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薬の力を借りなくても累の顔色は元に戻っていった。それは彼女が納得したからであり、精神的に落ち着いたからだろう。時計を見ると、もう夜更けといってもいい時間だった。
「あまり寝られないか。チェックアウトは何時ですか。」
「十時だ。」
「店には十一時には行きたいところだが……。」
「仕込みはだいたい終わってますけど、明日の朝に届くものをチェックするのに十時にはたどり着きたいですね。」
「それは俺がする。累。お前は着替えてこい。」
「いいんですか?」
「その格好だったら、自分が鼠ですと言っているようなものだ。」
「隆はいいんですか?」
「かまわない。男だからな、昨日と服が同じだと言われても何も言われないだろう?」
恋人同士ではなくても、いい仕事相手にもなっているようだ。隆も、累もお互いを思いやっている。そんな相手に巡り会えて良かったと思っていた。
「風呂でも入るか。」
藍はそういって風呂場に向かう。広い風呂だ。二人で入ってもゆっくりあるように作られているのだろう。蛇口をひねると、湯が出てきた。
前はここに累と一緒に入った。痩せぎすの彼女の体だったが、それでも綺麗だと思う。もちろん、今でもそうなのだ。
そしてその体は隆のものだ。
「藍さん。」
急に声が聞こえて驚いた。後ろを振り向くと累が不思議そうに、風呂場の備品を見ている。
「どうした。」
「……こういうときではないと言えないから。」
「どうした。改まって。」
彼も立ち上がって彼女を見下ろす。
「もしもあなたの名を語っている人が、銘をあんな目に遭わせたのだとしたら……私はずっとあなたにお門違いの恨みを募らせていました。」
「……知らなかったんだろう。」
思わず彼女の頭を撫でたくなる。しかしそれは許されない。振り下ろそうとした手が宙を舞う。
「それにお互い様だ。」
「お互い様?」
「称を殺したのはお前だとずっと思っていた。だから鼠を俺も恨んでいた。」
「……。」
すると彼女は戸惑ったような表情になる。それが少し奇妙に思えた。
「どうした。」
「……称さんを殺せという指示は、出ていました。実際殺したのは彩ですが、遅かれ早かれ……彼か、私が死んでいました。」
「称に殺されるかもしれないと思ったのか?」
「彼は強いと思いました。初めて……恐怖を感じましたから。」
「……怖いと思ったこともなかったのか?」
「そう思うなら、死ね。そう言われてました。」
昔彼も言われたことがある。それを言っていたのは、誰だったか……。思い出せないが。
「正直、お前を殺したくない。」
「……。」
「恋愛感情無くても、お前を兵で雇いたいところだ。」
「食事を作っている法が性に合う気がします。」
すると彼は少し笑い、ぽんぽんと頭に手を置いた。
「大したヒューマノイドだ。調理は誰に習った?」
「えっと……零教授の奥様ですね。」
「あの男に妻がいたのか。」
「調理師で栄養士だとか。」
「だから長生きなのか。あの男は。」
そして彼女は首を傾げて、彼に言う。
「藍さん。私も聞きたいことが。」
「何だ。」
「これは何に使うんですか?それから、石鹸やシャンプーはわかるんですけど、これは……何でしょう。ローションのような……。」
しゃがみ込んで彼女は備え付けの備品を手にしていた。その答えを彼は言えるわけがない。
「隆に聞け。」
「聞いたら、藍さんに聞いた方がいいと。」
「あいつ……。」
湯船は半分ほど溜まっている。それを見て藍はベッドルームへ向かった。
「隆!お前なぁ。」
ベッドに腰掛けて煙草を吹かしていた隆に、藍は詰め寄る。
「あぁ。危ないですよ。火がついてるんですから。」
「だったら消せばいいだろう?お前は累に何を話してるんだ。」
「その辺は藍さんの方が詳しいでしょ?俺はただの調理師ですし。」
アホらしい。累はそう思いながら、上着を脱ぎ捨てる。
「お風呂先に頂きますね。」
