281 / 283
280
しおりを挟む
血にまみれたナイフを握り、累はその二つの遺体を見下ろしていた。赤に染まった目を持つヒューマノイドを殺すのは、さすがに彼女も無傷とはいえない。
姫の血と杏の血の他に、累の血もある。腕を切られて、血が滴っている。彼女はショールでその血を止血すると、階段を見上げた。
「……赤い目の人形は壊れ……。」
部屋の片隅にある散乱した紙には、そんなことが書かれていた。おそらく姫が書いた予言なのだろう。
「……壊れましたね。赤い目の人形。」
人形だった。男でも女でもない自分の自由のないヒューマノイド。夢を見て、予言をするだけの人形。そうしたのは紫練だった。
そのとき足音が聞こえてきた。この状態で逃げも隠れも出来ないし、ここに来る人間は限られている。彼女は鉄格子の部屋から出てきてその足音の主を待った。
「何……姫!姫!死んでるの?」
それは紫練だった。彼女に会うのは初めてかもしれない。姫と杏の亡骸に近づくと、彼女はその手を取った。
「累……あなたがしたの?」
「はい。」
「どうして?私の子供なのに……。」
「あなたの子供?彼女はヒューマノイドです。子供ではない。」
ぐっとナイフを掴む手に力が入る。
「……女は……子供を産まないと女としてみてもらえないのよ。いくらがんばっても側近以上にはなれない……。あなたにはわかるでしょう?」
紫練はその亡骸を抱きしめて、泣いているようだった。本当に子供と思っていたのかもしれない。
「……子供ではありません。人間が人間を作ったその人形です。」
「……あなたも……その人形だわ。」
「……。」
彼女は再び鉄格子にはいると、倒れ込んでいる紫練の目線に下がるようにしゃがみ込む。
「私は人形ではありませんよ。」
「……え?」
「聞いてみればいい。まだ彩は生きている。」
「まだ?」
「このままだと死ぬでしょうが……。彼には隠していることがあるでしょう。」
心の中に鍵をかけた記憶。彼女は誰にもそれを言ったことはない。紫練をこのまま殺すのであればそれを言ったところで、また封印される記憶だ。
「……まさか……あなた……。」
「人間ですよ。京さんに聞けばわかります。」
由教授の妻が彩を生んだのは、島にいた頃だった。
ただの島の医師だった由教授が、ヒューマノイドの資料を見つけて没頭したのは、彩が三つの時だった。
昼は医師として働き夜はヒューマノイドの研究をしていた彼は、変人だと噂を立てられた。しかし彼は不完全ながらも、ヒューマノイドを完成させた。
だがヒューマノイドは盲目で、歩く事すら出来なかった。だがそのヒューマノイドはどうやら未来を予言する「夢見」の力があった。
それを気に入ったのは紫練だった。占いが当たらなくなり、このままでは自分の地位が危ういと思っていた彼女は、藁にもすがるようにそのヒューマノイドを引き取り城の教会にある地下に彼女を閉じこめた。
そして由教授を島から本土の病院で、ヒューマノイドの研究をさせた。もっとそれが生産できれば、黄の国と組みクーデターを起こすことだって可能だろう。そのときやっと自分が王になれる。紫練はそう信じていた。
それから二年後、由教授はあるヒューマノイドを生産した。それは、女のヒューマノイドで前のヒューマノイドよりも完璧だった。力も能力も申し分なく、何より人間により近いものだと思える。
「五年はカプセルの中に入れないといけませんな。」
だがその日、由教授の妻は地上の病院で一人の生まれたばかりの子供をみた。それは暗いカプセルに入っている生まれたばかりのヒューマノイドとは違い、生命力にあふれたものだった。
「可愛い……。」
のんきな彼女とは裏腹に、ナースステーションは大騒ぎだった。
「母親が飛び降りたぞ!」
「自殺したなんて……なんて罰当たりな……。」
どうやらその子供の母親が自殺をしたらしい。子供を産んだという一番幸せの絶頂期に、母親は死んだ。その理由は未だにわからない。
だが彼女はその子供を密かに引き取ると、彩にも父親にもばれずにこっそりと育てることにしたのだ。
幸いにも由教授はヒューマノイドに付きっきりで家に戻ってこない。彩もそれに併せて、そこにしかいない。こっそりと育てるには最適だったのだ。
そしてあの日。
その子供が五歳になったときだった。さすがにもう隠しきれないと、彼女は子供を連れて研究所にやってきたときのことだった。
「ぎゃああああ!」
