テロリストと兵士

神崎

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 紫色の液体のはいったカプセルの中から、累は目を覚ました。そして自らそこから出てくると、濡れた手でタオルを手にした。体を拭くと周りを見渡す。零教授はいないようだ。彼はこの部屋から出ることは滅多にない。おそらくトイレか何かに行っているのだろう。
 一人で出来ないことはない。とりあえずこの液体を洗い流したいと、シャワールームへ向かう。
 シャワーを浴び洋服を身につけると、時計をみる。彩には連絡が行っているだろうから、店のことはそこまで心配はしていない。だが隆は心配しているだろう。
 深夜の時間だ。今からアパートへ帰れば隆は待っているはずだし、そこで弁解をしよう。彼ならわかってくれるはずだ。何も隠していないし、全てを聞いてくれる人だ。そしてそれを納得している人だ。
「……居たんですか。」
 時計から目を離すと、そこには史の姿があった。そうだ。彼は彼女がヒューマノイドだということを知っているはずだ。ここでカプセルに入っていたといって驚きもしないだろう。
「さっきからね。」
「そうでしたか。特に珍しい光景ではありませんよね。その奥に、零教授が作ったヒューマノイドも居ますから。」
「君ほど精巧なものは居ないと言っていたよ。零教授は歯ぎしりしながら、君のデータを見ながら君のようなヒューマノイドを作ろうと必死だ。」
「……そのときは感情を入れない方が言いといっていますが、どうやら私を作った由教授は感情を入れることで、体のバランスをとっていたようです。今更抜くことなど出来ないのかもしれないと、口こぼしていましたね。」
「その通りだ。感情を入れることによってより人間に近いヒューマノイドを作ろうとしていたようでね。」
「より人間に近い……。」
 彼女は少しため息をつきながら、荷物の入ったバッグを手に取った。
「どこへ?」
「帰ります。待っている人が居るので。」
 すると彼は少し笑って言う。
「だったら三十分だけ私に時間をもらえないだろうか。」
「三十分?」
「あぁ。実は、やっかいな患者が居てね。不眠症と摂食障害を起こしている。今まで生きていたのは、気力だけだ。だがその気力もそろそろ付きようとしている。」
「……そうですか。よろしくお伝えください。」
 自分には関係ない。そう思っていたのに、彼は彼女の手を取る。
「君が運んできた患者を診たのは私だ。」
「……。」
 藍のことだろう。藍はきっともう出て行ったに違いない。彼女の顔など見たくないと思っているに違いなのだから。
「その恩を返すと思って、会ってくれないだろうか。」
「どうして私なんですか?」
「男性でも女性でもない人が良いと思っていてね。性別がはっきりしていると、どうしても性対象に見えるから。」
 なるほど。そんなものなのか。彼女は納得すると、彼の方をみる。
「わかりました。そのような事情であれば……。」
 手を振り払い、彼女はうなづいた。
「七階だ。そこの一〇四号室にいる。」
「今すぐ行っても?」
「構わない。患者には言っている。」
 彼女は不思議に思っているのだろうか。一〇四などという部屋があるだろうかと。それでもいい。どちらにとってもうまくいけばいいのだから。

