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ウェイターやライブのミキシングをする男たちがやってきて、更衣室でみんな着替えをする。殆どが昼間に別の仕事をしていて、この仕事は遊ぶ金なりの目的がある人ばかりで、当然柄もあまり良くない。
芦はまだましな方だろう。
「なぁ。マジで隆って、累とつき合ってんのか。」
「らしいな。」
「何が良いんだよ。あの女。」
芦も同意見だったが、彼の場合は男しかその魅力がわからないので少々事情が違う。
「可愛いってよりは美人だけどさ、いっつもつんとしてるし。」
「それな。女の間でも評判悪いぜ。」
「で、ずっと距離があるじゃん。」
「敬語だからだろう?」
芦はそういってワイシャツに袖を通した。
「お?芦は良いって思うの?」
「別に。俺は女は苦手だけど、あの女はつきあいやすいなって思っただけ。」
「女を感じないからか?」
「まぁな。」
「だったらますます隆が不思議だよ。女を感じないような女とつき合って何がいいんだか。」
すると男がピンと来たように言う。
「あんな女だけど、すげぇ床上手なんじゃないのか。」
「ギャップ萌え?すげぇ感じるとか?」
あほくさい。そう思いながら芦はワイシャツのボタンを留めていた。そのとき更衣室のドアをノックする音が聞こえる。
「はい。」
「開けて良いか。」
隆の声に芦は周りを見渡す。
「良いよ。」
ドアを開けると、もうすでに着替えている隆が入ってきた。そして自分のロッカーからメモ帳を取り出して、その中身をチェックする。
「どうしたんだ。」
「トマトソースが切れそうだったから、今日暇を見て作っておこうと思って。レシピ思い出してる。」
ニンニク、オリーブオイル、塩など、それを頭に入れてメモをまたバッグの中に入れる。
「持って行けばいいのに。」
「異物混入の元になるだろう?どやされるのはお前たちだから良いけど。」
「マジ勘弁。」
笑いながら、ベストを羽織る芦。そしてひそひそと男たちが耳打ちをして、隆に声をかける。
「隆。」
「何だよ。気持ち悪いな。」
「累とつき合ってるって言ってたじゃん。」
「それがどうした。」
さっさと言ってトマトソースの煮込みをしたいのに、何の用事なのだろう。
「あいつ床上手なわけ?」
「は?」
「バカ。ストレートに聞きすぎだろう?」
芦もそれは思っていた。やはり頭が足りない。顔だけだ。
「累は慣れてない。そもそもあいつの初めては彩だろう?」
「彩か……。」
彩の名前にそこにいた人たちがみんなうつむいた。女をとっかえひっかえしている彩だ。どんなに自信があっても、彩に勝てるとは思えない。
「彩を捨ててまで隆に転んだんだろ?愛されてんな。」
愛という言葉に、彼は首を傾げる。愛はあるのだろうか。こんなに簡単に転んだのだ。疑いたくなるのも当然だろう。
「お前も一人しか知らないっていってたな。」
「嫁に貰うつもりだったから。」
「は?」
「妊娠してたけど、自殺したんだよ。側にいれれば良かったんだけど。」
その話は初めて聞いた。男たちは顔を見合わせる。その空気を知り、芦が声をかける。
「隆。あんたそんなこと言っていいのか?」
「もう吹っ切ってる。かまわない。それにそれを吹っ切らせてくれたのは累だしな。」
人形だと卑下するが、隆にとって累は大きなものだった。だから渡したくない。
「そっか。悪いな。茶化すようなことを聞いて。」
「かまわない。いずれ話すことだ。」
いくら頭の悪いヤツでも、隆の話はズシンと重かった。大切な人を失った悲しみを、累が癒した。彼はきっと累から離れられないのだろう。
トマトソースを作り終えたのは、店が終わってからだった。累はそのレシピを傍目で見ながら、どこにでもあるようなレシピだなと思っていた。
だがそんな味がきっと美味しいのだ。
「累。」
「はい?」
「味を見るか?」
「想像は付きますが、いただきます。」
もし互いに何かあったら、カバーし合わなければいけない。それはオーナーにもずっと言われていたことだ。
彼は小皿を取り出して、そのソースを注いだ。そして彼女に差し出す。そして彼女はそれを口に運ぶ。
