夜の声

神崎

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二年目

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 少しのアルコールの匂い。そして煙草の香り。全てが好きな香りだった。唇を割り、私たちは長いキスをする。誰の真似でもない、柊さんのキスは全身を熱くさせた。
「んっ……。」
 一瞬離れても、また唇を合わせてくる。キスを重ねて、彼はシャツの下から手を入れてこようとした。そのときだった。

 ピンポーン。

 玄関のチャイムが鳴った。その音で彼は手を止めた。
「誰だ。」
「母さんではないことだけは確かだわ。」
「じゃあ、無視しろ。」
 またキスをしようとしたけれど、チャイムは鳴り続ける。私たちはため息をつくと、彼が私の上から体を避けた。
「すぐに戻って来いよ。」
「そうね。」
 誰かわからないけれど、こんな時に水を差す人なんて犬にでも食われてしまえばいいのに。
「はい。」
 玄関ドアを開けると、そこには葵さんの姿があった。
「こんにちは。」
「どうしました?」
「ちょっとあなたに話があったんです。お邪魔しても大丈夫ですか。」
「あ……今柊さんが居て……。」
「帰ってきたんですか。丁度いい。彼にも話があったんです。」
 葵さんはいつもの表情だった。しかし、どこか強引だった。

 三つグラスのコップを用意して、麦茶を入れた。そしてリビングを見る。ソファに向かい合うように葵さんと、柊さんが座っている。柊さんは不機嫌そうに煙草を吹かしていた。
 だがそれ以上に不機嫌そうだったのは、葵さんのようだった。葵さんは基本笑顔から表情が変わらない。だけどその張り付いたような笑顔は、笑顔の仮面なのだ。それが外れればどんな表情になるかわからない。
 麦茶を入れたグラスを彼らの前に置いた。すると葵さんはそれに口を少し付けて、柊さんの隣に座った私を見据えた。
「桜さん。夕べ、ヒジカタコーヒーの無料試飲に参加しましたか。」
「あぁ。はい。」
 夕べ帰ろうとした私は、支社長と蓮さんが失敗したと嘆いていたその無料試飲を手伝ったのだ。笑顔が忘れられないそんなひとときだった。
「豆はどこのものと聞きましたか。」
「国産だと。それ以外は何も。」
「そうでしたか。」
 ややほっとした表情だった。やっぱり何かあったのだろうか。あの豆に何か思い入れが?
「葵。そんなことを聞きにここに来たのか。」
「えぇ。桜さんにはあの豆がどんなに汚れたものか、知らないウチに遠ざけたいと思っていたので。」
「汚れた?」
 評判は上々だったけれど、どうしてそんなことをいうのだろう。
 国産のコーヒー豆を生産できるところは限られているし、多くはない。だからきっと高くても売れるものになるのだろうに。
「……国産か。それはお前の父親が作ったものじゃないのか。」
「お父さん?」
 柊さんは煙草を消して、麦茶を一口飲んだ。
「えぇ。詐欺師ですよ。私もその片棒を担ぎ、刑務所にはいることになったんですから。」
「結果的には詐欺ではない。こうやって稀少品のコーヒー豆として売り出されているのだから。」
「しかしそれでどれだけの人が騙されたか。」
 形は違う。だけど、きっと葵さんも蓮さんも苦労したのかもしれない。
「あの豆に関わるくらいなら、ヒジカタコーヒーに入ることは私は反対しますよ。」
「葵さん。」
「私のところでフルタイムで働いてもらってもいい。柊と一緒にいたいのだったら、それでも構わない。」
 困ったように柊さんを見上げると、彼はぎろっと葵さんを見下ろした。
「こいつの未来まで決める権利はお前にない。」
「あなたにもありませんよ。」
「いずれ一緒になる。」
 は?どさくさに紛れて何を言ってるの?この人。
 結婚しようと言ってるわけ?
「いずれ……ですか。脆い約束ですね。それに一緒になったところで彼女の未来もあなたが決めるんですか。」
「俺は口出しはしない。こいつがどうしたいか、こいつの意志次第だ。それにお前も口出しする権利はないだろう。ただの雇用主とバイト。それだけの関係だからな。」
 その言葉に葵さんは、珍しく拳を震わせた。今にも殴りかかりそうな雰囲気がある。
「柊。」
 声をかけると、彼は少し笑う。
「わかったらさっさと帰ったらどうだ。」
 すると葵さんは、立ち上がり私を見下ろす。
「桜さん。」
「はい。」
「頭の隅にでも置いてくれればいい。私のところで働くという選択があることを。私も、あなたをスカウトしたいんですから。」
「……。」
「二年。あなたを見てきました。どこよりも働きやすい環境にあると思っておいてください。」
 葵さんはそういって、部屋を出ていった。
 目の前にはほとんど飲まれていない葵さんが飲んだ麦茶がある。私はそれを手にしようとして、手を伸ばした。するとその手を柊さんが握る。
「もっとあとに言うつもりだったのにな。空気に流された。」
「……人の前で言うなんて。」
「悪いな。」
 彼はそういって私の手を引き、その厚い唇に重ねてきた。
「来週の日曜日。連れて行きたいところがある。予定を開けておけよ。」
「うん。」
 その手を引くと、彼は私を押し倒した。
「こんな所で?」
「気になるか?」
「シーツが汚れるから……。」
 すると彼は少し笑い、私の手を引くと部屋に入る。そしてベッドに私を寝かせ、その上に自分が覆い被さる。
「シーツが汚れるくらい感じさせてやる。」
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