断末魔の叫びが聞こえた。研究所へやってくると、カプセルの中にいたはずのヒューマノイドが外に出ていたのだ。
「ふふふ……そうだ。殺せ。殺してしまえ。」
彼女はそのとき、由教授をずっと狙っていた人を初めて見た。それは彼と一緒に研究をしていた零教授だったのだ。
「だったら……あなたは人間?」
「奥様は差し違えました。ヒューマノイドを殺して、自分も死んだ。その返り血を私が浴びると、彩は誤解をしたのでしょう。私が殺したのだと。」
それから累はヒューマノイドと勘違いされた。その真実を知っているのは、彼女を研究と言って研究所に呼んでいた零教授と京だけだった。
京は当初驚いていたようだが、「人間で良かった」と微笑んでいたという。
「あの紫の液体の入ったカプセルは、ヒューマノイドのものではなく人間の自己修復機能を異常に高めるものです。それに入ると、女性としての能力がなくなってしまいますが……仕方ないと思ってました。」
紫練はうなだれたまま、顔だけを累に向けた。
「だったら……あなたは人間なのに人間をずっと殺していたというの?無慈悲な人。地獄へ堕ちなさい!」
最後は叫び声に近かった。しかし累は無表情に彼女の首に手をかける。
「そのように育てたのは人間です。殺すことが何の意味があるのかとずっと問いかけていたのに……。ヒューマノイドの殻をいつまでかぶればいいのか、ずっと問いかけていたのに。」
「……苦しいわ……。」
「あなたも人をずっと殺していたのでしょう。何を今更。」
首を持ち、立ち上がると壁に押しつけた。
「殺すの?」
「殺してもかまわない。だけど……まだ悲しむ人がいるのでしょう?」
「……。」
「彼と話してください。それから殺してほしいのだったら、遠慮なく殺します。」
彼はきっと外にいる。一人でここに紫練をやったのだ。おそらく藍が作った計画が崩れている。
累は紫練の首から手を離すと、その鉄格子の部屋から出ていった。
階段を上り、地上へ向かう。その足は、速まっていく。
帯がこなかったことを考えると、帯と二人が対峙しているのかもしれない。藍は強いし、隆も強いだろう。だが、二人まとまっても帯に勝のだろうか。わからない。
すでに駆け上がるというスピードであがっていくと、後ろから衝撃を感じた。
「!」
それは爆風だった。
姫の血と杏の血の他に、累の血もある。腕を切られて、血が滴っている。彼女はショールでその血を止血すると、階段を見上げた。
「……赤い目の人形は壊れ……。」
部屋の片隅にある散乱した紙には、そんなことが書かれていた。おそらく姫が書いた予言なのだろう。
「……壊れましたね。赤い目の人形。」
人形だった。男でも女でもない自分の自由のないヒューマノイド。夢を見て、予言をするだけの人形。そうしたのは紫練だった。
そのとき足音が聞こえてきた。この状態で逃げも隠れも出来ないし、ここに来る人間は限られている。彼女は鉄格子の部屋から出てきてその足音の主を待った。
「何……姫!姫!死んでるの?」
それは紫練だった。彼女に会うのは初めてかもしれない。姫と杏の亡骸に近づくと、彼女はその手を取った。
「累……あなたがしたの?」
「はい。」
「どうして?私の子供なのに……。」
「あなたの子供?彼女はヒューマノイドです。子供ではない。」
ぐっとナイフを掴む手に力が入る。
「……女は……子供を産まないと女としてみてもらえないのよ。いくらがんばっても側近以上にはなれない……。あなたにはわかるでしょう?」
紫練はその亡骸を抱きしめて、泣いているようだった。本当に子供と思っていたのかもしれない。
「……子供ではありません。人間が人間を作ったその人形です。」
「……あなたも……その人形だわ。」
「……。」
彼女は再び鉄格子にはいると、倒れ込んでいる紫練の目線に下がるようにしゃがみ込む。
「私は人形ではありませんよ。」
「……え?」
「聞いてみればいい。まだ彩は生きている。」
「まだ?」
「このままだと死ぬでしょうが……。彼には隠していることがあるでしょう。」
心の中に鍵をかけた記憶。彼女は誰にもそれを言ったことはない。紫練をこのまま殺すのであればそれを言ったところで、また封印される記憶だ。
「……まさか……あなた……。」
「人間ですよ。京さんに聞けばわかります。」
由教授の妻が彩を生んだのは、島にいた頃だった。
ただの島の医師だった由教授が、ヒューマノイドの資料を見つけて没頭したのは、彩が三つの時だった。
