テロリストと兵士

神崎

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 長いバスの旅に揺られ、隆と累は北の街に降り立った。雪は降っていなかったが、ここから見える山には雪が見える。そして園山から吹き下ろす風が強い。隆は身震いを一つして、累を見る。累も白い息を吐きながら周りを見ていた。
「僅かですが、顔立ちもこちらとは違うんですね。着ているモノも違うし。」
「こちらの特有の服だな。刺繍がしてあって綺麗だ。」
「何が意味があるのでしょうか。」
「厄除けとか、病気とか、縁結びとか、まぁ意味は様々だろう。」
 洋服や建物の作りも違う。だがその一つ一つは粗末なもので、女性も自然の美しさがあるが化粧一つしないように思えた。
「寒いか?」
 いつもの格好とは違うとはいえ、この辺の人と比べるととても薄着に見える。寒くないからとはいえ不自然だ。
「そうですね。そこで何か売ってますから、まず買いましょう。」
 そう言って屋台に近づく。そして毛糸で編んだネックウォーマーを手にする。花の刺繍がしてあった。
「可愛らしいですね。」
「刺繍には意味があるらしいが、縫い物もそうなのか。」
 すると売っていた女は訛りの強い言葉で言う。
「……。」
 その言葉に隆は少し苦笑いをした。彼にはわからないらしい。
「花は縁結びのようですね。鳥は戦士、魔除けの意味もあります。」
「わかるのか。」
「えぇ。一応。」
 すると売っている女性はにこっとしながら一枚のマフラーを差し出した。
「あぁ、そうですね。こちらにします。おいくらですか。」
 彼女はそう言ってお金を払う。そしてその買ったばかりのマフラーを首に巻いた。そのマフラーにはきれいな花が二輪咲いている。
「これはどういう意味だ。」
「結婚したり、婚約している方が巻くモノらしいです。」
「結婚?」
 驚いて彼は彼女を見る。その気だったのだろうか。確かに一緒にいたいとは思ったが、そんなモノを巻いていいのだろうか。
「この辺は物騒な輩も多いのでそういうモノを巻いておけば、声をかけられることもないし、襲われたりもしないだろうと。」
 その言葉に彼はほっとした。深い意味はなかったから。もしも彼女を襲おうとする人がいれば、彼女が返り討ちにするだろう。無意味な血は流したくなかった。それを防ぐためにこれを巻いたというのは正しい選択だろう。
「さて、農場にもう行くか?」
「そうですね。この辺からは離れているのでしょうか。」
 バッグの中から、封筒を一枚取り出す。それに農場の住所が書いてあった。
「場合によってはタクシーでも捕まえよう。……とこの辺は車は珍しいらしいな。馬車だ。」
「農業の街といった感じですね。」
 そう言いあいながら、二人は道行く人に住所を聞いていた。

 そのころ、街の中心にある宿に一台の車が止まった。バスではない車は珍しいこの土地に、個人の車がやってくることはあまりない。
「どんな奴が来たんだ。」
 そういって子供たちは車をのぞき見る。しかしスモークがはっていて、中は見えない。
 やがて三人の男たちが降りてきた。ごつい二人と、少年のようにみえる人。やくざにも見えるような三人に、子供たちは蜘蛛の子を散らすようにさっと逃げていった。
「何だ。やくざじゃないっていってのに。」
「ヤクザに見えないこともないな。」
「藍がオールバックだからだ。」
「うるさい。俺はこれが気に入っているんだよ。」
 彼はそう言って荷物を下ろす。緑秀もそれに習って、荷物を下ろした。
「雪はなくて良かったですね。」
「ですが朝は凍ってそうな道でした。どっちにしても明日は気をつけないと。」
 藍に運転させようとはもう思わないかもしれない。何度も「死ぬかも」と思ったのだ。
「会合は何時ですか。」
「夜にあちらの使者が、こちらの検問にくるらしいです。話し合いのあと食事をすると。」
 表向きの会合だ。こちらもあちらも譲る気はない。山一つ、こちらは渡す気はない。
「……歴史的にはあちらの国のモノだといっている。」
「それはあちらの国の歴史です。こちらの主張をしないと負けますよ。」
 緑秀は渡したくないらしい。この強気がいつまで続くだろう。
 とはいえ土地は倍以上あるような黄の国だ。山一つの領地でごたごたいいたくないだろうに。
「とりあえずチェックインして欲しいっていってるよ。」
 粗末なホテルだ。とはいえ、この辺ではいいくらいのホテルかもしれない。その建物の中に入り、三人はチェックインをすませると、部屋の中に入っていった。
 部屋は一人一人で割り当てられていて、そこそこの広さのある部屋に藍はため息をついた。自分が暮らしている部屋よりも広い。棚にはしゃれている刺繍の布。その上に花瓶に添えられた花。一つ一つが手作りの匂いがする。
「……こんな場所に……。」
 累を連れてきたかった。彼女の店にも植木に植えられた植物があり、水がほとんどいらないのだと話してくれたことがある。それがある日花が咲いたと嬉しそうに話していたのを思い出す。
「……。」
 こんな時に思い出すことじゃない。それに彼女は今は別の街にいるはずだ。今は思い出さない方がいい。
「藍。」
 ドアをノックする音がする。そしてドアが開くと、そこには信がいた。
「街に出ない?」
「街?」
「ほら、まだ時間あるんだろう?刺繍とかみたい。」
「お前はそんなことばかり言っているな。デッサンがしたいとか、そんなことばかりだ。」
「ほら、俺芸術家だし。」
「緑秀殿は?」
「文句ばっか言ってるよ。汚いとか、暗いとか。」
「言わせておけ。」
 想像はできた。だがこれでも国が用意したものだ。いいランクの宿を用意してくれたのだ。
「ほら。行こうよ。」
「わかった。わかった。」
 そう言って彼はまた外したネックウォーマーをつけた。
 そして信とともに街に向かった。街はもうすでに暗くなり始めている。そんな時間ではないのに、暗くなるのが早い。そして寒さも厳しくなっていく。
「雪が降りそうだな。」
「風も強くなりそうだから、吹雪になるかもしれないね。」
 わずかに明るい空に厚い雲がかかってる。それが気持ちまで暗くしそうだった。
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