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累は移民らしい。小さな頃に両親につれられてこの土地に来た。両親は食堂をしていて、父親は武道に精通しているモノだったらしい。
帯の古くからの知り合いであり、帯も彼女を良く知っている。だが街で見かけてもそれほど親しくしているわけではない。時折帯が彼女の店に訪れることもあるが、一介の客としてのスタンスを持っているようだ。
そして累には恋人がいる。夜にキッチンで働いている「音香」のスタッフだ。藍によく似た、島の出身の男らしい。
以前は藍と恋人同士だったこともあるが、すでにそれは解消されてその男と同棲しているようだ。
ということは藍は累に捨てられたということだろう。だが藍は累にまだ未練がある。隙あれば彼女を手にしようとしている。
緑秀はその報告書を見て、それをテーブルに置く。普通の恋人同士の話だ。何の不自然なモノはない。
だが人によっては藍は「婚約者」だと累を紹介している。ということはそれだけ彼が真剣だったのだろう。何が彼らを別れさせたのか。累が心変わりをしたのだろうか。そこはよくわからない。
「……心変わりだけなのか。」
きっかけは戦争だ。この間の戦争をきっかけに、彼らは関係を解消をしている。
累にはまだ何かがある。それが何なのかはまだわからない。
下着とシャツ、セーターを荷物の中に入れる。厚着をしないと北の地は寒いのだろうか。まだ雪は降っていないと言っていたが、山から吹き下ろす風はきっと冷たいのだろう。
藍はそう思いながら自分のアパートで荷造りをしていた。そしてバッグを手にすると、外に出た。階段を下りて一階のエントランスに出ると、そこには竜と一緒に談笑していた信の姿があった。彼の足下には、藍よりも大きな荷物がある。
「藍。」
「お前は何しに行くつもりだ。その荷物は何が入っている?」
信はそれでも屈託無く言う。
「画材。ほとんど画材だよ。」
「お前は進んで俺についてくると言ったのだから、もう少し考えろ。遊びに行くんじゃない。」
「わかってるって。」
わかっていない。彼は鼠に扮した累と格闘し、そしてもう少しで殺されそうになった。そしてそれより以前、彼は画家としてのプライドもへし折られた。
海の絵を音香に持って行ったとき、彼女から批判されたのだという。
おそらく命を狙われたよりも、絵を批判されたのが気にくわないのだ。だからまた絵を描くつもりだろう。
「雪が降ってないかな。雪があったらまたモチーフも変わるだろうに。」
「信。だから遊びではないと言っているだろう。」
黄の国の側近との会合をする。内容は、国境のこと。本来なら国王クラスのモノが行くのが普通だが、あいにく王は喪中だと告げると向こうの国のモノが藍を指名したのだという。
しかし彼には黄の国の言葉がわからない。そう言うと言葉に精通してる信を通訳にしたのだ。だがこの様子だと通訳の役割をしてくれるだろうか。
「そんなにうまく行くものかね。」
竜はそう言って頭をかいた。
「あと、緑秀って緑の側近も行くんだろう?」
「あぁ。外交だしな。本来はあっちの仕事だ。」
「あいつちらっと見たけど、なんかアレだな。」
「アレ?」
信は前に城で緑秀にすれ違ったのだ。しかし彼は一別しただけで、何も言わずに立ち去っていく。一階の家臣には声をかけられないと言った感じで。それが気分が悪かった。
「プライド高そう。誰が指定したの?」
「……黄林殿らしい。黄林殿の会社の取引先の息子だ。」
「何だよ。世襲か。」
一番嫌いな言葉だった。実力主義でとるような王だから、ついて行こうと思っていたのに結局世襲なのだろう。
「そう言うな。緑秀殿の父親も叩き上げだ。」
「そうなんだ。」
「元々は……。」
するとアパートのドアベルが鳴った。その音に竜が反応し、ドアを開けた。
「はい。」
「紅花殿を迎えに来た。」
「緑秀殿。」
コートを着込んだ緑秀は、藍の姿を見て少し笑う。
「あちらの寒さを舐めていらっしゃるのか。初雪が降りそうだと言うらしいが。」
「そうでしたか。少し迷ったんですけどね。少し待っていてもらっていいですか。」