昼は医師として働き夜はヒューマノイドの研究をしていた彼は、変人だと噂を立てられた。しかし彼は不完全ながらも、ヒューマノイドを完成させた。
だがヒューマノイドは盲目で、歩く事すら出来なかった。だがそのヒューマノイドはどうやら未来を予言する「夢見」の力があった。
それを気に入ったのは紫練だった。占いが当たらなくなり、このままでは自分の地位が危ういと思っていた彼女は、藁にもすがるようにそのヒューマノイドを引き取り城の教会にある地下に彼女を閉じこめた。
そして由教授を島から本土の病院で、ヒューマノイドの研究をさせた。もっとそれが生産できれば、黄の国と組みクーデターを起こすことだって可能だろう。そのときやっと自分が王になれる。紫練はそう信じていた。
それから二年後、由教授はあるヒューマノイドを生産した。それは、女のヒューマノイドで前のヒューマノイドよりも完璧だった。力も能力も申し分なく、何より人間により近いものだと思える。
「五年はカプセルの中に入れないといけませんな。」
だがその日、由教授の妻は地上の病院で一人の生まれたばかりの子供をみた。それは暗いカプセルに入っている生まれたばかりのヒューマノイドとは違い、生命力にあふれたものだった。
「可愛い……。」
のんきな彼女とは裏腹に、ナースステーションは大騒ぎだった。
「母親が飛び降りたぞ!」
「自殺したなんて……なんて罰当たりな……。」
どうやらその子供の母親が自殺をしたらしい。子供を産んだという一番幸せの絶頂期に、母親は死んだ。その理由は未だにわからない。
だが彼女はその子供を密かに引き取ると、彩にも父親にもばれずにこっそりと育てることにしたのだ。
幸いにも由教授はヒューマノイドに付きっきりで家に戻ってこない。彩もそれに併せて、そこにしかいない。こっそりと育てるには最適だったのだ。
そしてあの日。
その子供が五歳になったときだった。さすがにもう隠しきれないと、彼女は子供を連れて研究所にやってきたときのことだった。
「ぎゃああああ!」
断末魔の叫びが聞こえた。研究所へやってくると、カプセルの中にいたはずのヒューマノイドが外に出ていたのだ。
「ふふふ……そうだ。殺せ。殺してしまえ。」
彼女はそのとき、由教授をずっと狙っていた人を初めて見た。それは彼と一緒に研究をしていた零教授だったのだ。
「だったら……あなたは人間?」
「奥様は差し違えました。ヒューマノイドを殺して、自分も死んだ。その返り血を私が浴びると、彩は誤解をしたのでしょう。私が殺したのだと。」
それから累はヒューマノイドと勘違いされた。その真実を知っているのは、彼女を研究と言って研究所に呼んでいた零教授と京だけだった。
京は当初驚いていたようだが、「人間で良かった」と微笑んでいたという。
「あの紫の液体の入ったカプセルは、ヒューマノイドのものではなく人間の自己修復機能を異常に高めるものです。それに入ると、女性としての能力がなくなってしまいますが……仕方ないと思ってました。」
紫練はうなだれたまま、顔だけを累に向けた。
「だったら……あなたは人間なのに人間をずっと殺していたというの?無慈悲な人。地獄へ堕ちなさい!」
最後は叫び声に近かった。しかし累は無表情に彼女の首に手をかける。
「そのように育てたのは人間です。殺すことが何の意味があるのかとずっと問いかけていたのに……。ヒューマノイドの殻をいつまでかぶればいいのか、ずっと問いかけていたのに。」
「……苦しいわ……。」
「あなたも人をずっと殺していたのでしょう。何を今更。」
首を持ち、立ち上がると壁に押しつけた。
「殺すの?」
「殺してもかまわない。だけど……まだ悲しむ人がいるのでしょう?」
「……。」
「彼と話してください。それから殺してほしいのだったら、遠慮なく殺します。」
彼はきっと外にいる。一人でここに紫練をやったのだ。おそらく藍が作った計画が崩れている。
累は紫練の首から手を離すと、その鉄格子の部屋から出ていった。
階段を上り、地上へ向かう。その足は、速まっていく。
帯がこなかったことを考えると、帯と二人が対峙しているのかもしれない。藍は強いし、隆も強いだろう。だが、二人まとまっても帯に勝のだろうか。わからない。
すでに駆け上がるというスピードであがっていくと、後ろから衝撃を感じた。
「!」
それは爆風だった。
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる