夜の声

神崎

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二年目

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 最近「窓」には高校生がよくやってくる。狙いは葵さんなんだろうと思っていたら、どうやら違うらしい。
「かっこいい。」
「きゃあ。カウンター出てきたよ。」
 何となく唖然とするよな。私に対して「きゃあ」といわれてもね。
「何でですかね。」
 高校生たちが帰った後、私は葵さんに聞いてみた。
「背、伸びたんでしょう?」
「えぇ。」
「で、去年の文化祭の画像が高校のホームページに載っていた。」
「えぇ。」
「男装の麗人ってことでしょう?」
「男装?」
 だから女子が多いってこと?んー。複雑だぁ。
「あのとき騒がれていたのは私の友人で、私はそれほどでも。それに男装してないんですけど。」
「男装しているように見えますからね。その……。」
 胸がないことを言ってんのか。この人は。
「葵さん!」
「あー。まだ気にしてたんですか。大丈夫ですよ。そこは私が大きくしてもいいですけど。」
「大丈夫。間に合ってます。」
 私はそういって、突き放した。ったく。そんなことで人気でても仕方ないんだよ!
「あ、そろそろですね。」
「何がですか?」
 カップを片づけて、洗っていると葵さんはエプロンを取った。
「ちょっと出てきます。」
「どれくらいでお帰りになりますか。」
「一時間もあれば。」
「わかりました。行ってらっしゃい。」
 葵さんはそのシャツのまま外に出て行った。外は雨が降っている。傘を持っていったらしい。
 奥にお客さんが一人。そして手前に二人。そのままだったらいいのだが。

 カラン。

 ドアベルが鳴った。私は振り返り、笑顔を浮かべた。
「いらっしゃいませ。」
 そこには一人の男がいた。ブラックジーンズと、白いシャツとジャケット。そして細身の顔。
 見覚えはあるけれど、誰だろう。
「桜。」
 笑顔を見て思い出した。
「あ、茅さん?」
「そ、やっとわかった?」
 髭を剃って、髪を切ったら誰だってくらい別人だった。結構体格良さそうに見えたけど、髭と髪のせいだったのね。長くはないけど、短くもない髪は、どうやら癖毛らしくでもセットされていたのでとてもこざっぱりしていた。
「本社に行ったらさ、すげぇ怒られてさ。」
「そうでしょうね。」
 カウンターの席に座ったので、水を彼の前に置いた。
「ブレンドもらっていい?」
「はい。」
「っていうか、葵はどっか行ったの?」
「あ、そうですね。ちょっとでてます。」
「バイトに任せて外出できるんだな。あいつ、偉くなったもんだ。まぁ、それだけ桜のコーヒーが美味いんだろうけど。」
 プレッシャーがハンパないな。やめてほしい。そんなことを言うの。
 灰皿を彼の前に置いて、私はコーヒーを入れる用意をした。すると彼はいすに自分の着ていたジャケットを掛ける。するとさっきは目立たなかったけれど、首元に不思議な柄の入れ墨があった。
「……あぁ。これ?気になる?」
「まぁ、そうですね。」
「俺、入れ墨結構あるよ。海外じゃ結構みんなファッション感覚だし。」
「この国では入れ墨はどうしても負のイメージですね。」
「あぁ。そうだな。ちっちぇえことばっかり言ってる国。髪とか、髭とか、格好とか、どうでもいいだろうになぁ。大事なのは中身だろ?」
「……そうですね。」
「まぁ、好きで入れてない奴もいたけどな。葵とか。」
「いやがってましたね。入れ墨があるのを。」
 するとぐっと茅さんは私に聞いてくる。
「やっぱ、葵とつきあってんの?」
「何で?」
「葵の入れ墨って、肩だろ?そんなとこ普通じゃ見れねぇじゃん。ということは、そういうことを……。」
「というわけでもないですよ。去年くらいに教えていただきました。」
「ちっ。つまんねぇの。」
 まぁ、葵さんとは一度だけ何かはあった。だけどこの人に言うことが必要だろうか。
 お湯が沸いて、挽いたコーヒー豆の上にポットに入れたお湯を落としていく。いい香りが広がっていった。
「いい豆を使ってるな。葵の奴。こんないい豆を使ってたら元が取れないだろうに。」
 そういってメニューを見ていた。
「みなさんそうおっしゃいます。でも儲けはでてるみたいですよ。」
「そっか。だったらいいけど。」
 サーバーの中にコーヒーが溜まっていく。ゆっくりとお湯を落としていき、そのたびに豆が膨らみ沈んでいく。このタイミングを見計らって、ドリッパをはずす。
「見事だ。タイミングばっちり。」
「どうも。」
 誉められたのかな。後ろの棚からカップを取り出して、それを注ぐ。そして彼の前に置いた。
「どうぞ。」
「いただくよ。」
 それを口に含むと、彼はにっこりと笑った。
「美味い。」
「ありがとうございます。」
「まぁ、葵が入れた方が美味いとは思うけど、十分だ。」
 改めて誉められたのかわからない。カップに余ったコーヒーを注ぐと私も味を確かめた。悪くはないようだ。
「やはり……。」
「何ですか。」
「いいや。まだ話せないことだしね。それよりも、聞きたいことがあるんだけどさ。」
「私にですか。何でしょう。」
「高校何年生?」
「三年です。」
「大学行くの?」
「いいえ。就職です。」
「へぇ。専門とかじゃなくて、就職。」
「早く自立したいんです。最初は公務員を目指していていたんですけど……。」
 最近思うことがある。だけど誰にも言っていないけど。
「どこに就職したいとかは?」
「まだ何も。」
 嘘をついた。彼もたぶん嘘をついているから。確かにおっ広げしている人だと思う。だけど心の奥底が見えない。きっと何か思っていることがあるのだろうに、それを見せないようにしている。
 きっとそれは葵さんにも通じる。だけど葵さんの奥底はもっとどろどろしている。茅さんの奥底はきっとそんなに深くない。
「あなたにもあるんですね。きっと。」
「何が?」
「椿の入れ墨。」
 すると彼の表情が一瞬変わった。そして彼は煙草の火を消す。
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