二人とも裸は見せたことがある。今更恥ずかしいなど思わないのだろう。
「一緒に入らないのか?」
藍は聞くと隆は煙草を消して、ため息をついた。
「あなたがいるのに一緒に入るほど、他人の気持ちを考えない人じゃないんで。」
「かまわない。何ならどっちがいいか聞けばいいだろう?」
「……。」
「俺か……お前か。」
「そんなの答えは決まってますよ。」
「自信あるんだな。」
そう言って藍はその隣に座る。
「あなたを選ぶに決まってますから。」
「累が俺を?」
驚いたように彼は聞いた。
「累はずっと俺にあなたを写してた。俺は……あなたの代わりでしたし。」
「……だったらはっきりさせればいい。」
そう言って藍は立ち上がると、上着を脱ぎ始めた。
「何?」
「そもそもあまり寝れないって言ってただろう?三人で入れば時間も短縮される。」
「勘弁してくださいよ。男と入って何が楽しいんですか。」
「累もいるだろう?さっさとしろ。累が上がる。それこそ男と二人っきりで風呂に入る気はない。」
ジーパンにも手をかけて、本気で風呂場に乗り込む気だったのかもしれない。
「やめてくださいって。そんなこと……。」
止めようとした。だが彼は下着姿のまま脱衣所にはいる。
「累。」
「どうしました?」
止めようとした隆も脱衣所に入っていった。累の声がくぐもって聞こえる。
「時間がないなら、一緒に入った方が時間短縮になると思っていたのだが、どうだろうか。」
「……。」
累の声が止まる。戸惑っているのだろう。
「累。気にするな。藍さんの戯言だ。」
「俺は本気だ。」
「……かまいませんよ。確かにそれの方がいいかもしれませんね。」
その答えに藍も驚いたようだった。藍が戸惑ったようにバスルームのドアを開こうとしたとき、勝手にドアが開いた。そこには一糸まとわぬ累の姿がある。
「もう出ますし。お二人でどうぞ。」
「烏の行水か。」
隆はほっとしたように累にタオルを手渡す。だが藍は見逃さなかった。彼女の体についたいくつかの赤い斑点。それはここ最近、付けられたものだろう。
隆の腕に抱かれたのか。それとも彩の……。
ぐっと拳を握る。
「あまり寝られないか。チェックアウトは何時ですか。」
「十時だ。」
「店には十一時には行きたいところだが……。」
「仕込みはだいたい終わってますけど、明日の朝に届くものをチェックするのに十時にはたどり着きたいですね。」
「それは俺がする。累。お前は着替えてこい。」
「いいんですか?」
「その格好だったら、自分が鼠ですと言っているようなものだ。」
「隆はいいんですか?」
「かまわない。男だからな、昨日と服が同じだと言われても何も言われないだろう?」
恋人同士ではなくても、いい仕事相手にもなっているようだ。隆も、累もお互いを思いやっている。そんな相手に巡り会えて良かったと思っていた。
「風呂でも入るか。」
藍はそういって風呂場に向かう。広い風呂だ。二人で入ってもゆっくりあるように作られているのだろう。蛇口をひねると、湯が出てきた。
前はここに累と一緒に入った。痩せぎすの彼女の体だったが、それでも綺麗だと思う。もちろん、今でもそうなのだ。
そしてその体は隆のものだ。
「藍さん。」
急に声が聞こえて驚いた。後ろを振り向くと累が不思議そうに、風呂場の備品を見ている。
「どうした。」
「……こういうときではないと言えないから。」
「どうした。改まって。」
彼も立ち上がって彼女を見下ろす。
「もしもあなたの名を語っている人が、銘をあんな目に遭わせたのだとしたら……私はずっとあなたにお門違いの恨みを募らせていました。」
「……知らなかったんだろう。」
思わず彼女の頭を撫でたくなる。しかしそれは許されない。振り下ろそうとした手が宙を舞う。
「それにお互い様だ。」
「お互い様?」
「称を殺したのはお前だとずっと思っていた。だから鼠を俺も恨んでいた。」
「……。」
すると彼女は戸惑ったような表情になる。それが少し奇妙に思えた。
「どうした。」
