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二年目
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クリスマスイブだというのに、葵さん目当ての客はとぎれなかった。中には「クリスマスなんでー。」なんていってプレゼントを渡す女性もいた。ちゃんとそんな女性には、サービスをしていたみたいだけど。
「桜さん。今日クリスマスだからぁ、これ受け取って。」
なんて私にもプレゼントを用意している始末だ。
「ありがとうございます。」
だって、今日シフトインする瞬間に、葵さんから「プレゼントは拒否しないでください。」と念を押されたもん。いつまで続くんだ。この茶番。
「何かぐったりしてるな。桜。」
遅くにやってきた誠さんからそう言われた。
「愛想笑いを浮かべすぎたんですよ。春に彼女がやめるのが残念です。」
葵さんはそう言ってコーヒーを入れていた。
「そっか。卒業か。仕方ねぇよな。で、次は入れるの?」
「募集はしてるんですけど、なかなか続きませんね。」
「厳しすぎるんだよ。葵はさ。よく桜がついてきてるなって思ってた。」
「……私はここでしか働いたことがないので、こんなモノなのかって思ってましたよ。」
「まぁ。あなたはこれからです。卒業して、母の所へ行ったらもっと厳しいですよ。」
怖すぎる。葵さんより厳しいって……。
お客さんがはけて、店の片づけをしていた。少し残業になったかな。仕方ないよ。忙しかったもん。
「桜さん。ちょっと来てください。」
紙ナプキンの補充をしていたら、葵さんに呼ばれた。
「はい。」
すると彼に見せてもらったモノは、お客さんからいただいたプレゼントのケーキのようだった。チョコレートのケーキだ。
「食べませんか。」
「いいんですか?」
「私一人では厳しいですよ。手作りのようですし、それに「みなさんで食べてください」と言われてます。コーヒーを入れましょうか。」
そう言って彼はコーヒーの準備を始める。その間、私は紙ナプキンの補充を終え、バックヤードに荷物を取りに行った。そして、コーヒーを入れている葵さんに、紙袋を渡す。
「クリスマスですから。」
「いいんですか?」
「えぇ。お世話になった人にみんなにあげてますし。」
嘘をついた。用意しているのは三つだけだから。
「ではありがたくいただきましょう。」
それを渡すと、私はそのケーキを取り出した。そしてワンカット分切り分ける。
「それでも多いですね。明日の分もありそうです。」
「持って帰りますか?」
「大丈夫ですよ。柊は甘いモノが苦手で。」
「いいえ。茅にですよ。」
その答えに私は手を止めた。そして葵さんの方を向く。
「何で茅さんなんですか?」
「お世話になったとさっき言ってましたから、きっと茅にも今日会うのではないかと思ったんです。」
「お世話にはなりましたし、今度からお世話になります。だけど、今夜会うかどうかはわかりませんよ。それに会うのは柊です。」
「今夜、彼は帰ってくるかわかりませんよ。町の方では大きなDJイベントをしています。彼のことですから、きっといろんな人と付き合うのではないのですか。」
「……どうでしょうね。彼には彼の世界もありますし。」
「それに……今日、百合が帰ってきます。」
その言葉には思わず手を止めた。
「彼はそれを知っているのでしょうかね。」
百合さんが帰ってきたのは秋口だった。そのときから柊さんは百合さんのことを一言も発していない。まるで会っていなかったかのように話す。何事もなかったかのように。
「どうでしょうか。」
そう言うと、私はそのケーキをさらに移し替えた。そしてコーヒーをカップに入れた葵さんはカウンターにそれを置くのを見て、私もそのケーキをカウンターにおく。
二人で並んでコーヒーを飲んだ。
「去年ほどではありませんが、いいコーヒー豆を入れてみました。」
「美味しいです。」
「そう。良かった。それはあなたが三日前に焙煎した豆ですよ。」
「え?」
「母の技術をよく身につけてますね。良かった。」
