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二年目
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大きくてごつごつした手は、馴染みのある手が私の手を握るとさらに川岸を私を連れていく。河川敷にはほとんど人がいない。暗くなりはじめたし、街灯もないこの道は舗装もされていないので誰も通らないのだ。
テンガロンハットの男は何も言わずに、私をどんどん祭りの会場から遠ざけ、やがて橋の下までやってきたときやっと足を止めた。そしてその帽子を取ると、そこには柊さんの姿があった。
「柊。」
「呼んでおいて、今日は会えないかと思った。」
ふっと笑い、彼はそのハットを私の頭にかぶせた。
「これ。どうしたの?」
「そこの屋台でフリーマーケットに出てた。丁度いいと思ってな。」
「丁度いい?」
「そう。あの日。クラブでもお前とわからないように髪を下ろしてハットをかぶせた。そのイメージもある。」
「Syuの女っていうイメージ?」
「あぁ。」
「でもこんなものをかぶっても若く見えるわよ。」
「そう卑屈になるな。周りがどう思っていようと関係ない。お前は周りの目を気にし過ぎだ。」
そんなこと言われても、年の差は縮まるわけじゃないもんな。
「お前は俺といて歳の差を感じるのか?」
「……大人だもん。」
「そうだな。大人ではあるけど、お前も大人になってきている。俺と肩を並べられるような大人だ。」
「そう見える?」
「あぁ。」
彼はそう言ってポケットから煙草を取り出した。そしてそれを一本加えると火をつけた。火がぱっと周りを明るくしたけれど、それは一瞬だった。
「時間は大丈夫なの?」
「時間が押してる。出番になったら電話をもらえるようにしているから。」
「プロの人を呼んでるのに、大変ね。」
「去年も来た奴だ。こんな町のどこがいいのかわからないな。」
「柊がいた町の方が良かった?」
「……俺がガキの頃は、外にも連れ出してもらえなかったからよくわからない。ただ、寒いところだったな。」
柊さんは小さい頃、虐待をされていたという。見るに見かねて、施設の人が引き取りに来たらしい。
「ごめんなさい。変なことを聞いて。」
「何を謝る必要があるんだ。俺はあまり定住しなかったからな。どこの居たところだろうと思ってただけだ。」
「あ……そうだったの?」
「……今度の日曜日はどこかに行くか?予定はないか?」
「特にはないわ。」
「だったら、俺がいた町へ行こう。」
嬉しかった。私の知らない柊さんが見れるようで。思わず顔が綻んでしまう。
「えぇ。」
「どうした。にやにやして。」
「嬉しかったのよ。」
すると彼は煙草を消して、私の後ろ頭に手を添えた。
「可愛い奴だ。」
誰とキスをしても望んでいないものだ。私が望んでいるのはこの人だけ。厚い唇が近づいてきて、軽く触れた。
「髪もほどくか。」
ゴムをとると、髪がふっと解けた。背中に髪が落ちる感覚がある。
「柊。私ね……。この町にいられないかもしれない。」
「どうしたんだ。」
「ヒジカタコーヒーに就職しようと持っていたのだけど……彼らが望んでいたのは、私のコーヒーを淹れる技術だけだったの。」
「……。」
「カフェを出すんですって。本格的にコーヒーを楽しめるカフェを。」
「消費者にとっては嬉しいだろうな。」
「だけど……今までやっていたところはどうなるのかしら。ううん。それだけじゃない。私は葵さんの技術しかない。それを持って他の人に協力するなんて……そんな裏切りあっていいのかしら。」
そう思えてきたら涙が出てきた。私はずっと我慢していたのかもしれない。
「……そんなに葵のことを考えてるなんて、妬けるな。」
「そんな意味じゃないわ。」
「わかってる。だが、葵はなんて言ってるんだ?」
「まだわからない。さっき私も茅さんから聞いたの。」
「茅か。それくらいならあいつもやりそうだな。」
そのとき、彼の携帯電話が鳴った。もう出番なのかもしれない。
「桜。まだ本決まりのことじゃないんだろう。」
「えぇ。多分。」
「だったら、それを断ることもできる。桜。お前にはまだ時間があるんだ。どんな形になっても、変わらないものはあるだろう。」
「……えぇ。確かにあるわ。」
私はそう言って彼の首に手を回した。すると彼も私の背中に手を伸ばし、唇を重ねた。
「できれば、客席で聞いていて欲しい。そこが一番よく聞こえるから。」
「わかったわ。楽しみにしてる。」
手を取り、橋の下からまた祭りの会場へ向かおうとしたときだった。
一人の女性がこちらを見ていたのに気が付いた。それはポスターに乗っていたリリーで、もうステージにあがるための衣装を着ている。
柊さんは私の手を握ったまま、彼女の方へ近づいた。
「あんた、年に一回しか来ていないからこっちの事情は知らないだろう。」
「そうね。」
「黙ってることもできるだろう?たいそうなミュージシャンなんだから。」
