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女性が帰ったあと、俊はその後ろ姿を見て少し微笑んでいた。それを見て圭太が、声をかける。
「叔母さんなんだな。」
「父の兄の奥さん。去年は三人でクリスマスを過ごしたんです。新婚なのにお邪魔したみたいで。でも俺の両親があんな感じだから、気にしなくて良いって言われて。」
人は良さそうだ。ズバッと言ってくる感じは鼻につくが、気が強いタイプだとしても真二郎の姉の桜子や水川有佐に比べれば全く気にならないタイプだろう。
「今まで独身だったのか?バツが付いてるとか?」
「ずっと独身だったみたいで叔父もあまり若くはないし、二人が仕事が忙しそうだから子供なんかはあまり期待してないとか。」
父はそれを苦々しく言っていた。自分たちよりは時間がとれるのだから、子供を作れるときに作っておいた方が良いと酔っぱらって言っていたのを覚えている。なんだかんだ言っても父も母も俊を作って良かったと思っていたのだろう。
「何の仕事?」
ケーキを持ってきた真二郎も話に加わる。どこかで見た女性だと思ったのだろう。
「出版社ですね。」
「編集者なんだ。」
「そうですね。絵里子さんのつてで、何人かサインを貰いました。」
「本が好きなんだね。」
「うーん……でも俺の家が団地なんで、あまり本が置けないんですよね。」
「携帯に入れればいいじゃん。」
圭太はそう言うと、俊は首を横に振る。
「冊数が決まってしまうし、音楽もダウンロードしているからどうしてもメモリーが足りなくて。だからこのバイトで電子書籍のリーダーが欲しいんです。」
そういう目的か。割と普通の目的だったな。圭太はそう思っていたが、真二郎はそれだけではないことを見抜いていた。
叔母と言っても血の繋がりはない。それに綺麗な女だと思う。厳しさの中に優しさがある。だから功太郎にケーキを奢ってくれたのだ。
それはどちらかというと母性のようなモノかもしれない。
母親としての優しさにふれあったことはない。施設を出て引き取られた家で母はいるが、もうだいぶ大きくなっていたので母という感覚は少し薄い。
どちらかというと真二郎にとって母親のような存在は響子なのかもしれない。
「ウィンナーコーヒーと、ノンカフェイン紅茶。モンブランにショコラブラックね。功太郎。ケーキを用意してくれる?」
「うん。」
カウンターでは響子がコーヒーを淹れている。そしてそのそばでは功太郎がいつもの調子を取り戻したように、カウンターの中に入っていく。客に慰められると思っていなかった。だが嬉しいと思う。
「このモンブラン、凄い美味かったよ。」
「こってりしてるわね。私ならその一つでお腹一杯だわ。」
「えー?響子は食わな過ぎなんだよ。」
皿を二つ用意して、ケーキを盛りつける。最初はどうなることかと思ったが、だいぶ慣れたようだ。
「真二郎。例のケーキ十七時に取りにくるけど、出来上がってる?」
「今焼いてるよ。あぁ、そうだ。ちょっと俊を借りても良いかな。」
「良いけど。何だ。」
「焼き菓子の補充。俊は、倉庫から袋詰めの機械を持ってきてキッチンに入ってくれる?」
「はい。」
俊はそう言って倉庫へ入っていく。そして一抱えあるような機械を持ってキッチンへ入っていく。
クッキーやフィナンシェを乾燥剤とともに袋に一つずつ詰めていく。そしてそれを機械を使って熱で封をするのだ。バレンタインデーやホワイトデーにはもっと多くの焼き菓子を焼くが、今時期はそこまで必要ではない。しかし最近は焼き菓子を注文する人が多い。ケーキとともにこういう菓子を手みやげにする人も多いのだ。
「仕事が出来る人って感じだね。」
焼けたケーキのスポンジをオーブンから取り出して、真二郎はその出来を見ていた。
「絵里子さんですか?えぇ。この間編集長になったとか。」
ずっとミステリー雑誌を担当していたが、最近、移動になり文芸誌でも恋愛雑誌ばかりを載せたティーン向けの雑誌の編集長になったらしい。手に取るのは香のような感じの女の子だろうか。
「恋愛雑誌の編集長になったらしくて、職場が女性ばかりだと言ってましたね。女性社会は難しいってグチってたし。」
「そうだね。まぁ、男の中でも良くあるけど。」
「そうなんですか?」
「別の仕事をしているだろ?俺。」
「あぁ。何か……ぼんやり聞いたような。」
ウリセンが何かなど未成年に話せるわけがない。だから真二郎はオブラートに包むように話はしておいたのだ。もちろん別途であれこれをすると言うのは話をしていないが、割と俊はその辺も知識はある。父親の影響もあるのだろうが、おそらく一馬よりも知っているのかもしれない。
「客を取ったとか、取らないとかよくある話だね。」
「絵里子さんのところでもあるみたいですね。作家先生を別出版社が引き抜いたとか。体を使ったんじゃないかとか言われたと言われて、相当怒ってたし。」
「編集者と作家が付き合うってのも体を使ったって言うのかな。感情ではどうにもならないだろうに。」