そう言って藍は階段を上がっていく。その間緑秀はそのアパートを見回した。綺麗に掃除はしているようだが、古さは否めない。所々に入った壁のひびも、変色している壁も、側近をしているという藍には似つかわしくない。
だが彼にとってここくらいいい場所に住んだことが無いという。初戦は売春婦の息子だ。その程度なのだろう。学もなく、通訳がないと交渉も出来ないのだ。
ちらりと信を見る。子供のようにも見えるが、第三兵隊の中でも一番異質な男。正式な兵隊ではなく、傭兵らしい。金次第でどちらに転がってもおかしくないこの男を連れていくといったとき、裏切ると思わなかったのだろうか。
「お待たせしました。」
そう言って藍が階段から下りてくる。首もとにはネックウォーマーがされていた。
「マフラーではないのですか。」
「マフラーは首を絞められる可能性がある。あまりしたくはありません。」
兵士らしい答えだ。そう思いながら、彼は表に出る。
「信。運転は出来るのだろう。」
「出来るよ。」
「だったらお前が運転だ。」
「何で?」
「立場を考えろ。」
あくまで家臣と側近。その枠をあまりいいたくはないが、緑秀の手前、そうはいかないだろう。
「紅花殿は運転は?」
「出来ないことはない。だが、ずっと車の運転はしていないです。」
「だったらはじめはあなたがすればいい。雪が積もっているような地域があれば、運転に慣れているモノの方がいいでしょう。」
「そうか……そうだな。長旅になるだろうし、それでいいですよ。」
気の使い過ぎだったか。藍はそう思いながらトランクに荷物を置いた。
助手席に信が乗り、後ろの席に緑秀が乗る。
エンジンをかけると、軽やかに車は動いていった。
「……。」
北の地には、累と隆も行くといっていた。彼らは食材を見るため、そして交渉をするために行くのだという。いわゆる商談だ。あっちの街にはあっちの街の食材があるし、加工されたモノもある。珍しければ、それで売れるモノもあるのだ。
だがその実は新婚旅行のようだと思う。
二人で行く。違う街ではあるが、すれ違うことくらいはあるのかもしれない。だがすれ違いたくないと思う自分と、すれ違いざまに奪ってやりたいという自分がいる。
「藍。次を右だ。」
藍の運転は思った以上に荒い。早々と交代したいモノだと緑秀も、信も思っていた。
帯の古くからの知り合いであり、帯も彼女を良く知っている。だが街で見かけてもそれほど親しくしているわけではない。時折帯が彼女の店に訪れることもあるが、一介の客としてのスタンスを持っているようだ。
そして累には恋人がいる。夜にキッチンで働いている「音香」のスタッフだ。藍によく似た、島の出身の男らしい。
以前は藍と恋人同士だったこともあるが、すでにそれは解消されてその男と同棲しているようだ。
ということは藍は累に捨てられたということだろう。だが藍は累にまだ未練がある。隙あれば彼女を手にしようとしている。
緑秀はその報告書を見て、それをテーブルに置く。普通の恋人同士の話だ。何の不自然なモノはない。
だが人によっては藍は「婚約者」だと累を紹介している。ということはそれだけ彼が真剣だったのだろう。何が彼らを別れさせたのか。累が心変わりをしたのだろうか。そこはよくわからない。
「……心変わりだけなのか。」
きっかけは戦争だ。この間の戦争をきっかけに、彼らは関係を解消をしている。
累にはまだ何かがある。それが何なのかはまだわからない。
下着とシャツ、セーターを荷物の中に入れる。厚着をしないと北の地は寒いのだろうか。まだ雪は降っていないと言っていたが、山から吹き下ろす風はきっと冷たいのだろう。
藍はそう思いながら自分のアパートで荷造りをしていた。そしてバッグを手にすると、外に出た。階段を下りて一階のエントランスに出ると、そこには竜と一緒に談笑していた信の姿があった。彼の足下には、藍よりも大きな荷物がある。
「藍。」
「お前は何しに行くつもりだ。その荷物は何が入っている?」
信はそれでも屈託無く言う。
「画材。ほとんど画材だよ。」
「お前は進んで俺についてくると言ったのだから、もう少し考えろ。遊びに行くんじゃない。」
「わかってるって。」
わかっていない。彼は鼠に扮した累と格闘し、そしてもう少しで殺されそうになった。そしてそれより以前、彼は画家としてのプライドもへし折られた。
