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二年目
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「おもしろい子ね。」
瑠璃さんはそう言ってコーヒーにまた口を付けた。対して隣の柊さんは、気が気がないように私を見ている。
「あなたのことをバイト以上の目で見ているってことね。」
「はい。そう言っていました。」
「リップサービスじゃなくて?あの子、女の子を手玉に取るのなんかお茶の子さいさいなんだから。」
「知ってます。そういうことをしていた時期もあるといっていましたし。」
すると柊さんはため息をついて、煙草を取り出した。
「瑠璃さん。正直に言いますけど、葵はずっとこいつしか見ていないんです。俺が最初に手を出したって言ったときから、しつこいくらい。」
「……まぁ。そうなの。もてるのね。あなた。」
「私はでも柊さんしか見ていないので。」
すると彼女はぷっと頬を膨らませた。
「どうしました?」
「義理とはいっても息子が振られてるのは、気持ちいいもんじゃないわ。でも取られてもいやなのよ。」
「面倒ですね。」
「蓮も離婚したって言うし、あまり縁がないわねぇ。ウチの男衆は。」
彼女は笑いながらコーヒーを飲む。
「私が焙煎を教えてもいいけれど、いつ私の体調が悪くなるかわからないし……それにもっと重要なことがあるわ。」
「なんだ。それは。」
「もちろん。あなたの気持ちよ。」
どきりとした。そして私は彼女を見る。
「バリスタになりたいのか。どうなのか。」
バリスタに?わからない。でも私にははっきりした気持ちがあった。
「バリスタになりたいのかというのは、正直わからないです。」
「桜。」
「でも……私が淹れたコーヒーで美味しいといってくれる人がいるんです。」
あの祭りで私はベンチの上でコーヒーを淹れた。暗くてあまりいい状況でもなかった。だけど香りで一人、二人と増えていくお客さんに胸を踊ったのは事実だった。
そしてコーヒーを手渡し、美味しいと言ってくれた。それだけで嬉しかった。自分が美味しいと思ったものを「美味しい」といってくれるだけでどれだけ幸せなんだろう。
「……昔の私を見ているようだわ。」
今度は柊さんの方を瑠璃さんはみた。
「あんたも結構ワーカーホリックになりがちだけど、きっと私のところにいても葵のところにいても、この子はコーヒーにはまればあなたのことをみないかもしれないわ。そんなに器用な人じゃないみたい。」
柊さんは苦笑いをしながら、私の方を見る。
「そんなことはわかってます。だけど俺も割とワーカーホリックになりがちだから、ちょうど良いのかもしれません。」
「いつでもおいで。少し距離があるから大変かもしれないけれど、柊さんとではなくても、電車でも来れないことはないから。」
「ありがとうございます。」
私たちはそういって、図書館を出た。駅の方へ向かいながら、柊はため息をついた。
「どうしたの?」
「思ったよりもすんなり受け入れてくれたのに、ほっとした。」
「瑠璃さんのこと?」
「あぁ。あの人のバリスタとしての腕は、コーヒーを飲んでわかっただろう?」
「そうね。葵さんよりももっと上……そんな風に見えた。」
「だからあの人に弟子入りしたいという人は、後を絶たなかった。でも決して教えなかった。葵だって、相当頼み込んだからな。」
「……柊。あまり言いたくはなかったんだけど。」
「なんだ。」
国道を通りながら、私たちは駅の方へ向かっている。その間には車が沢山通っていた。結構危ない道だと思う。
「瑠璃さん。多分本当に体調が良くないわ。」
「……どうしてそう思った?」
「隠していたけれど、首のあたりにスカーフをしていたわ。その下、多分大きなしこりがある。多分、もう固体のものは受け付けないんじゃないのかしら。」
「……。」
「私、瑠璃さんに受け入れてもらうんだったら、教えてもらいたい。そして本当に自分が美味しいと思ったものを、他の人と共有したいと思う。」
肩に手を置かれる。こんなに車とかが多いところで、彼はそんなことをする人じゃなかったのに。
「うらやましいな。」
「え?」
「自分のしたいことが見つかって。」
「柊だって見つけてるわ。」
「俺の?」
「そう。あなたはDJで音楽を共有してるじゃない。」
あの祭りでの観客の盛り上がりは、私を置いてけぼりにさせたようなそんな気分にさせた。そんな気持ちはきっと、彼にも通じるものがあったのかもしれない。
「……そうだな。」
一瞬言葉に詰まったような感じがしたけれど、彼は住ぐに私を引き寄せた。
「歩きにくいわ。」
「風呂でも入っていきたかったが、あまり時間はないな。葵のところに行くんだろう?」
「そうね。でもまた連れてきてくれるんでしょ?」
「あぁ。」
「それに……これからいくらでも入れるチャンスがあるじゃない。」
すると彼は肩から手を離して、手で口元を押さえる。その頬は赤く染まっていた。
「どうしたの?」
「やばい。今すぐキスしたくなった。」
「……今は無理でしょ?」
「お前はしたくないのか。」
「いつでも触れたいと思ってるわ。」
「だったら……そういう方法をとるか。桜。見て回りたいところはもうないか?」
「……そういう方法?」
「なければ、連れて行きたい。」
