夜の声

神崎

文字の大きさ
191 / 355
二年目

190

しおりを挟む
 洋館のような入り口を開けると、広いエントランスが見えた。胸像や絵画が飾られている何となく豪勢な作りになっているようだ。
 正面には広い階段と、二階が見える。この上は、どうやら会議室や視聴覚室があるようで、音楽を演奏したり練習したりも出来るらしい。右手には事務所。左手には喫茶店がある。そして奥には待ちかねたように図書室とある。
「ここは、個人の建物だったらしい。温泉で一山当てた奴が道楽で作ったようだ。今は街に委託しているらしい。」
 多分図書館とはなっているけれど、カルチャーセンターのような建物だったのかもしれない。
 図書館から老人が出てきた。手には本が握られている。その後ろからは妊婦さん。どうやら利用者は多いようだ。
 そしてその左手にある喫茶店から、一人の女性が出てきた。白いシャツとギャルソンエプロンを身につけた、中年の女性だった。
「柊さん?」
「お久しぶりです。相馬さん。」
「あぁ。懐かしい。元気にしていた?」
「えぇ。あなたは体調はいかがですか。」
「良かったり悪かったりだけどね。何とかやってるわ。」
 ほぼ白髪の髪は、ショートカットでがりがりに痩せている。どこか体が良くないのだろうか。
「恋人かしら。」
「えぇ。」
「可愛らしいお嬢さんだこと。初めまして。相馬瑠璃です。」
「沖田桜です。」
「遠くから来られたんでしょう?コーヒーでもいかが?」
「はい。そのつもりで。」
「相変わらずねぇ。柊さんは。」
 彼女は少し笑う。その笑顔はどこか葵さんに似ている気がした。

 店内はあまり広くない。ゆったりしたジャズの音楽は、カウンターの奥にあるレコードから流れているようだった。カウンター席もあるけれど、テーブル席にはふかふかのソファが置いてあり、座り心地が良さそうだ。
 そして日当たりがいい。図書館というのはあまり日を好まないために、喫茶店などの別の施設が自然に日当たりのいい場所に出来たのだろう。
 カウンター席に座ると、柊さんは煙草に火をつけたのを見て瑠璃さんは、灰皿を彼の前に置いた。
「禁煙しなさいな。」
「無理。」
「まぁ、そうでしょうね。あれだけ入院してても禁煙できなかったんだから、出来ないのは目に見えてるわ。」
 瑠璃さんはカウンターの奥にはいると、ケトルでお湯を沸かし出した。そしてコーヒー豆をミルに入れる。
「桜さんもコーヒーでいいかしら。」
「はい。」
「ふふ。お嬢さんだと思ったけれど、案外大人ね。」
「瑠璃さん。桜は、葵のところのバイトなんだ。」
「あら。そうなの。葵は元気なの?」
「えぇ。相変わらずです。」
「そう。バイトを入れたって何年か前に聞いたけど、あなたのことだったのね。」
「……知り合いですか。」
「えぇ。義理の息子だから。」
「え?」
 驚いた。葵さんの母親に会うと思っていなかったから。でも何となく納得する。笑顔とか、そうコーヒーを入れる仕草とか、とても似ているから。
「父親の連れ子ね。そう弟の蓮君と一緒に来た子供。」
「……どおりで。」
「似てる?やだ。血は繋がってないのよ。」
「いいえ。あの……仕草とか、コーヒーを入れるところとかですね。」
「だってコーヒーの入れ方は、私が教えたのよ。焙煎の仕方から入れ方までね。ふふ。でも彼もきっとこの方が美味しいって、自分でアレンジしたでしょうけどね。研究熱心な子だから。」
 お湯が沸いてケトルに移し替える。どうやらコーヒーはペーパードリップではなく、ネルドリップを使うらしい。確かにこの方が紙臭くなくて、純粋な味が楽しめるのだ。ただネルドリップは手間がかかる。
「入院はされていないんですか。」
「しても変わらないわ。抗ガン剤を打って、ぼろぼろになるよりこっちの方が性に合ってる。」
「……ガン?」
「えぇ。全身に転移しててね。もういつ死んでもおかしくないって言われてる。でも死なないのよねぇ。」
 笑って言うけど、それって大事なことなんじゃ……。
「ガンが大きくもならないし。」
「精神的なところですかね。そう言うところが大きいみたいですよ。」
「フフ。それもお勉強したのね。柊さんは。熱心ねぇ。」
「ちゃかさないでください。」
 カップにコーヒーを入れて、彼女は私たちの前に置いてくれた。あれ?このコーヒー。なんか嗅いだことあるような……。どこで?
「うまい。いいコーヒー豆を作りましたね。」
「えぇ。そうね。私もそう思うわ。あの人必死だったものね。」
「……。」
「商品化する話しも出てるの。ヒジカタコーヒーに卸す話しもあってね。」
「あぁ。やっぱり。」
「ん?」
 柊さんは驚いたようにこちらを見る。
「支社長と蓮さんが祭りの会場で、この豆を試飲させてましたね。評判は上々でした。」
「あら。良かったわ。」
「カフェ事業で出したいとか……。」
「……一杯いくらのコーヒーになるんだそれは。」
 柊さんは苦々しくコーヒーを飲んでいた。
「まだ稀少品だもの。高いコーヒーになりそうね。桜さん。葵からその話は聞いてる?」
 私は首を横に振った。
「葵さんはあまり昔のことは話さないので。」
「そうね。あまり言いたくもないでしょうけど、私から見たら身から出た錆って言う感じに見えるわ。」
「毒舌ですね。」
「あら。そうよ。だって、ウチの旦那がコーヒー豆を作りたいって、周りの人間から投資させて、葵まで巻き込んで、結果成功したからいいけど、詐欺師って言ってる人はまだ居るのだから。」
 そんな話だったのか。やっと納得した。
「それで葵がぐれたのは葵の責任よ。それで同じように葵が詐欺をして、捕まったんだから身から出た錆よ。」
「まぁ、あなたもあのときは体調が良くなかった。それで葵が蓮たちのために金を稼ぐため詐欺に手を染めたのは、仕方ないと言えば仕方ない。」
「でも詐欺なんかしなくても稼ぐ方法はいくらでもあったのに。」
 どうだろう。そのときの葵さんがいくつなのかわからない。だけど、正攻法で兄弟たちを食べさせていく方法があったのだろうか。
 その当事者じゃないとわからないだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

最後の女

蒲公英
恋愛
若すぎる妻を娶ったおっさんと、おっさんに嫁いだ若すぎる妻。夫婦らしくなるまでを、あれこれと。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

処理中です...