夜の声

神崎

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一年目

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 教室に戻ってくると、話したこともないような女子たちから声をかけられた。
「桜さんすごいねぇ。匠君にたてつけるなんて。」
「さすがクラス委員ねぇ。」
「そんなんじゃないわよ。」
 柊さんの為だとは言えない。うまい言い訳がないかと思案していたけど、結局こういうことにした。
「見苦しいじゃん。いつまでもいつまでも虐めなんて。子供じゃないんだから。」
「でも子供だよ。」
「十六、十七じゃん。もう子供じゃないよ。いつまでも子供みたいな虐めとかからかいとかは見苦しいとおもったから。」
「大人ー。」
「暇なんだろうね。あの人。」
 こってりと教師に説教をされたみたいだった匠は、じろりと私の方を見たがすぐに席に着いた。絞られるだけですんで良かったなぁ。
 そうそう。匠がいった柊さんが喧嘩をふっかけてきたと言う嘘は、ほかの生徒とかも見てたから嘘だってすぐばれた。だからさらに説教されたんだろうな。
「匠。どうなった?」
「反省文書けってさ。くそっ。あの用務員、今度会ったらぶっ飛ばす。」
 反省なんかしてないな。こりゃ。
 でもまぁ、柊さんがぶっ飛ばされることはないと思うけど。絶対腕っ節では勝たないだろうってくらい、太い腕してたもんな。しかも筋肉質。
 ひょろひょろのあんたじゃ、返り討ちにあうよ。匠。
 終礼が終わり、鞄を持って帰ろうとしたときだった。
「桜さん。」
 靴箱で声をかけられた。そこには竹彦の姿がある。
「どうしたの?」
「今日、ありがと。」
「いいえ。助けたつもりはないわ。」
 助けたのはむしろ柊さんだと思っていたのに。
「……桜さん。少し時間いいかな。」
「今日もバイトなんだけど。」
「少しだよ。」
「……。」
 半分連れ去られるように、私は竹彦についていった。彼は嬉しそうに、私を連れて校舎裏へやってきた。そして金網フェンスに向かう。
「シロ。シロ。」
 すると金網フェンスの隙間から、一匹の白い猫がこちらにやってきた。もう大人の猫だ。
「どうしたの?この猫。」
「この辺に捨てられてたんだ。もう一年くらい。僕が入学したときにはまだ子猫だった。」
 よく慣れた猫は、彼の足下で媚びを売るようにすり寄ってくる。何か餌でもあげてるのかな。
「あの子猫たちって……。」
「そう。この子の子供。」
「そっか……。」
「桜さん。これ知ったら、やっぱり言う?」
「何を?」
「あの用務員さんに、この猫のこと。」
 本当は言わないといけないのかもしれない。だけどここで飼っているわけじゃないし、別に言う必要もないのかもしれない。
「言わないわ。だってここで飼っているわけでもないのでしょう?フェンスの外にでてるし、散歩コースなんでしょう?この猫。」
「よくわかったね。これ、うちの猫なんだ。」
 あきれたように私は彼を見た。こんな事をして何になるのだろう。
「でもあの子猫は、この子の子供って言うのは本当。」
「子猫たちの引き取り手は見つかったって言ってた。バイト先でも張り紙したから。」
「良かったね。」
「……竹彦君。何でこんな事をするの?」
「別に。」
「あの用務員さんと何かあるって思うんだったら、何もないわ。前も言ったわよね。」
「でも今日、君がかばったのは僕じゃなくて、あの用務員さんだった気がする。だから鎌を掛けてみたんだ。」
 ドキリとした。図星だったから。確かに竹彦を助けたのではなく、助けたのは柊さんだった。
「そんな風に見えてたなんて知らなかったわ。気を付けなきゃいけないわね。」
 本当。気を付けないと。キスをする関係だって、ばれないように。三十の男と女子高生が恋愛感情なしでこんな事をしているなんて、エンコーでもない限りないのだから。
 そのとき風が吹いて、竹彦の髪が舞った。長い髪はいつも生活指導の先生から切れと言われているのを聞いたことがある。耳を隠すくらいの長髪。それが見えて、少し驚いた。
「ピアス?」
 耳の後ろ側に透明の樹脂ピアスのキャッチが見えた。
「あ……。」
「そっか。それはさすがに校則違反だね。」
 耳をかばうように、耳に触れる。
「黙ってて。」
「別にベラベラ話す必要はないわ。じゃ、私行くね。」
「あぁ。ごめん。バイトだったのに。」
「別にいいわ。」
 私はそう言ってそこから離れた。すでに校舎からは吹奏楽部員が奏でる楽器の音がする。校庭にはユニフォームを着たサッカー部員もいる。みんな早いなぁ。

 喫茶店「窓」は珍しく今日は、お客さんが少なかった。一組来て、帰る、一組来て、帰る。と言う繰り返しのまま夜を迎えた。
 葵さんは何かのパンフレットをさっきから見ている。テイクアウトを始めたいと思っているのだ。
「紙コップの方がコストはいいのですが。味が気になりますね。」
「コーヒーってあまり温度高くないから、あまりその辺は気にしなくてもいいんじゃないんですか。」
「そんなものですか。」
 いつもは二十一時まで働くけれど、さすがにこの客足だとバイト代の方が高くなってしまう。
「桜さん。今日はもうあがりますか?」
 うーん。あがるのはかまわないけど、柊さんが来るって言ってたからなぁ。「行くから」と言われているのにいなかったら、がっかりするかもなぁ。
 がっかり?はっ。何を考えてるの?私。
「どうしました?」
 百面相をしていた私を不思議そうに葵さんは見ていた。ヤバイ。冷静にならなきゃ。
「……そうですね。たまには帰ろうかな。」
「そうしてください。試験は?近いんですか?」
「あぁ。そうですね。二週間後に中間試験が。」
「じゃあ、それに向けて頑張ってくださいね。」
「はい。」
 カウンターの中にはいると、奥のドアへ向かった。するとドアベルが鳴る。
「いらっしゃい。」
 それは柊さんだった。彼はカウンター席に座ると、煙草を取り出した。
「もう閉めるのか?」
「いいえ。今日はゆっくりしてるので、桜さんを帰らせようと思いました。」
 その言葉に、彼は不機嫌そうにライターで煙草に火を付ける。
「せっかくの週末なのに。」
「週末だから飲みに行く人が多いのでしょう。うちはお酒は出しませんし。」
「そうだったな。」
 すると奥の客がレジ側にやってきた。その対応を、葵さんがしているうちに、私はカウンターをでてそのグラスを片づけようとした。そこへ柊さんが側にやってきた。
「そこのコンビニで待っていろ。」
「はい。」
 聞こえないように小声で言う。緊張しながら、私はそのグラスを片づけた。彼は革の靴が木の床をこつこつと鳴らしながら、行ってしまう。何事もないように、また煙草を吸い始めた。
 これが大人なんだろうか。
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