そういって彼は私の手を握った。温かい手が手のひらを包む。
瑠璃さんはそう言ってコーヒーにまた口を付けた。対して隣の柊さんは、気が気がないように私を見ている。
「あなたのことをバイト以上の目で見ているってことね。」
「はい。そう言っていました。」
「リップサービスじゃなくて?あの子、女の子を手玉に取るのなんかお茶の子さいさいなんだから。」
「知ってます。そういうことをしていた時期もあるといっていましたし。」
すると柊さんはため息をついて、煙草を取り出した。
「瑠璃さん。正直に言いますけど、葵はずっとこいつしか見ていないんです。俺が最初に手を出したって言ったときから、しつこいくらい。」
「……まぁ。そうなの。もてるのね。あなた。」
「私はでも柊さんしか見ていないので。」
すると彼女はぷっと頬を膨らませた。
「どうしました?」
「義理とはいっても息子が振られてるのは、気持ちいいもんじゃないわ。でも取られてもいやなのよ。」
「面倒ですね。」
「蓮も離婚したって言うし、あまり縁がないわねぇ。ウチの男衆は。」
彼女は笑いながらコーヒーを飲む。
「私が焙煎を教えてもいいけれど、いつ私の体調が悪くなるかわからないし……それにもっと重要なことがあるわ。」
「なんだ。それは。」
「もちろん。あなたの気持ちよ。」
どきりとした。そして私は彼女を見る。
「バリスタになりたいのか。どうなのか。」
バリスタに?わからない。でも私にははっきりした気持ちがあった。
「バリスタになりたいのかというのは、正直わからないです。」
「桜。」
「でも……私が淹れたコーヒーで美味しいといってくれる人がいるんです。」
あの祭りで私はベンチの上でコーヒーを淹れた。暗くてあまりいい状況でもなかった。だけど香りで一人、二人と増えていくお客さんに胸を踊ったのは事実だった。
そしてコーヒーを手渡し、美味しいと言ってくれた。それだけで嬉しかった。自分が美味しいと思ったものを「美味しい」といってくれるだけでどれだけ幸せなんだろう。
「……昔の私を見ているようだわ。」
今度は柊さんの方を瑠璃さんはみた。
「あんたも結構ワーカーホリックになりがちだけど、きっと私のところにいても葵のところにいても、この子はコーヒーにはまればあなたのことをみないかもしれないわ。そんなに器用な人じゃないみたい。」
柊さんは苦笑いをしながら、私の方を見る。
「そんなことはわかってます。だけど俺も割とワーカーホリックになりがちだから、ちょうど良いのかもしれません。」
「いつでもおいで。少し距離があるから大変かもしれないけれど、柊さんとではなくても、電車でも来れないことはないから。」
「ありがとうございます。」
私たちはそういって、図書館を出た。駅の方へ向かいながら、柊はため息をついた。
「どうしたの?」
「思ったよりもすんなり受け入れてくれたのに、ほっとした。」
「瑠璃さんのこと?」
「あぁ。あの人のバリスタとしての腕は、コーヒーを飲んでわかっただろう?」
「そうね。葵さんよりももっと上……そんな風に見えた。」
「だからあの人に弟子入りしたいという人は、後を絶たなかった。でも決して教えなかった。葵だって、相当頼み込んだからな。」
「……柊。あまり言いたくはなかったんだけど。」
「なんだ。」
国道を通りながら、私たちは駅の方へ向かっている。その間には車が沢山通っていた。結構危ない道だと思う。
「瑠璃さん。多分本当に体調が良くないわ。」
「……どうしてそう思った?」
「隠していたけれど、首のあたりにスカーフをしていたわ。その下、多分大きなしこりがある。多分、もう固体のものは受け付けないんじゃないのかしら。」
「……。」
「私、瑠璃さんに受け入れてもらうんだったら、教えてもらいたい。そして本当に自分が美味しいと思ったものを、他の人と共有したいと思う。」
肩に手を置かれる。こんなに車とかが多いところで、彼はそんなことをする人じゃなかったのに。
「うらやましいな。」
「え?」
「自分のしたいことが見つかって。」
「柊だって見つけてるわ。」
「俺の?」
「そう。あなたはDJで音楽を共有してるじゃない。」
あの祭りでの観客の盛り上がりは、私を置いてけぼりにさせたようなそんな気分にさせた。そんな気持ちはきっと、彼にも通じるものがあったのかもしれない。
「……そうだな。」
一瞬言葉に詰まったような感じがしたけれど、彼は住ぐに私を引き寄せた。
「歩きにくいわ。」
「風呂でも入っていきたかったが、あまり時間はないな。葵のところに行くんだろう?」
「そうね。でもまた連れてきてくれるんでしょ?」
「あぁ。」
「それに……これからいくらでも入れるチャンスがあるじゃない。」
すると彼は肩から手を離して、手で口元を押さえる。その頬は赤く染まっていた。
「どうしたの?」
「やばい。今すぐキスしたくなった。」
「……今は無理でしょ?」
「お前はしたくないのか。」
「いつでも触れたいと思ってるわ。」
「だったら……そういう方法をとるか。桜。見て回りたいところはもうないか?」
「……そういう方法?」
「なければ、連れて行きたい。」
そういって彼は私の手を握った。温かい手が手のひらを包む。
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