テロリストと兵士

神崎

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 廊下から鈍い音がした。骨や肉の切れる音。それだけは聞き覚えがある。隆はその音が聞こえて廊下に出た。
 そこに端たる血で濡れた剣を持った藍と、同じように血で濡れたナイフを持つ累。そして彼女は返り血で顔や体が赤く染まっていた。
「累……。」
 思わず声をかけようとした。しかしそれを止めたのは信だった。
「何を?」
「君の出る幕じゃないって事だ。」
 穂の死体は廊下にうつ伏してあった。それを藍は足で表に向ける。思わず隆は顔を背けた。死体だった。目は見開き、口や鼻からは血が溢れ出ている。
「……ここでは何もわからない。城に連れて行くわけにはいかないし……。」
「そうですね。しかしここで調べれることだけでも調べられます。服だけでも引っ剥がしますか。」
「そうだな。しかしここでするわけにはいかない。一度俺の部屋に運ぶか。」
 すると累は腰を屈めて、その死体を持ち上げる。ゆうに自分の体重の倍はありそうな穂の体を、軽々と肩に担ぎ上げたのだ。だがその傷からは血が流れ、彼女の服をまた血で汚す。だがそれも気にしないように淡々とまるで荷物でも持ち上げるようだった。
「藍さんの部屋で良いですか?」
「あぁ……でもちょっと待て。」
 そう言って藍は気がついたように、隆と信のところへいく。
「お前等は竜のところにいて良い。」
「でも……。」
 すると藍は首を横に振る。
「兵士でもないのに、死体になど慣れることはない。」
 それはまるで自分は人を殺したことはないから、蚊帳の外にいろと言われているようだった。累はこちらに視線を向けずに、床に落ちている血だまりを見ているようで、こちらには関心がないように思えた。
「俺も見てても良いですか?」
「気分の良いものじゃない。」
「でも……。」
 すると藍は少しため息をついて彼に言う。
「俺も累も、それから……ここにいる兵士も、別に好き好んで死体に慣れているわけではないし、進んで人を切ろうなど思っていない。ただそう言う状況にしかいれなかった。お前は違うんだろう?」
「俺は……。」
 確かに殺したり、死体を足蹴にしたことなど無い。牛や豚を撲殺するのとはわけが違う。それをはっきりと見せつけられたのだ。言葉が出ない。
「紅花様。」
 するとそこには京の姿があった。彼女は殺しはしない。だが死体に触れた数なら、ここの誰よりも触れている。むしろそちらの方が彼女にとって幸せなのかもしれない。
「何だろうか。」
「死体は私の家に運べませんか。」
「お前の家か?」
「検視解剖するのであれば、専用の道具も必要です。私のあの森の家にはそれがそろってますし。」
 だが彼女の目の輝きは司法解剖が目的ではない。クローンかもしれないその遺体に触れられると、研究者としての血が騒いでいるのだろう。
 まぁ彼女の目的はこの際どうでもいい。
 紫練が黄の国とつながっているのだったら、ヒューマノイドだけではなくクローンもこの国に流れている。その証拠になるのだ。
「……わかった。竜、トラックを手配しろ。」
「わかった。」
 そう言って竜は階段の下に降りていった。その様子を見て累も階段を下りていく。どこかに動かすのだったら一階まで下がった方がいいだろうと思ったからだ。
「しかし、累も腕が立つんだな。紅花って奴もすげぇけど。」
 真だけが不思議そうに彼女らを見ていた。

 穂の死体は青いビニールシートにくるまれ、裏口からトラックに乗せられた。見た目は絨毯か何かに見える。何せ運んでいたのが累だからそんなに重いものではないように見えるのだ。
「すっかり朝だな。」
「そうですね……。」
 累は少し何か考えているようだった。トラックに遺体を積み込んだあと、竜と京はそのまま家に向かうテールランプを見つめていたから。隆はそんなとき累は何か言いたいことがあるのはわかっている。だが無理矢理聞こうとは思わない。話したければ自分から話すはずだ。
「隆。」
 そんな様子に藍が声をかける。
「はい?」
「お前は帰っていい。」
 その言葉に隆は藍に詰め寄った。
「俺には関係ないからですか?」
「そうだ。」
 さらわれたのはあくまで累の側にいたから。そして彼の血筋も関係している。しかしそれはもう放棄している話だ。彼は今まで通り一般市民なのだから。
 だが累は違う。彼女はヒューマノイドとして、体中のデータを取るのだろう。そしてその側には藍がいる。それが一番苛つかせるのだ。
「……隆。今日もランチがあります。今から寝れば少しは……。」
「累。俺も行く。」
 累の言葉を遮るように隆は言った。しかしそれに反論したのは、累の方だった。
「隆。今から京さんのところへ行けば、確実にランチには間に合いません。それよりも少し眠った方がいいです。」
「眠れない。こんなにいろんな事があって、すべての答えの前に足を遠ざけることは出来ないだろう。」
 知ってしまったために、彼はもっと知りたくなったのかもしれない。そうしてしまったのは累であり、藍だった。
「……隆。」
 すると今度は藍が話しかけた。
「仕事があるのだろう。音香のランチは評判がいいようだ。累も考えたのだろう?」
「はい。あぁ。紅花さんは召し上がったこと無いですかね。」
「あぁ。食べたいとは思っていたがな。」
「……。」
「そのランチを今日はお前の都合で中止は出来ないだろう。」
「そうですね。でも……。」
「夜まで働くのだろう?今のお前はふらふらしている。その様子で今日一日持つのか?」
「……。」
「良いから帰って寝ろ。何時に起きれば間に合う?」
「十時ですね。」
「今が五時。結構寝れるな。」
「五時ですか?まずいですね……。」
 今度は累が困ったような表情をする。
「……どうした?」
「今店を改装していて、六時には業者が来るので。」
「そうか。だったらお前は店を開けるか?」
「はい。それからそちらに向かいます。」
 一緒には来れない。だが隆の様子を見ればそれで仕方ないのかもしれないと藍は思う。
「一人で来れるか?迎えに竜をやっても構わないが。」
「いいえ。そこまでお世話になるわけにはいかないので。」
 結局藍は信と一緒に京の家に向かう。そして累は隆と一緒に家に向かっていく。
 その後ろ姿を見て、藍はため息をつく。
「紅花ってやっぱあれか。累のこと気があるんだな。」
「あぁ。好きだ。」
 少し面食らったように信は笑う。
「そんなに正直に言うかよ。」
「好きなものは好きと言えばいい。でもまぁ……実らないな。」
「だよねぇ。隆もすげぇ好きじゃん。つけ込む好きなんかなさそうだけどな。」
 だが彼女はあの部屋で確実に手を回した。彼女の方も求めていた。そう信じたかった。
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