどうにかしてるよ。僕は藍と一緒に住んでるんだし、累のところにも通ってる。」
「……。」
「ねぇ。まずいことになったよね。」
「……あの人に何て説明をすればいいんだ。国家の蛆を潰すために生まれたヒューマノイドが、国家を守るためにいる赤の家臣とつながっているなんて……。」
「簡単なことだ。君には出来ないかもしれないけど。」
そういって彼は少し笑う。」
「何だ。」
「累を僕に頂戴よ。藍から取るから。」
「お前に?」
「君には無理だったんだろ?累を縛り付けることも出来なかったわけだし。」
「……。」
「僕なら出来るよ。知ってるだろ?由教授の論文読んだんだろうし。」
「……ヒューマノイド同士でのセックスは、恋愛感情をリセットさせるということか。」
「あぁ。藍は忘れられないかもしれないけど、累は忘れさせるから。」
「……。」
「面白くないかもしれないけど、それが一番良いよ。累にも、藍にも。」
煙草を消して、彼はため息をついた。正直、自分以外の人とセックスをさせる気はなかった。だが彼女はもう藍としている。そしてその藍を忘れさせるためには、それしかないように思えた。
「わかった。」
「じゃあ、累をうまく呼び出しておいてよ。」
彼はそういって踊るような足取りで、行ってしまった。
その他の時間は、「春雷荘」の用心棒をしていて、そのほかの時間は案外自由だ。もちろん累のところへ行き、食事をすることもある。そのときの累はあくまで一人の「お客」として扱っているようだ。だが親しい常連には「恋人」であるとか「婚約者」であるとかと言っているようで、それが彩には不機嫌になる理由だった。
そのほかの怪しい動きはない。城へ向かっていったのも、城に用事があるわけではなく、城の横にある役人の詰め所へ向かっているようだ。どうやら知り合いがいるらしい。
ただの客として知り合い、普通に恋人になった。そんな風に見えた。
グラスを拭きながら、彩はため息をつく。
元々累に恋愛感情があったわけではない。だが藍に取られたと思えば何となく面白くないのだ。
あの体を好きにしている。あえぐ声も、自分を求める手も、その濡れやすい性器も、全て藍が所有しているのだ。
「……。」
「どうしたの?失恋でもした?」
客の入りが少ない日の夜だった。相変わらず幻はカクテルを飲みながら、陽気に話しかけてくる。
「失恋ね……。」
「あなたみたいな人を振るなんて、見る目無いわね。その女。」
「あなたも失恋したといってましたね。僕に言わせれば、あなたを振った男も見る目がありませんよ。」
「まぁ。お上手ね。」
はみ出そうな大きな胸が強調された服を着ている彼女は、笑いながらグラスを前に差し出した。
「何にしますか?」
「そうね。ジンベースが良いな。そう。それロックでちょうだい。」
「強いですよ。」
「いいの。飲みたいし。明日仕事ないし。」
確かに明日は休日だ。港に船もやってこないのだろう。
「あーあ。やっぱまた申請しようかな。」
「何をですか?」
「今の役職降りて、また国を渡りたいって。」
「役職?あぁ。検疫の。」
「あ、そうだった。検疫のね。」
違うのか。また別に役職を持っているのだろうか。
「別の役職が?」
「うーん。あんまり言えないんだけど。ま、良いか。あんた口堅そうだし。」
「夜の仕事ですからね。酔っている人の言うことなんかはその日のうちに忘れますよ。」
「いい心がけね。」
ニヤリと笑う。その笑顔も好きになれない。
「一応、あたし、王の側近でね。」
「え?」
「外交を担当してる。城では「幻緑」って呼ばれてんの。」
案外あっさりと口を割ったものだ。酔うと口が軽くなるのかもしれない。この調子でいろんなことを聞き出そう。
彼はグラスに氷を入れたジンを彼女の前に置く。するとそれをおいしそうに彼女は口を付けた。
「身分を隠して港行ってるけどさ、すごいの。行き先不明、送り主不明のにもつがわんさと出てきてさ。」
「すごいですね。最近はやっている怪しげな薬なんかもですか?」
「そう。荷物の裏に張り付けてあったり、肉の中に隠してあったりね。」
「それはすごいですね。」
「でも藍がいて良かったわ。」
藍の名前が出ただけで、彼女はため息をつく。おそらく失恋の相手が藍なのだろうか。
「そうですか。彼は腕が立つようですからね。」
「用心棒ってだけじゃないもの。」
彼女はそういってまたグラスに口を付けた。
「と言うと?」
「彼はね、別の名前があるの。「紅花」って言うんだけど。」
思わずグラスを落としそうになった。思ってもなかったことだったからだ。
「彼が?」
「そ。赤の兵団長で統括者。異例らしいわね。最下層の売春婦の息子が、そんな身分になるのって。」
手が震える。彼が「紅花」だったとは思っても見なかったからだ。
「そんな立派な人がどうして売春宿の用心棒を?」
「あたしの前任の緑称って人が推薦したみたいね。鼠を捕まえる一定期間だけでも、側近にいて欲しいって。」
そのとき銘がやってきた。そして彼にオーダーをいう。
「彩。ジントニックトラムトニック。それから……あれ?どうしたの?顔色悪いよ。」
銘に言われて初めて気がついた。顔色が真っ青だったのだ。
「……悪い。ちょっと外の空気を吸ってくる。マスターにはいるように言うよ。」
彩はそれだけを言うと、カウンターの表に出て行った。
普段は吸わない煙草に火をつけた。そして煙を上げる。
何も知らないまま、二人は惹かれ合った。きっと彩の知らないところで逢瀬を重ねていたのだ。
許せなかった。
累は自分のモノだ。完璧なヒューマノイドで、自分に忠実なはずだった。だが違う。実際、彼女は裏切っていたのだ。ただの男なら特に問題ない。だが状況は違う。紅花とつながっていたのだ。
「……彩?」
声をかけられて、彼は振り向いた。そこには真の姿がある。彼の口にも煙草がくわえられていた。
「その様子だと、知ったんだね。」
「お前、知っていたのか。」
「知らない方がどうにかしてるよ。僕は藍と一緒に住んでるんだし、累のところにも通ってる。」
「……。」
「ねぇ。まずいことになったよね。」
「……あの人に何て説明をすればいいんだ。国家の蛆を潰すために生まれたヒューマノイドが、国家を守るためにいる赤の家臣とつながっているなんて……。」
「簡単なことだ。君には出来ないかもしれないけど。」
そういって彼は少し笑う。」
「何だ。」
「累を僕に頂戴よ。藍から取るから。」
「お前に?」
「君には無理だったんだろ?累を縛り付けることも出来なかったわけだし。」
「……。」
「僕なら出来るよ。知ってるだろ?由教授の論文読んだんだろうし。」
「……ヒューマノイド同士でのセックスは、恋愛感情をリセットさせるということか。」
「あぁ。藍は忘れられないかもしれないけど、累は忘れさせるから。」
「……。」
「面白くないかもしれないけど、それが一番良いよ。累にも、藍にも。」
煙草を消して、彼はため息をついた。正直、自分以外の人とセックスをさせる気はなかった。だが彼女はもう藍としている。そしてその藍を忘れさせるためには、それしかないように思えた。
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