彷徨いたどり着いた先

神崎

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墓園と植物園

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 食事が終わったらすぐに帰ろうと思っていた。だが自分が食べたものくらいは片付けをしたいと、和己はゴミを集めたり仕分けをしていた。
「プラゴミかなぁ。コレ。」
 香は近くに居る和己では無く俊に聞いている。香も和己では無く俊に聞いた方が良いだろうと思っていた。ふとその時、ふわんと良い香りがしてそちらを見る。テーブルには簡易的なコンロに火を付けてケトルにお湯を沸かしている響子がいた。そして匂いの原因は、響子の手元にある紙の袋だろう。そこにはコーヒー豆が入っているようだ。
「良い香りね。」
 莉子はそう言って手を止めると響子の方へ近づいていく。
「コーヒーを飲みたいだろうと思って、苦手な方は居ますか。」
「あぁ。私は妊娠中だから飲めないの。」
「そうでしたね。でしたら一つだけはノンカフェインコーヒーを淹れましょう。」
「良いの?」
「あとは紅茶も持ってきましたけど、カフェイン自体が駄目な方もいらっしゃるだろうと思っていたし。」
「コーヒーは好きだけど、ずっと我慢してたの。今回はつわりが軽くて良かったけど、逆にそういうストレスが溜まっててね。」
 響子が持ってきたものは、自分のバッグとは別の紙袋。その中にコーヒーを淹れるセットを入れてきたのだろう。その中からもう一つの紙袋を取り出す。それがノンカフェインのコーヒーなのだろう。
「ミルクと砂糖はどうしましょうか。」
「和己はミルクが無いと飲めないの。」
「わかりました。香ちゃんと俊君はブラックでもいけますけど、そういう方も居ると思って用意しておいて良かった。」
 香すらブラックで飲むのだ。それが自分が子供のように感じて少しいらつく。
「……いらないよ。」
 和己はそう言って響子に近づく。
「え?」
「俺、ミルクなんかいらないし。」
「無理しないで良いから。」
 すると響子は表情を変えずに言う。
「ミルクを入れれば少しでもカルシウムが取れるわ。少し落ち着いた方が良いわね。あなた。」
 更にその言葉がいらつかせる。その様子を見た俊が近づいてくると、響子に声をかける。
「響子さん。カップを出しましょうか。」
「お願い。紙袋の中に紙コップがあるからそれを出してくれるかしら。」
「はい。」
 俊はそう言ってその紙袋を覗いた。何でも揃っているように見える。簡易的なコンロのガスの換えまで用意しているのだ。
「どこでもコーヒーを淹れれますね。」
 俊はそう言って紙コップを取り出した。すると響子は少し笑って言う。
「今はちょっと厳しいけど、昔はコレを持っていろんな所へ行ったわ。山に登って、景色を見ながら淹れたてのコーヒーを飲んだり、海を見ながら飲んだりするのが一番幸せね。」
 その言葉を圭太は聞きながら、複雑な心境になっていた。響子と付き合っているとき、響子はそんなことを言ったことはなかったのだ。圭太に合わせていたのかもしれないが、映画を見たり食事に行ったりするデートを繰り返していたと思う。作られた娯楽が苦手だったのかもしれない。それが不満だと圭太に言ったことはないし、それで安定したカップルを装っていたのだろう。
 だが少しずつその無理は大きくなり、二人の間には埋めようのない溝が出来ていた。だから別れたのだろう。それがどちらが悪いと言うことではない。違う人間なのだから、どちらかが譲歩するのは当たり前だ。
「わぁ、良い香り。」
 ゴミをまとめていた香や弥生も近づいてきた。
「試作のコーヒーなの。夏の限定のケーキに合わせたコーヒー。少しさっぱりしているかもしれないわね。」
「飲んだあとだからそっちの方が良いかもね。」
 瑞希はそう言って少し笑っていた。瑞希もまた響子の淹れるコーヒーのファンなのだから。
「響子さん。コーヒーラムがあと二、三日で飲めるようになるよ。」
「あら。良いわね。今度お邪魔しようかしら。」
 功太郎がその言葉に苦笑いをする。
「響子一人で飲みきるんだろ?」
「酒豪みたいに言わないの。」
「花岡さんまでも来たら絶対無くなるね。」
 一馬の名前に響子はまた少し笑う。一馬もあのコーヒーラムを飲んだのがきっかけで、連絡を取り合うようになったのだ。それが嬉しい。
「俊君。ミルクと砂糖も出してくれる?マドラーもあるから。」
「はい。」
 普段コーヒーを淹れるとき、響子は無駄口を叩くことは少ない。だが今日は少し酔っているのかもしれない。それでもその手先はいつも通りだと思えた。
 淹れ終わったコーヒーを紙コップにわける。そしてまた次のコーヒーを淹れ始める。その香りに道行く通行人も足を止めるようだ。何の香りだろうと思っているのかもしれない。
「あの……どこのコーヒーなんですか?」
 紙コップにコーヒーを注いでいると、ついに中年女性二人組から声をかけられた。
「「clover」って言う……あぁ名刺を渡しておきましょうか。」
 圭太はそう言って自分のバッグから名刺を取り出して女性に手渡す。
「良い香りですね。香りだけでお腹いっぱいになりそう。」
「良かったら飲んでみますか。響子。紙コップと豆の余裕ってある?」
「大丈夫よ。ガスも予備はあるし。」
「その間片付けしようぜ。」
 功太郎はそう言ってまた向こうでゴミの選別を再開し始める。
「美味しい。すごい。こんな飲み物初めてだわ。コーヒーってこんなに香りがあるのね。豆の味かしら?」
「そうね。ナッツみたいな感じ。」
 その様子にまた人が集まってくる。こんな力を持っている女性なのだ。コーヒーだけでみんなが黙る。口々に褒めて、笑い合っていた。用意したコーヒーはあっという間に無くなり、響子は新たにまたコーヒーを淹れ始める。
「宣伝のために淹れてるみたいだ。」
 和己がそう言うと、莉子は首をかしげて言う。
「あなた、そんなに斜にいつも構えていたかしらね。」
「え?」
「良いものはいい。それでいいじゃないの。」
 香達の父親がずっと言ってきたことだ。香達の父親は莉子の上司になる。地方の方の勤務で、たまにこちらにやってきて酒蔵を訪れたり売り込んだりしている存在だったのだが、人が良さそうなこの父親が営業成績が良かったのは自分が売り込んでいる酒に自信があったからだ。良いものであれば自信を持って勧められる。数字を追うだけだと、絶対売れない。だから上司との衝突も多くあったが、それでも強く父親が推すものなどは顧客も満足し、それはヒットに繋がる。
 しばらくコーヒーを淹れて、みんなの手に渡ったときにはもうほとんどコーヒー豆が無くなっていた。通行人に渡しすぎたのだ。
「ごめんね。ノンカフェインは一杯だけのつもりだったんだけど。」
 響子はそう言って半々くらいで淹れた人数分の紙コップにコーヒーを注いだ。
「良いよ。たまにはノンカフェインも。」
「響子。お前はノンカフェインにしておけよ。」
 圭太がそう言うと、響子は目を丸くして言う。
「どうして?」
「お前、また貧血治ってないだろ?仕事以外は飲むな。」
 口を尖らせる響子に、真二郎は少し笑う。
「数値が悪かった?」
「少し運動をしているからかしら。数値は少し上がったのよ。それに貧血で死ぬことは無いのに。」
「それでも駄目。」
 圭太はそう言ってコーヒーを手にする。唯一、響子と付き合っていたときに聞いた情報だった。それだけが自分の優越感になる。
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