そう言って彼は私の手を握ったまま、足を進めた。引きずられるように私もそこへ向かう。
しばらくしてリリーの方を振り返ると、彼女はじっとこちらを見ていたような気がする。暗くてよくわからなかったけど。
テンガロンハットの男は何も言わずに、私をどんどん祭りの会場から遠ざけ、やがて橋の下までやってきたときやっと足を止めた。そしてその帽子を取ると、そこには柊さんの姿があった。
「柊。」
「呼んでおいて、今日は会えないかと思った。」
ふっと笑い、彼はそのハットを私の頭にかぶせた。
「これ。どうしたの?」
「そこの屋台でフリーマーケットに出てた。丁度いいと思ってな。」
「丁度いい?」
「そう。あの日。クラブでもお前とわからないように髪を下ろしてハットをかぶせた。そのイメージもある。」
「Syuの女っていうイメージ?」
「あぁ。」
「でもこんなものをかぶっても若く見えるわよ。」
「そう卑屈になるな。周りがどう思っていようと関係ない。お前は周りの目を気にし過ぎだ。」
そんなこと言われても、年の差は縮まるわけじゃないもんな。
「お前は俺といて歳の差を感じるのか?」
「……大人だもん。」
「そうだな。大人ではあるけど、お前も大人になってきている。俺と肩を並べられるような大人だ。」
「そう見える?」
「あぁ。」
彼はそう言ってポケットから煙草を取り出した。そしてそれを一本加えると火をつけた。火がぱっと周りを明るくしたけれど、それは一瞬だった。
「時間は大丈夫なの?」
「時間が押してる。出番になったら電話をもらえるようにしているから。」
「プロの人を呼んでるのに、大変ね。」
「去年も来た奴だ。こんな町のどこがいいのかわからないな。」
「柊がいた町の方が良かった?」
「……俺がガキの頃は、外にも連れ出してもらえなかったからよくわからない。ただ、寒いところだったな。」
柊さんは小さい頃、虐待をされていたという。見るに見かねて、施設の人が引き取りに来たらしい。
「ごめんなさい。変なことを聞いて。」
「何を謝る必要があるんだ。俺はあまり定住しなかったからな。どこの居たところだろうと思ってただけだ。」
「あ……そうだったの?」
「……今度の日曜日はどこかに行くか?予定はないか?」
「特にはないわ。」
「だったら、俺がいた町へ行こう。」
嬉しかった。私の知らない柊さんが見れるようで。思わず顔が綻んでしまう。
「えぇ。」
「どうした。にやにやして。」
「嬉しかったのよ。」
すると彼は煙草を消して、私の後ろ頭に手を添えた。
「可愛い奴だ。」
誰とキスをしても望んでいないものだ。私が望んでいるのはこの人だけ。厚い唇が近づいてきて、軽く触れた。
「髪もほどくか。」
ゴムをとると、髪がふっと解けた。背中に髪が落ちる感覚がある。
「柊。私ね……。この町にいられないかもしれない。」
「どうしたんだ。」
「ヒジカタコーヒーに就職しようと持っていたのだけど……彼らが望んでいたのは、私のコーヒーを淹れる技術だけだったの。」
「……。」
「カフェを出すんですって。本格的にコーヒーを楽しめるカフェを。」
「消費者にとっては嬉しいだろうな。」
「だけど……今までやっていたところはどうなるのかしら。ううん。それだけじゃない。私は葵さんの技術しかない。それを持って他の人に協力するなんて……そんな裏切りあっていいのかしら。」
そう思えてきたら涙が出てきた。私はずっと我慢していたのかもしれない。
「……そんなに葵のことを考えてるなんて、妬けるな。」
「そんな意味じゃないわ。」
「わかってる。だが、葵はなんて言ってるんだ?」
「まだわからない。さっき私も茅さんから聞いたの。」
「茅か。それくらいならあいつもやりそうだな。」
そのとき、彼の携帯電話が鳴った。もう出番なのかもしれない。
「桜。まだ本決まりのことじゃないんだろう。」
「えぇ。多分。」
「だったら、それを断ることもできる。桜。お前にはまだ時間があるんだ。どんな形になっても、変わらないものはあるだろう。」
「……えぇ。確かにあるわ。」
私はそう言って彼の首に手を回した。すると彼も私の背中に手を伸ばし、唇を重ねた。
「できれば、客席で聞いていて欲しい。そこが一番よく聞こえるから。」
「わかったわ。楽しみにしてる。」
手を取り、橋の下からまた祭りの会場へ向かおうとしたときだった。
一人の女性がこちらを見ていたのに気が付いた。それはポスターに乗っていたリリーで、もうステージにあがるための衣装を着ている。
柊さんは私の手を握ったまま、彼女の方へ近づいた。
「あんた、年に一回しか来ていないからこっちの事情は知らないだろう。」
「そうね。」
「黙ってることもできるだろう?たいそうなミュージシャンなんだから。」
そう言って彼は私の手を握ったまま、足を進めた。引きずられるように私もそこへ向かう。
しばらくしてリリーの方を振り返ると、彼女はじっとこちらを見ていたような気がする。暗くてよくわからなかったけど。
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