海の絵を音香に持って行ったとき、彼女から批判されたのだという。
おそらく命を狙われたよりも、絵を批判されたのが気にくわないのだ。だからまた絵を描くつもりだろう。
「雪が降ってないかな。雪があったらまたモチーフも変わるだろうに。」
「信。だから遊びではないと言っているだろう。」
黄の国の側近との会合をする。内容は、国境のこと。本来なら国王クラスのモノが行くのが普通だが、あいにく王は喪中だと告げると向こうの国のモノが藍を指名したのだという。
しかし彼には黄の国の言葉がわからない。そう言うと言葉に精通してる信を通訳にしたのだ。だがこの様子だと通訳の役割をしてくれるだろうか。
「そんなにうまく行くものかね。」
竜はそう言って頭をかいた。
「あと、緑秀って緑の側近も行くんだろう?」
「あぁ。外交だしな。本来はあっちの仕事だ。」
「あいつちらっと見たけど、なんかアレだな。」
「アレ?」
信は前に城で緑秀にすれ違ったのだ。しかし彼は一別しただけで、何も言わずに立ち去っていく。一階の家臣には声をかけられないと言った感じで。それが気分が悪かった。
「プライド高そう。誰が指定したの?」
「……黄林殿らしい。黄林殿の会社の取引先の息子だ。」
「何だよ。世襲か。」
一番嫌いな言葉だった。実力主義でとるような王だから、ついて行こうと思っていたのに結局世襲なのだろう。
「そう言うな。緑秀殿の父親も叩き上げだ。」
「そうなんだ。」
「元々は……。」
するとアパートのドアベルが鳴った。その音に竜が反応し、ドアを開けた。
「はい。」
「紅花殿を迎えに来た。」
「緑秀殿。」
コートを着込んだ緑秀は、藍の姿を見て少し笑う。
「あちらの寒さを舐めていらっしゃるのか。初雪が降りそうだと言うらしいが。」
「そうでしたか。少し迷ったんですけどね。少し待っていてもらっていいですか。」
そう言って藍は階段を上がっていく。その間緑秀はそのアパートを見回した。綺麗に掃除はしているようだが、古さは否めない。所々に入った壁のひびも、変色している壁も、側近をしているという藍には似つかわしくない。
だが彼にとってここくらいいい場所に住んだことが無いという。初戦は売春婦の息子だ。その程度なのだろう。学もなく、通訳がないと交渉も出来ないのだ。
ちらりと信を見る。子供のようにも見えるが、第三兵隊の中でも一番異質な男。正式な兵隊ではなく、傭兵らしい。金次第でどちらに転がってもおかしくないこの男を連れていくといったとき、裏切ると思わなかったのだろうか。
「お待たせしました。」
そう言って藍が階段から下りてくる。首もとにはネックウォーマーがされていた。
「マフラーではないのですか。」
「マフラーは首を絞められる可能性がある。あまりしたくはありません。」
兵士らしい答えだ。そう思いながら、彼は表に出る。
「信。運転は出来るのだろう。」
「出来るよ。」
「だったらお前が運転だ。」
「何で?」
「立場を考えろ。」
あくまで家臣と側近。その枠をあまりいいたくはないが、緑秀の手前、そうはいかないだろう。
「紅花殿は運転は?」
「出来ないことはない。だが、ずっと車の運転はしていないです。」
「だったらはじめはあなたがすればいい。雪が積もっているような地域があれば、運転に慣れているモノの方がいいでしょう。」
「そうか……そうだな。長旅になるだろうし、それでいいですよ。」
気の使い過ぎだったか。藍はそう思いながらトランクに荷物を置いた。
助手席に信が乗り、後ろの席に緑秀が乗る。
エンジンをかけると、軽やかに車は動いていった。
「……。」
北の地には、累と隆も行くといっていた。彼らは食材を見るため、そして交渉をするために行くのだという。いわゆる商談だ。あっちの街にはあっちの街の食材があるし、加工されたモノもある。珍しければ、それで売れるモノもあるのだ。
だがその実は新婚旅行のようだと思う。
二人で行く。違う街ではあるが、すれ違うことくらいはあるのかもしれない。だがすれ違いたくないと思う自分と、すれ違いざまに奪ってやりたいという自分がいる。
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