夜の声

神崎

文字の大きさ
192 / 355
二年目

191

しおりを挟む
 それから少し瑠璃さんと話をして、図書館の方も顔を出してみた。蔵書は学校の図書館よりもあると言った程度だろうか。まぁほかに市立の図書館があるみたいだし、あまり力を入れていない事業なんだろう。
 そしてその図書館をでると、私たちはその池の周りを歩いていた。デートをする人なんかも多いようだし、釣りをしている人も多い。割とにぎやかなところだ。
「瑠璃さんは、ずっと病気でな。入退院を繰り返している。」
「元気そうだったのに。」
「表面上はな。だが葵は見舞いにも来ない。蓮が来るくらいだといっていたか。」
「……どうして?」
「父親が許せないんだと。」
 多分そんなことだろうと思った。あのコーヒー豆を作るために、きっと多くの人から資金を集めた。結果は今になって出ているけれど、なかなか出なかったんだろうな。だから詐欺師って言われているんだ。
「だから瑠璃さんがガンになっても見舞いの一つ来ない。瑠璃さんが父親にテコ入れしているのがいやなんだと。」
「ちっちゃい人ね。」
「蓮たちを育てるために、犯罪に手を染めたんだ。本来なら、高校だって大学だっていける頭を持っていたのだろうにな。」
「……そうね。」
 私はそう言って、足を止めて池をみた。はねる魚が見えたからだ。
「桜。」
「何?」
「卒業したら、瑠璃さんを手伝わないか。」
「え?」
「ここを閉めることも考えているらしい。実際ここは閉めたり開けたりらしいからな。だがお前が居てくれれば、安定して開けていることが出来るんじゃないのか。」
「待って。柊。その話、瑠璃さんからいわれたの?」
「本来なら葵に来て欲しいといっていた。でも葵はあの場所を離れようとしない。だったら葵と同じ淹れ方が出来るお前が居た方がいいと俺は思うけど。」
「……私からは言えないわ。瑠璃さんが望んでいるなら考えるけど……だけど……。」
 きっと葵さんは反対するかもしれない。
 それより何よりも、柊さんと離れるかもしれない。その可能性が怖い。
「また来ればいい。少なくとも、俺は春にここにくる予定にしてる。」
「そうなの?」
「あぁ。あの図書館の雑務をしている奴が、来年の春に辞めるらしい。ちょっとした知り合いでな、俺に来ないかという話があるんだ。」
「……受けるの?」
「視野に入れてる。」
 急激に周りが動いている気がする。その流れに私は巻き込まれていいのだろうか。
 柊さんを見上げる。すると彼は手を握ってきた。
「不安か?」
「そうね。急に色んなことがめまぐるしく動いている気がするの。」
「そうだな。俺も決めた訳じゃない。視野に入れているだけだ。お前はヒジカタコーヒーにも誘われているし、葵からも誘われているんだったな。もっとも……葵は本気かどうかわからないが。」
 ここに来るかはわからない。だけど私は、決めていたことがあった。だけどそれを実行するには多少のリスクが必要だと思っている。
「柊。もう一度瑠璃さんの店に戻ってもいい?」
「あぁ。」
 どうしてだとは聞かない。それが嬉しかった。

 図書館に戻った私たちは、まっすぐに瑠璃さんの店に向かった。ドアを開けると、瑠璃さんはお客さんにお釣りを渡していた。
「ありがとうね。」
「また来るよ。」
 私たちの姿に、瑠璃さんは少し驚いたようだったけれどにっこりと微笑んだ。
「どうしたの?何か忘れ物?」
「瑠璃さん。お願いがあるんです。」
「何かしら。」
「私に一度コーヒーを淹れさせてもらってもいいですか。」
 柊さんは何も言わなかった。瑠璃さんは一瞬微笑みを消したけれど、すぐにいつもの微笑みに変わった。
「いいわよ。ほかにお客様はいらっしゃるけれど、常連さんばかりだから気にしないで。」
 そう言って彼女はカウンターの中に入り、ネルドリップを避けてペーパードリップを取り出した。
「ペーパーはずいぶん使ってないわ。大丈夫かしらね。」
「大丈夫です。まだくっついてますし。ドリッパーの穴もしっかりありますから。」
「そうね。じゃあお手並み拝見しようかしら。」
 ケトルでお湯を沸かす。その間に豆を挽く。豆は葵さんの店なら「ブレンド」と言われる種類の豆だろう。私たちに出したのは、きっと特別なのだ。
「ゆっくり。呼吸をするように。そう。あなたはせっかちなところがありますからね。ゆっくり淹れないといけませんよ。」
 ふわんといい匂いがした。焙煎具合も葵さんよりもきっと深入りが好きなのかもしれない。
「最初に淹れた濃いめのコーヒーを薄めるように。最後まで出し切ってはいけませんよ。」
 葵さんの声が耳元で聞こえるようだった。そうやって彼はずっと私にコーヒーの入れ方を教えてくれたのだ。それが基本だと。
「どうぞ。」
 カップにコーヒーを注いで、二人の前に置く。
「いい香りね。自画自賛するようだけど。」
「……うん。うまい。」
「……ありがとうございます。」
「葵の入れ方ね。とても上手。多分、コーヒーをいつも同じように淹れれるんじゃないのかしら。」
「そうですね。どんな条件でも、大体同じような味になります。商売向きだ。」
「そうね。最初は良かったけど、二回目は不味いっていうものはいけないから。きっと葵はそう言う入れ方をしているのね。」
 彼女はふっと笑い、私に言う。
「でもね、桜さん。これじゃあいけないわ。」
「どこが悪いんだ。不味くはない。」
 柊さんが瑠璃さんに食ってかかる。しかし瑠璃さんは冷静だった。
「そうね。不味くはない。でもあなたは、きっと葵の焙煎の仕方に慣れている。だからほかの豆を使ったとき、わずかにサーバーを上げるタイミングがズレていたのよ。ウチは葵のものよりも深入りなの。だから少し長めにお湯を置かないと。」
「……すいません。豆を無駄にしてしまって。」
「いいのよ。でも、焙煎の仕方まで覚えれば、きっとあなたいいバリスタになれるわね。葵は教えてくれないんでしょ?」
「教えてもらう条件を出したんです。」
「何?」
「柊さんと別れて、葵さんと一緒になること。」
 すると柊さんはそのコーヒーを吹きそうになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

最後の女

蒲公英
恋愛
若すぎる妻を娶ったおっさんと、おっさんに嫁いだ若すぎる妻。夫婦らしくなるまでを、あれこれと。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...