その言葉がとても上辺だけに聞こえた。だからそっとその言葉を聞き流す。
ケーキは甘かった。だからコーヒーとよく合う。
「チョコレートとコーヒーってよく合いますね。」
「えぇ。だからカフェモカと言うモノがあるんですよ。私はあまり好きじゃありませんが。」
葵さんが苦手だとか言ってるのを聞いたのは、柊さんを嫌いだと言ったとき以来だろうか。
「桜さん。一つ聞いていいですか。」
「何ですか。」
「茅と何かありましたか。」
その言葉に私はつい言葉を詰まらせた。
「何かって、何が?」
「迫られていたりしませんか。と言うことです。」
「いいえ。だいたい、茅さんが私なんかを相手にしませんよ。子供だし……それに、上司になる人ですから。それくらいの常識は……。」
笑顔だ。でもその目の奥が真実をみようとしてる。それが怖い。
「ありませんよ。あいつは。確かに人妻ばかり狙っていたのは椿の頃。だが、本来はそんなヤツではありません。あいつは……百合に恋をしていましたからね。」
「百合さんに?」
「えぇ。だから柊のことを嫌いだと言っていたはずです。彼の元から離してしまった柊のことをね。」
「……。」
「茅は、あなたに百合を重ねている。おそらく柊以上に。だから必要以上にあなたを側に置いておきたいと思って、就職のことも無理をしながら手を尽くしたんです。」
「……全ては百合さんの?」
「だと思います。と言うか、そう見えます。」
私に近づいたのは百合さんを重ねていたから?あの「好き」は私ではなく百合さんに向けられていた?
でもそうなら……何だというの?私は茅さんを好きじゃない。好きなのは柊さん。なのに何で手がこんなに震えるの?
「何かあったんですね。」
「何もありませんよ。」
「正直に言って。私は柊のように幻滅したりしません。あなたのことが……。」
「やめてください。」
その続きは言わせなかった。伸ばしてきた手を振り払い、首を横に振る。
「寝ました?」
「いいえ。何もされてません。何も……。」
そのとき、店のドアが開いた。鍵をしていなかったらしい。やってきたのは茅さんだった。
「茅。」
葵さんが立ち上がる。すると茅さんはいきなり葵さんの胸ぐらをつかんできた。
「桜さん。今日クリスマスだからぁ、これ受け取って。」
なんて私にもプレゼントを用意している始末だ。
「ありがとうございます。」
だって、今日シフトインする瞬間に、葵さんから「プレゼントは拒否しないでください。」と念を押されたもん。いつまで続くんだ。この茶番。
「何かぐったりしてるな。桜。」
遅くにやってきた誠さんからそう言われた。
「愛想笑いを浮かべすぎたんですよ。春に彼女がやめるのが残念です。」
葵さんはそう言ってコーヒーを入れていた。
「そっか。卒業か。仕方ねぇよな。で、次は入れるの?」
「募集はしてるんですけど、なかなか続きませんね。」
「厳しすぎるんだよ。葵はさ。よく桜がついてきてるなって思ってた。」
「……私はここでしか働いたことがないので、こんなモノなのかって思ってましたよ。」
「まぁ。あなたはこれからです。卒業して、母の所へ行ったらもっと厳しいですよ。」
怖すぎる。葵さんより厳しいって……。
お客さんがはけて、店の片づけをしていた。少し残業になったかな。仕方ないよ。忙しかったもん。
「桜さん。ちょっと来てください。」
紙ナプキンの補充をしていたら、葵さんに呼ばれた。
「はい。」
すると彼に見せてもらったモノは、お客さんからいただいたプレゼントのケーキのようだった。チョコレートのケーキだ。
「食べませんか。」
「いいんですか?」
「私一人では厳しいですよ。手作りのようですし、それに「みなさんで食べてください」と言われてます。コーヒーを入れましょうか。」
そう言って彼はコーヒーの準備を始める。その間、私は紙ナプキンの補充を終え、バックヤードに荷物を取りに行った。そして、コーヒーを入れている葵さんに、紙袋を渡す。
「クリスマスですから。」
「いいんですか?」
「えぇ。お世話になった人にみんなにあげてますし。」
嘘をついた。用意しているのは三つだけだから。
「ではありがたくいただきましょう。」
それを渡すと、私はそのケーキを取り出した。そしてワンカット分切り分ける。
「それでも多いですね。明日の分もありそうです。」
「持って帰りますか?」
「大丈夫ですよ。柊は甘いモノが苦手で。」
「いいえ。茅にですよ。」
その答えに私は手を止めた。そして葵さんの方を向く。
「何で茅さんなんですか?」
「お世話になったとさっき言ってましたから、きっと茅にも今日会うのではないかと思ったんです。」
「お世話にはなりましたし、今度からお世話になります。だけど、今夜会うかどうかはわかりませんよ。それに会うのは柊です。」
「今夜、彼は帰ってくるかわかりませんよ。町の方では大きなDJイベントをしています。彼のことですから、きっといろんな人と付き合うのではないのですか。」
「……どうでしょうね。彼には彼の世界もありますし。」
「それに……今日、百合が帰ってきます。」
その言葉には思わず手を止めた。
「彼はそれを知っているのでしょうかね。」
百合さんが帰ってきたのは秋口だった。そのときから柊さんは百合さんのことを一言も発していない。まるで会っていなかったかのように話す。何事もなかったかのように。
「どうでしょうか。」
そう言うと、私はそのケーキをさらに移し替えた。そしてコーヒーをカップに入れた葵さんはカウンターにそれを置くのを見て、私もそのケーキをカウンターにおく。
二人で並んでコーヒーを飲んだ。
「去年ほどではありませんが、いいコーヒー豆を入れてみました。」
「美味しいです。」
「そう。良かった。それはあなたが三日前に焙煎した豆ですよ。」
「え?」
「母の技術をよく身につけてますね。良かった。」
その言葉がとても上辺だけに聞こえた。だからそっとその言葉を聞き流す。
ケーキは甘かった。だからコーヒーとよく合う。
「チョコレートとコーヒーってよく合いますね。」
「えぇ。だからカフェモカと言うモノがあるんですよ。私はあまり好きじゃありませんが。」
葵さんが苦手だとか言ってるのを聞いたのは、柊さんを嫌いだと言ったとき以来だろうか。
「桜さん。一つ聞いていいですか。」
「何ですか。」
「茅と何かありましたか。」
その言葉に私はつい言葉を詰まらせた。
「何かって、何が?」
「迫られていたりしませんか。と言うことです。」
「いいえ。だいたい、茅さんが私なんかを相手にしませんよ。子供だし……それに、上司になる人ですから。それくらいの常識は……。」
笑顔だ。でもその目の奥が真実をみようとしてる。それが怖い。
「ありませんよ。あいつは。確かに人妻ばかり狙っていたのは椿の頃。だが、本来はそんなヤツではありません。あいつは……百合に恋をしていましたからね。」
「百合さんに?」
「えぇ。だから柊のことを嫌いだと言っていたはずです。彼の元から離してしまった柊のことをね。」
「……。」
「茅は、あなたに百合を重ねている。おそらく柊以上に。だから必要以上にあなたを側に置いておきたいと思って、就職のことも無理をしながら手を尽くしたんです。」
「……全ては百合さんの?」
「だと思います。と言うか、そう見えます。」
私に近づいたのは百合さんを重ねていたから?あの「好き」は私ではなく百合さんに向けられていた?
でもそうなら……何だというの?私は茅さんを好きじゃない。好きなのは柊さん。なのに何で手がこんなに震えるの?
「何かあったんですね。」
「何もありませんよ。」
「正直に言って。私は柊のように幻滅したりしません。あなたのことが……。」
「やめてください。」
その続きは言わせなかった。伸ばしてきた手を振り払い、首を横に振る。
「寝ました?」
「いいえ。何もされてません。何も……。」
そのとき、店のドアが開いた。鍵をしていなかったらしい。やってきたのは茅さんだった。
「茅。」
葵さんが立ち上がる。すると茅さんはいきなり葵さんの胸ぐらをつかんできた。
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