「……称さんを殺せという指示は、出ていました。実際殺したのは彩ですが、遅かれ早かれ……彼か、私が死んでいました。」
「称に殺されるかもしれないと思ったのか?」
「彼は強いと思いました。初めて……恐怖を感じましたから。」
「……怖いと思ったこともなかったのか?」
「そう思うなら、死ね。そう言われてました。」
昔彼も言われたことがある。それを言っていたのは、誰だったか……。思い出せないが。
「正直、お前を殺したくない。」
「……。」
「恋愛感情無くても、お前を兵で雇いたいところだ。」
「食事を作っている法が性に合う気がします。」
すると彼は少し笑い、ぽんぽんと頭に手を置いた。
「大したヒューマノイドだ。調理は誰に習った?」
「えっと……零教授の奥様ですね。」
「あの男に妻がいたのか。」
「調理師で栄養士だとか。」
「だから長生きなのか。あの男は。」
そして彼女は首を傾げて、彼に言う。
「藍さん。私も聞きたいことが。」
「何だ。」
「これは何に使うんですか?それから、石鹸やシャンプーはわかるんですけど、これは……何でしょう。ローションのような……。」
しゃがみ込んで彼女は備え付けの備品を手にしていた。その答えを彼は言えるわけがない。
「隆に聞け。」
「聞いたら、藍さんに聞いた方がいいと。」
「あいつ……。」
湯船は半分ほど溜まっている。それを見て藍はベッドルームへ向かった。
「隆!お前なぁ。」
ベッドに腰掛けて煙草を吹かしていた隆に、藍は詰め寄る。
「あぁ。危ないですよ。火がついてるんですから。」
「だったら消せばいいだろう?お前は累に何を話してるんだ。」
「その辺は藍さんの方が詳しいでしょ?俺はただの調理師ですし。」
アホらしい。累はそう思いながら、上着を脱ぎ捨てる。
「お風呂先に頂きますね。」
二人とも裸は見せたことがある。今更恥ずかしいなど思わないのだろう。
「一緒に入らないのか?」
藍は聞くと隆は煙草を消して、ため息をついた。
「あなたがいるのに一緒に入るほど、他人の気持ちを考えない人じゃないんで。」
「かまわない。何ならどっちがいいか聞けばいいだろう?」
「……。」
「俺か……お前か。」
「そんなの答えは決まってますよ。」
「自信あるんだな。」
そう言って藍はその隣に座る。
「あなたを選ぶに決まってますから。」
「累が俺を?」
驚いたように彼は聞いた。
「累はずっと俺にあなたを写してた。俺は……あなたの代わりでしたし。」
「……だったらはっきりさせればいい。」
そう言って藍は立ち上がると、上着を脱ぎ始めた。
「何?」
「そもそもあまり寝れないって言ってただろう?三人で入れば時間も短縮される。」
「勘弁してくださいよ。男と入って何が楽しいんですか。」
「累もいるだろう?さっさとしろ。累が上がる。それこそ男と二人っきりで風呂に入る気はない。」
ジーパンにも手をかけて、本気で風呂場に乗り込む気だったのかもしれない。
「やめてくださいって。そんなこと……。」
止めようとした。だが彼は下着姿のまま脱衣所にはいる。
「累。」
「どうしました?」
止めようとした隆も脱衣所に入っていった。累の声がくぐもって聞こえる。
「時間がないなら、一緒に入った方が時間短縮になると思っていたのだが、どうだろうか。」
「……。」
累の声が止まる。戸惑っているのだろう。
「累。気にするな。藍さんの戯言だ。」
「俺は本気だ。」
「……かまいませんよ。確かにそれの方がいいかもしれませんね。」
その答えに藍も驚いたようだった。藍が戸惑ったようにバスルームのドアを開こうとしたとき、勝手にドアが開いた。そこには一糸まとわぬ累の姿がある。
「もう出ますし。お二人でどうぞ。」
「烏の行水か。」
隆はほっとしたように累にタオルを手渡す。だが藍は見逃さなかった。彼女の体についたいくつかの赤い斑点。それはここ最近、付けられたものだろう。
隆の腕に抱かれたのか。それとも彩の……。
ぐっと拳を握る。
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