テロリストと兵士

神崎

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 裏門を管理する兵士が、あくびを一つした。少し前に鼠が出たとはいえ、あまりにも平和な国だからだ。
 兵士が殺されることあるが、それは第四兵隊の彼のような舌のものには、まだ縁がないように思える。国のために命を捧げる覚悟だと口では言うが、残念ながらいざとなったら一番に逃げてしまうかもしれない。
「あーぁ。」
 またあくびが出る。交代まであと数時間ある。夜明けとともに交代がくる手はずになっているのだ。
「おい。」
 声を急にかけられて、彼はびくっと体を震わせる。眠気が覚めるようだ。そして声の主を見てさらに眠気が覚めた。
「紅花殿。」
「今日の見張りはお前だけか。」
「はい。」
 見張りは二人居ろと言っていたはずだが、どうやらこういうところも行き届いていない証拠だろう。藍は心の中で舌打ちをしたが、自分たちのすることを考えれば好都合だ。
「あとで男と女が来る。」
「男と女ですか?」
「男は用心棒だ。ここで返せ。女はそこの東屋に案内しろ。」
「……。」
 その言葉に、彼は呆気にとられた。黄林などにそういうことを言われることはあるが、藍は潔癖で女を買うことも手を出すこともないと思っていたのに。
「恋人ですか?」
「いらないことは聞かないでいい。男は返して女を入れればいいんだ。」
「わかりました。」
 そういって藍はその裏口から城の中に入っていった。
 男の趣味があると噂が立っていたし、実際、紅花の自室で男とキスをしていたのを見たという噂もある。
 だが来るのは女。
「男も女もいけるってことか。」
 紅花の性趣向を知り、兵士は苦笑いをした。
 とその時、二人の人影を見た。一人は剣を持ったがたいのいい男。その男の後ろをついてくるのは、白いショールをかぶり、あまり良く顔を見せない女。おそらくこれが言っていた女なのだろう。
 兵士の前に二人は立つ。兵士も背が高い方だが、この用心棒も背は高い。それなのに後ろの女はとても小さく、まるで子供のようだと思う。
「すいません。紅花殿は帰ってきていますか。」
「あぁ。今、帰ってきました。中に入って右手に東屋があります。そこに案内しろと。」
「そうですか。しかし一人しか見張りがいないのに、離れられないんじゃないんですか。」
「そうなんですよね。まぁ、でもたぶん三分も離れないから大丈夫ですよ。」
 そういって兵士は裏門のドアを開く。
「どうぞ。」
 一瞬でも顔がみたい。紅花の芽に適った女はどんな女なのだろうか。まさか本当に子供ではないだろうか。
「暗いですね。」
 初めて女の声が聞こえた。高い女独特の声で、子供ではなさそうだ。
「足下に注意してください。先日の雨でぬかるんでます……。」
 裏門の扉が閉まりかけたとき、兵士は一瞬で気が遠くなった。そして裏門のドアを再び開く。そこから出てきたのは、用心棒の格好をした隆だった。
「夜明けまでに帰ってこい。」
 白いショールを取った女は、累だった。彼女はそのショールを隆に手渡して、軽くキスをする。
「戻ってきますから。」
 そういって彼女は城の方へ走っていく。

 たどり着いたのはトレーニングルームの片隅にある紅花の自室だった。藍はそこで累が来るのを待っていた。
 この中にはいるのは特に問題はないだろう。紫練も、黄林も、同じような手を使って女や男を呼んでいるのは知っているし。
 問題は、教会の地下だ。何かがあっても助けにはいけない。自分が変になっては元も子もないのだ。
 そのとき、ドアが開いた。そこには鼠の格好をした累がいた。
「累。」
「……教会には誰かいますか?」
「さっきのぞいたら、紫練がまだいた。祈りを捧げているらしいな。」
「……もう少し待ちましょう。」
 ここから教会は窓越しに見える。誰か通ればすぐにわかる。
「あまり時間がないのですが……困りましたね。」
「累。少し話があるんだ。」
「どうしました?」
「舞のことだが。」
「舞さん……。」
「あいつ……聞く前に毒をあおった。やはり口の中に毒を仕込んでいたらしい。」
「……死んだのですね。」
「あぁ。だがやはりあいつも鼠の模倣の一員だった。」
「……。」
 信用できる人間がいない。人がどんどんいなくなるようだ。
「藍。」
 うつむいている藍に、累は手をさしのべた。その手は頬に触れ、ゆっくりと撫でていく。
「累。」
「人がいないのは……自分が悪いからだと思ってました。でも……あなたは違う。お膳立てされた紅花という地位に、乗せられて填められた。私にはそう思えます。」
「……。」
「これもまた彼の……復習でしょう。」
「彼?」
 そのとき彼女は何もいわずに、彼の唇にキスをする。
「これが終わったら、世界を見るのでしょう?」
「……あぁ。」
「教えてくださいね。私に……何があったのか。何を見たのか。」
 すると彼は彼女の体を抱きしめて、そして彼の方からキスをする。
「……。」
 そのときドアが閉まる音がした。その音を聞いて、彼は彼女を離す。
「誰かが見てたな。」
「そうですね。誰でしょうか。」
「帯か……。紫練か……。」
 窓の方を見ると、紫色のショールを被った女性が教会から出てきた。それを見て、彼女は彼の方を見てうなづいた。
「先に俺が見に行く。何もなければ……隆の様子を見てくる。」
「お願いします。」
 彼はそういってドアの方へ向かう。その前に累を手で呼び寄せた。
「どうしました?」
 すると彼は彼女を抱きしめる。そして唇に軽くキスをした。
「さっきしてたのを見た。」
「隆とですか?」
「俺にはしてくれないのにな。」
「子供みたいなことを言わないでください。」
 彼はそういってドアを開けて、行ってしまった。
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