「……そうですね。」
わずかに手が止まった。おそらく俊が想っている人は絵里子ではない。作家なのだろう。それも編集者と付き合っている。
「俊は、年上が好き?」
すると俊の顔がばっと赤くなった。性的な知識はあってもその辺が初なのだ。
「……言わないでくださいよ。」
声を潜めるように言う。
絵里子がまだミステリー雑誌を担当していたときの上司。その上司が担当していたのが、今でも第一線で活躍している作家だった。その作家に実際会ったとき、俊は戸惑ったのを覚えている。
「なんていうか……初めて会うタイプの人で。肌の露出が激しくて、でもその肌にも入れ墨がしてあって。でも綺麗な人で。」
その作家は真二郎も響子も共通して好きな作家だった。写真で見る限りだと、美人なタイプだが真二郎には届かない。どんな人を見ても響子よりも綺麗な人はいないと思っていたのだ。
「あの作家さ。結婚してたよね。」
「はい。子供もいるとか……。わかってるんです。何か……芸能人に恋をするみたいな感覚だってことも。でも実際会うと、やっぱり違って。」
実際会うと違う。その言葉に真二郎の手が止まった。
それは響子にも言えることだ。一馬とは縁がなければ会うこともなかっただろう。なのに今は連絡を取り合えるらしい。
駄目だ。最近、一馬のことを思うと気が滅入る。どう頑張っても一馬に勝てる自信はない。あとは響子が一馬に惹かれないようにするのを願うしかないのだ。
「報われないのって辛いよね。」
「真二郎さんもそういう事ってあるんですか?」
この美形の男を振るような女が居るのだろうか。驚いたように俊は聞くと、真二郎は少し笑って言う。
「あるよ。俺、ずっと振られててさ。」
「真二郎さんを振るなんてどんな女性なんですか?」
「ずっと側に居すぎたかな。」
ちらっとカウンターの方をみる。その視線に俊は納得した。そして俊もそれは知っていることだった。響子が圭太と付き合っていること。だから報われないと思っているのだ。
しかし俊には疑問がある。
「響子さんって、オーナーと付き合っているんですよね。」
「あぁ。そうだよ。」
「でも……この間、髪の長い人と一緒にいたのを見て。」
「髪が長い?」
「お客さんで来たことがあるのかな。見覚えがあるけど。」
「どこで?」
「えっと……あぁ。そうだ。父が忘れ物をしたからって、K町に行ったんですよ。そのときに一緒にいたのを見たような気がする。」
一馬も一緒の町に住んでいる。見かけることもあるだろう。だがそんな偶然は、そう続くわけがない。
まさか。真二郎の手に汗が手袋越しで滲むようだった。
「叔母さんなんだな。」
「父の兄の奥さん。去年は三人でクリスマスを過ごしたんです。新婚なのにお邪魔したみたいで。でも俺の両親があんな感じだから、気にしなくて良いって言われて。」
人は良さそうだ。ズバッと言ってくる感じは鼻につくが、気が強いタイプだとしても真二郎の姉の桜子や水川有佐に比べれば全く気にならないタイプだろう。
「今まで独身だったのか?バツが付いてるとか?」
「ずっと独身だったみたいで叔父もあまり若くはないし、二人が仕事が忙しそうだから子供なんかはあまり期待してないとか。」
父はそれを苦々しく言っていた。自分たちよりは時間がとれるのだから、子供を作れるときに作っておいた方が良いと酔っぱらって言っていたのを覚えている。なんだかんだ言っても父も母も俊を作って良かったと思っていたのだろう。
「何の仕事?」
ケーキを持ってきた真二郎も話に加わる。どこかで見た女性だと思ったのだろう。
「出版社ですね。」
「編集者なんだ。」
「そうですね。絵里子さんのつてで、何人かサインを貰いました。」
「本が好きなんだね。」
「うーん……でも俺の家が団地なんで、あまり本が置けないんですよね。」
「携帯に入れればいいじゃん。」
圭太はそう言うと、俊は首を横に振る。
「冊数が決まってしまうし、音楽もダウンロードしているからどうしてもメモリーが足りなくて。だからこのバイトで電子書籍のリーダーが欲しいんです。」
そういう目的か。割と普通の目的だったな。圭太はそう思っていたが、真二郎はそれだけではないことを見抜いていた。
叔母と言っても血の繋がりはない。それに綺麗な女だと思う。厳しさの中に優しさがある。だから功太郎にケーキを奢ってくれたのだ。
それはどちらかというと母性のようなモノかもしれない。
母親としての優しさにふれあったことはない。施設を出て引き取られた家で母はいるが、もうだいぶ大きくなっていたので母という感覚は少し薄い。
どちらかというと真二郎にとって母親のような存在は響子なのかもしれない。
「ウィンナーコーヒーと、ノンカフェイン紅茶。モンブランにショコラブラックね。功太郎。ケーキを用意してくれる?」
「うん。」
カウンターでは響子がコーヒーを淹れている。そしてそのそばでは功太郎がいつもの調子を取り戻したように、カウンターの中に入っていく。客に慰められると思っていなかった。だが嬉しいと思う。
