夜の声

神崎

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一年目

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 目を開けると白い天井が見えた。そして足下が冷たい。体を起こしてみると、そこにはアイスノンが置かれている。カーテンで仕切られたそこは、おそらく、保健室だ。
「すいません。」
 声をかけると、カーテンの向こうから保健婦さんが顔をのぞかせた。
「気がついた?」
「私……どうしたんですか。」
「倒れてたのよ。同じクラスの子が知らせてくれたのよ。」
「そうでしたか。すいません。迷惑かけて。」
 カーテンの中に入ってきて保健婦さんは心配そうに私に言う。
「足もずいぶん腫れてたわ。もう一度病院へ行った方がいいし、それに……あなたそれ以外にどこか悪いんじゃないの?」
「倒れる前に吐いてしまって。」
「ただの熱中症の感じじゃないわ。その病院にも行ってみたら?」
「……。」
 保健婦さんは心配そうに私を見下ろした。
「大変よね。歳の差があると。」
「……え?」
 思わず顔を上げた。すると彼女は優しくほほえむ。
「あの人。いい人ね。本当はあなたを運んできてくれたのは用務員さん。もう二回目。抱き抱えて、慌てて私を呼んだわ。」
「……そうでしたか。お礼を言っておかないといけませんね。」
 あくまで知人。そういうことにしておかないといけない。もうごまかしは利かないのかもしれないけれど、認めるわけにもいかないのだ。
「どちらにしても無理をしてたのね。足も、心も。明日休みだし、ゆっくり休みなさいな。」
「ありがとうございました。」
 私はそういってベッドから降りた。足にはテープがまだ張っている。解けかけているから巻き直さないといけないな。
 保健室を出ると、夕日が廊下に射していた。自分の教室まで歩いていく。
 教室の中は、私の荷物だけが置かれていた。着替えを終わると、荷物をまとめた。そして携帯電話を見ると、いくつかメッセージが入っている。その中に柊さんのメッセージがあった。
”外で待っている。”
 きっと呆れている。無理をするなと言われていたのに、私はまた倒れてしまったのだから。でも胃のムカツキはまだ収まらない。ただの熱中症だったのだろうか。わからない。だけど……それを知られないようにしないといけないのだ。
 荷物を持って廊下に出ると、そこには竹彦の姿があった。
「まだ残ってたの?」
「待ってた。まだ顔色が悪いね。」
「調子を崩したのよ。この三日間で疲れが溜まってたのね。明日、ゆっくり休むわ。バイトも……。」
 葵さんのところも今日は休まないといけないだろう。そのためには連絡をしないと。
「あの人とつきあうようになって無理しているんじゃないの。」
「いいえ。そんなことは決してないわ。むしろいない方が無理している気がする。」
 私は携帯電話を取り出す。葵さんに連絡をするのと、それから……。
「あの人を呼ぶの?」
「えぇ。あなたの力は借りないから。」
 すると彼は私に布切れを差し出した。それは彼が勝ち取ったはちまきだった。
「正攻法で君を手にいれると思ってた。でも君は……。」
「竹彦君。あなたが頑張っても……私がぼろぼろになるだけよ。私は……一人しか見ていないのだから。」
 ずきりと痛くなる。お腹が痛い。
「無理をしていると思っているのに?」
「無理をさせているのはむしろあなたじゃないの?」
 その言葉に彼はぐっと言葉を飲んだ。
「僕は……。」
「さようなら。また明後日。」
 私はそういって廊下を歩いていく。もう日暮れになる。暗くなる前に帰らないといけない。
 階段を下りて、靴箱へ向かう。運動部はこんな日でも部活をしているらしく声がした。そして裏門へ向かう。
「柊さん。」
「まだ顔色が悪い。」
「送ってくださいますか。」
「あぁ。」
 そういって彼はヘルメットを私に渡した。そして彼が乗ったその後ろに私は乗り込んだ。ぎゅっと後ろから彼の腰に手を回す。
 すると彼は手を軽く重ねて、バイクを走らせた。

 次の日、私は病院へ行くと医者は「悪化してます」と言い、薬を出そうとした。しかし胃の調子が良くないと言うと、前に出した薬が合っていないのかもしれないと、今度は胃薬も一緒に出してくれた。
 これで痛みが引かなければ、内科を受診すればいいと言う。
 テープを巻かれた足は走らなければ自然と治ると言うけど、前にもそんなことを言われた気がする。でも治らなかったけど。
 時計を見ると、午後二時。平日のこの日に休みなのはうちの学校の生徒くらいだろう。そんな人を町中でよく見るけれど、皆元気が有り余っているのか笑いながら行き交っていた。知り合いはいないようだったから良かったけど。
 家の近くまで来て、「窓」へ行こうと思った。この時間に行くことはないけれど、迷惑かけて結局休むのだからと思ったから。
 わき道に入り、「窓」の前に立つ。が、看板が「close」になっている。ん?おかしいな。今日休みじゃないんだけどなぁ。
「……。」
 まぁ、葵さんにも都合があるんだろうし、また来よう。そう思って帰ろうとしたときだった。
「桜さんですか。」
 向こうから葵さんが歩いてきた。手にはビニール袋が握られている。
「葵さん。」
「ちょっと買い出しに行っていたんです。足はどうでしたか。」
「安静をしろと言われました。」
「そうでしたか。どれくらいバイトは休みますか。」
「一週間くらいをめどに。」
「わかりました。」
 そういって彼は「窓」の入り口を開けた。
「何か飲んでいきますか。」
「いいえ。実は胃の調子が良くなくて。」
「ストレスですか。」
「いいえ。足の痛みを抑える薬が合っていなかったみたいですね。」
「あぁ。薬はそういうのがありますからね。私はあまり飲まないようにしているんです。そうですね。ココアでもいかがですか。」
「……いいえ。もう帰ります。」
 二人でいれば何かされる。それを警戒しての言葉だった。
 しかしお腹は空いた。帰って何か食べよう。そう思いながら私はその場を離れようとした。しかし彼が声をかける。
「何もしませんよ。」
「ごめんなさい。」
 私はそのまままた大通りに出ていった。
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