 ナースステーションを横切ると、眠そうな看護師たちが資料を書いていた。どうやら階段を中央にして東側、西側に別れていた部屋は東側には整形外科。西側に精神科があるらしい。彼女はその西側に向かった。
 一、二、と部屋を見ながら、そして一〇四の部屋にたどり着いた。
 それにしても一〇四などこの病院にあるのだろうか。四は死を意味するので、病院では避けられている数字だというのに。
 まぁ、今はそんな時代でもないかと、彼女はそのドアをノックする。
「失礼します。」
 ドアを開けると、涼しい風が入り込んでいた。雨上がりの湿気を帯びた風だった。そして暗い部屋の中に、ベッドに腰掛けている人が見えた。
 ずいぶん背が高く、がたいのいい人だった。そして特徴的な長髪だと思う。
「すいません。」
「……累?」
 その声に彼女は思わず部屋を出ていこうと、足を出口に向けた。しかし素早く彼は立ち上がり、彼女の手を引く。そして自分の体に引き寄せた。
「やめてください。藍……いいえ。紅花殿。」
「藍と呼んでくれ。」
「嫌です。」
 その手を覚えている。その温もりを覚えている。声を忘れたことはない。胸が張り裂けそうだ。
「累……。」
「だめです。もう私は……あなたにそうやって呼ばれる資格がないんです。」
「累。俺は抱きしめたかった。お前が何て思おうと、俺は……。」
 夢にずっと見ていた。少しやせたその体をずっと抱きしめたかった。
「藍……私には……私は……。」
 引き離そうと思えば引き離せるだろう。だが引き離せない。彼が声を耳元で発する度に力が抜けていく。
「今は何も言いたくない。累。こっちを向いてくれないか。」
 彼女は体を彼の方に向けられる。だが彼女はうつむいた。
「……だめなんです。私は……あなたを重ねた人が居るんです。待っているんです。彼は……あなたを忘れようとしている私を待っているんです。だから私はあなたを忘れないといけない。」
 彼女は彼の胸に軽く拳をたてる。
「せめて……憎みあえれば良かったのに……。」
「憎み合うなんて出来ないだろう。俺はまだこんなに好きなのに。」
「……忘れてください。きっとこのままだったら私があなたを殺すから。」
 すると彼は彼女の手を掴み、自分の首もとに持ってくる。指に力を少し入れたらすぐに絞め殺せるように。
「だったら殺していい。」
「……藍……。」
「お前に殺されるならそれでいい。」
 その言葉に彼女は涙を流す。
「出来ません……。」
 ヒューマノイドであるという負い目から、自分も言えたはずなのにいわなかった。藍のせいにして卑怯な自分が居たのも事実だ。
 彼はその流れている涙を拭うと、その頬に手を添えた。愛しい累がそこにいる。夢のようだと思った。
「夢みたいだ。お前が居るなんて。」
「夢です……きっと夢なんです。」
「夢か……だったら、夢と思えばいい。」
 彼はそういって彼女の頬に唇を重ねる。そして震えている唇に唇を重ねた。
 煙草の匂いもしない彼の唇。厚い唇。一瞬触れて、また離れた。そして彼女はその手を首の後ろに回す。
「累……。」
 どちらとも無くまた唇が重ねる。そして唇を離すと、彼女はまたうつむいた。
「累。こっちを向いてくれ。」
「向いたら……気持ちが流れていってしまいます。ごめんなさい。私の隣には、もう別の人が居るんです。裏切れない。」
 彼女はそういって彼から離れると、右手の薬指を見せた。
「全てを知っています。その上で全てを受け入れてくれました。全てを話そうとした私を遮っていたあなたとは違うんです。」
 厳しい言葉だと思った。それでも言わないといけない。
「次はありません。立場も違いますから。」
 すると彼はその言葉に少し笑う。
「立場か……。」
「えぇ。あなたとは……。」
「累。」
「俺はお前と立場が違うとか、お前がヒューマノイドだとか、考えたこともなかった。俺が追うのは鼠だ。鼠が捕らえられれば、お前を迎えに行く。」
「藍。私は……。」
 また話を聞いていない。そう思って彼女は反論しようとした。しかし彼は言葉を続ける。
「ただし、鼠は捕らえて兵にする。国家の蛆をこれまで通り潰してもらうのにな。そしてとらえて殺すのは鼠の模倣だ。」
「鼠の……模倣?」
 その言葉に彼女は不思議そうな顔をする。
「そうだ。鼠の模倣が居る。鼠を語って犯罪行為を全て鼠に擦り付ける反逆者。そいつが一番のガンだ。」
「……。」
「累。お前が殺していない死体があるのは知っているだろう。」
「えぇ……。」
「黙ってみている気か?」
「……すいません。私は……殺せといわれている人を殺しているだけで……。」
「誰が言っている?彩か?」
「はい。しかし彩を捕らえてもだめです。彩も言われている人が居るようですから。」
 つまり彩を指示して、彩は累を指示して殺しをしているのだろう。
「……奴は口を割らないだろうな。」
「ですが……予想はつきます。」
 この間、信が言っていた。それが事実だとしたら、鼠と、その鼠の模倣をしていたのは、予想がつく。
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