「このモンブラン、凄い美味かったよ。」
「こってりしてるわね。私ならその一つでお腹一杯だわ。」
「えー?響子は食わな過ぎなんだよ。」
皿を二つ用意して、ケーキを盛りつける。最初はどうなることかと思ったが、だいぶ慣れたようだ。
「真二郎。例のケーキ十七時に取りにくるけど、出来上がってる?」
「今焼いてるよ。あぁ、そうだ。ちょっと俊を借りても良いかな。」
「良いけど。何だ。」
「焼き菓子の補充。俊は、倉庫から袋詰めの機械を持ってきてキッチンに入ってくれる?」
「はい。」
俊はそう言って倉庫へ入っていく。そして一抱えあるような機械を持ってキッチンへ入っていく。
クッキーやフィナンシェを乾燥剤とともに袋に一つずつ詰めていく。そしてそれを機械を使って熱で封をするのだ。バレンタインデーやホワイトデーにはもっと多くの焼き菓子を焼くが、今時期はそこまで必要ではない。しかし最近は焼き菓子を注文する人が多い。ケーキとともにこういう菓子を手みやげにする人も多いのだ。
「仕事が出来る人って感じだね。」
焼けたケーキのスポンジをオーブンから取り出して、真二郎はその出来を見ていた。
「絵里子さんですか?えぇ。この間編集長になったとか。」
ずっとミステリー雑誌を担当していたが、最近、移動になり文芸誌でも恋愛雑誌ばかりを載せたティーン向けの雑誌の編集長になったらしい。手に取るのは香のような感じの女の子だろうか。
「恋愛雑誌の編集長になったらしくて、職場が女性ばかりだと言ってましたね。女性社会は難しいってグチってたし。」
「そうだね。まぁ、男の中でも良くあるけど。」
「そうなんですか?」
「別の仕事をしているだろ?俺。」
「あぁ。何か……ぼんやり聞いたような。」
ウリセンが何かなど未成年に話せるわけがない。だから真二郎はオブラートに包むように話はしておいたのだ。もちろん別途であれこれをすると言うのは話をしていないが、割と俊はその辺も知識はある。父親の影響もあるのだろうが、おそらく一馬よりも知っているのかもしれない。
「客を取ったとか、取らないとかよくある話だね。」
「絵里子さんのところでもあるみたいですね。作家先生を別出版社が引き抜いたとか。体を使ったんじゃないかとか言われたと言われて、相当怒ってたし。」
「編集者と作家が付き合うってのも体を使ったって言うのかな。感情ではどうにもならないだろうに。」
「……そうですね。」
わずかに手が止まった。おそらく俊が想っている人は絵里子ではない。作家なのだろう。それも編集者と付き合っている。
「俊は、年上が好き?」
すると俊の顔がばっと赤くなった。性的な知識はあってもその辺が初なのだ。
「……言わないでくださいよ。」
声を潜めるように言う。
絵里子がまだミステリー雑誌を担当していたときの上司。その上司が担当していたのが、今でも第一線で活躍している作家だった。その作家に実際会ったとき、俊は戸惑ったのを覚えている。
「なんていうか……初めて会うタイプの人で。肌の露出が激しくて、でもその肌にも入れ墨がしてあって。でも綺麗な人で。」
その作家は真二郎も響子も共通して好きな作家だった。写真で見る限りだと、美人なタイプだが真二郎には届かない。どんな人を見ても響子よりも綺麗な人はいないと思っていたのだ。
「あの作家さ。結婚してたよね。」
「はい。子供もいるとか……。わかってるんです。何か……芸能人に恋をするみたいな感覚だってことも。でも実際会うと、やっぱり違って。」
実際会うと違う。その言葉に真二郎の手が止まった。
それは響子にも言えることだ。一馬とは縁がなければ会うこともなかっただろう。なのに今は連絡を取り合えるらしい。
駄目だ。最近、一馬のことを思うと気が滅入る。どう頑張っても一馬に勝てる自信はない。あとは響子が一馬に惹かれないようにするのを願うしかないのだ。
「報われないのって辛いよね。」
「真二郎さんもそういう事ってあるんですか?」
この美形の男を振るような女が居るのだろうか。驚いたように俊は聞くと、真二郎は少し笑って言う。
「あるよ。俺、ずっと振られててさ。」
「真二郎さんを振るなんてどんな女性なんですか?」
「ずっと側に居すぎたかな。」
ちらっとカウンターの方をみる。その視線に俊は納得した。そして俊もそれは知っていることだった。響子が圭太と付き合っていること。だから報われないと思っているのだ。
しかし俊には疑問がある。
「響子さんって、オーナーと付き合っているんですよね。」
「あぁ。そうだよ。」
「でも……この間、髪の長い人と一緒にいたのを見て。」
「髪が長い?」
「お客さんで来たことがあるのかな。見覚えがあるけど。」
「どこで?」
「えっと……あぁ。そうだ。父が忘れ物をしたからって、K町に行ったんですよ。そのときに一緒にいたのを見たような気がする。」
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