「あら……。」
「どうした。」
「美味しいと思って……。」
「だな。こつがあるんだ。レシピはありふれたものだが、加熱時間とか火加減で味が変わるから。」
かき混ぜながら、彼はそれを瓶に移し替えた。これで数日分。冷凍は出来ないので、その都度で作らないといけない。
「作る行程を見ておけば良かったです。」
「家で作ってやろうか?」
その言葉に彼女は少し戸惑った。食事をしなくても大丈夫な体をしているが、出来ないことはない。不自然なくらい食事をしないのは無駄なことをしたくないと思っていたからだ。
だが食事がそんなに無駄だろうか。ここ数日まともな食事をしていないが、体調不良というわけでもない彼女には、良くわからなかった。
だが休憩の度に見えるフロアの様子。その中に楽しそうに食事をしているカップルもいた。隆ともそういう関係にならないといけないのだろうが、今のところ食事を一緒にとることはない。
「どうした。そんなに迷うことか?」
「あ……いいえ。そういう事じゃないんです。ただ……。」
「そうだったな。お前は食事をしてもしなくてもいい体って言ってたか。」
すると彼はそれに笑いながら、瓶に蓋をする。
「隆さん。」
「どうした。」
「ずっと気になってたところがあるんです。」
「何だ。気になってた所って。」
彼女は戸惑ったように、モップの手を止めた。
「以前自分で食堂を開いていたとき、お客様からドライトマトを頂きました。」
「あぁ。山の方だったらそういったものも作れるところがあるらしいな。」
「しかし私にはどう料理して良いかわからなかったので、結局捨ててしまったんです。それで本当の使い方を知りたいとずっと思ってました。」
「俺も詳しいことはわからない。」
瓶に蓋をした後、彼は彼女に聞く。
「一緒に行くか?」
「はい。一緒に行きたいです。」
その言葉に彼は少し笑った。まるでデートをする前の学生のようだと、甘酸っぱい気持ちになる。
「連休を貰うか。」
「そうですね。泊まりではないといけないでしょう。」
心が高鳴る。まるで初恋だ。
芦はまだましな方だろう。
「なぁ。マジで隆って、累とつき合ってんのか。」
「らしいな。」
「何が良いんだよ。あの女。」
芦も同意見だったが、彼の場合は男しかその魅力がわからないので少々事情が違う。
「可愛いってよりは美人だけどさ、いっつもつんとしてるし。」
「それな。女の間でも評判悪いぜ。」
「で、ずっと距離があるじゃん。」
「敬語だからだろう?」
芦はそういってワイシャツに袖を通した。
「お?芦は良いって思うの?」
「別に。俺は女は苦手だけど、あの女はつきあいやすいなって思っただけ。」
「女を感じないからか?」
「まぁな。」
「だったらますます隆が不思議だよ。女を感じないような女とつき合って何がいいんだか。」
すると男がピンと来たように言う。
「あんな女だけど、すげぇ床上手なんじゃないのか。」
「ギャップ萌え?すげぇ感じるとか?」
あほくさい。そう思いながら芦はワイシャツのボタンを留めていた。そのとき更衣室のドアをノックする音が聞こえる。
「はい。」
「開けて良いか。」
隆の声に芦は周りを見渡す。
「良いよ。」
ドアを開けると、もうすでに着替えている隆が入ってきた。そして自分のロッカーからメモ帳を取り出して、その中身をチェックする。
「どうしたんだ。」
「トマトソースが切れそうだったから、今日暇を見て作っておこうと思って。レシピ思い出してる。」
ニンニク、オリーブオイル、塩など、それを頭に入れてメモをまたバッグの中に入れる。
「持って行けばいいのに。」
「異物混入の元になるだろう?どやされるのはお前たちだから良いけど。」
「マジ勘弁。」
笑いながら、ベストを羽織る芦。そしてひそひそと男たちが耳打ちをして、隆に声をかける。
「隆。」
「何だよ。気持ち悪いな。」
「累とつき合ってるって言ってたじゃん。」
「それがどうした。」
さっさと言ってトマトソースの煮込みをしたいのに、何の用事なのだろう。
「あいつ床上手なわけ?」
「は?」
「バカ。ストレートに聞きすぎだろう?」
芦もそれは思っていた。やはり頭が足りない。顔だけだ。
「累は慣れてない。そもそもあいつの初めては彩だろう?」
「彩か……。」
彩の名前にそこにいた人たちがみんなうつむいた。女をとっかえひっかえしている彩だ。どんなに自信があっても、彩に勝てるとは思えない。
「彩を捨ててまで隆に転んだんだろ?愛されてんな。」
愛という言葉に、彼は首を傾げる。愛はあるのだろうか。こんなに簡単に転んだのだ。疑いたくなるのも当然だろう。
「お前も一人しか知らないっていってたな。」
「嫁に貰うつもりだったから。」
「は?」
「妊娠してたけど、自殺したんだよ。側にいれれば良かったんだけど。」
その話は初めて聞いた。男たちは顔を見合わせる。その空気を知り、芦が声をかける。
「隆。あんたそんなこと言っていいのか?」
「もう吹っ切ってる。かまわない。それにそれを吹っ切らせてくれたのは累だしな。」
人形だと卑下するが、隆にとって累は大きなものだった。だから渡したくない。
「そっか。悪いな。茶化すようなことを聞いて。」
「かまわない。いずれ話すことだ。」
いくら頭の悪いヤツでも、隆の話はズシンと重かった。大切な人を失った悲しみを、累が癒した。彼はきっと累から離れられないのだろう。
トマトソースを作り終えたのは、店が終わってからだった。累はそのレシピを傍目で見ながら、どこにでもあるようなレシピだなと思っていた。
だがそんな味がきっと美味しいのだ。
「累。」
「はい?」
「味を見るか?」
「想像は付きますが、いただきます。」
もし互いに何かあったら、カバーし合わなければいけない。それはオーナーにもずっと言われていたことだ。
彼は小皿を取り出して、そのソースを注いだ。そして彼女に差し出す。そして彼女はそれを口に運ぶ。
「あら……。」
「どうした。」
「美味しいと思って……。」
「だな。こつがあるんだ。レシピはありふれたものだが、加熱時間とか火加減で味が変わるから。」
かき混ぜながら、彼はそれを瓶に移し替えた。これで数日分。冷凍は出来ないので、その都度で作らないといけない。
「作る行程を見ておけば良かったです。」
「家で作ってやろうか?」
その言葉に彼女は少し戸惑った。食事をしなくても大丈夫な体をしているが、出来ないことはない。不自然なくらい食事をしないのは無駄なことをしたくないと思っていたからだ。
だが食事がそんなに無駄だろうか。ここ数日まともな食事をしていないが、体調不良というわけでもない彼女には、良くわからなかった。
だが休憩の度に見えるフロアの様子。その中に楽しそうに食事をしているカップルもいた。隆ともそういう関係にならないといけないのだろうが、今のところ食事を一緒にとることはない。
「どうした。そんなに迷うことか?」
「あ……いいえ。そういう事じゃないんです。ただ……。」
「そうだったな。お前は食事をしてもしなくてもいい体って言ってたか。」
すると彼はそれに笑いながら、瓶に蓋をする。
「隆さん。」
「どうした。」
「ずっと気になってたところがあるんです。」
「何だ。気になってた所って。」
彼女は戸惑ったように、モップの手を止めた。
「以前自分で食堂を開いていたとき、お客様からドライトマトを頂きました。」
「あぁ。山の方だったらそういったものも作れるところがあるらしいな。」
「しかし私にはどう料理して良いかわからなかったので、結局捨ててしまったんです。それで本当の使い方を知りたいとずっと思ってました。」
「俺も詳しいことはわからない。」
瓶に蓋をした後、彼は彼女に聞く。
「一緒に行くか?」
「はい。一緒に行きたいです。」
その言葉に彼は少し笑った。まるでデートをする前の学生のようだと、甘酸っぱい気持ちになる。
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「そうですね。泊まりではないといけないでしょう。」
心が高鳴る。まるで初恋だ。
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