夜の声

神崎

文字の大きさ
291 / 355
二年目

291

しおりを挟む
 十六時になり、私は店を「close」にした。そしてカーテンを閉めていると、店に誰か入ってくる。
「終わりか?」
 その人は柊さんだった。その姿に私は思わずほほえむ。
「柊。」
 するとカウンターの向こうにいる葵さんが、微笑みながら迎えてくれた。
「えぇ。もう今日は閉めてしまいました。もうお客様もいらっしゃいませんしね。」
「迎えに来た。」
「そうでしたか。しかし今日はまだ日が高いようですが。」
「ちょっと用事がある。」
 私たちは少し目を合わせると、その空気を察して葵さんは私に声をかける。
「桜さん。今日はもう結構ですよ。後は焙煎して終わりですから。」
「はい。」
 カーテンを閉め終わると私はカウンターへ向かい、そのドアを開けてバックヤードへ向かう。そして着替えをした。ジャンパーを着て出て行こうとすると、葵さんと柊さんの声が聞こえた。
「そうですか。胡桃さんの本当の恋人と……。
「俺はたぶん会ったことがある奴だと思う。あまり覚えていないが。」
「椿に随分長くいた人です。最近、縁を切ったそうですよ。」
「……まぁ、あまり長くいるところでもない。そのままヤクザになればそれでいいと思うが……ほとんどの奴がそれを望んでいないだろう?」
「えぇ。しかしあなたは蓬のお気に入りだった。今でも画策してますよ。あなたをどうやったらこっちの世界に戻せるかと。」
「俺はもう戻らんよ。」
「しかし……私も思いますよ。」
「ヤクザの世界の方が合っていると言いたいのか?」
「いいえ。まぁ、傍目から見れば合っているとは思いますが、あなたの気持ちがそうではないのでしょう。しかし今のように庭いじりをしたり、ゴミ捨てをするのもあなたらしくないとは思いますよ。」
 その言葉に私の手がドアノブからはずれた。
 確かに今の仕事は生活のためにしていることだ。好きでしている事じゃないのはわかっている。だけど私は柊さんがなにをしたいのか、全く知らないのだ。
「資格は持っているから、食いっぱぐれは無いだろうと思っただけだ。それに今からは職に文句は言えない。」
「……桜さんなら、養うような人じゃありませんよ。一人ででも食べていけます。コーヒーでね。」
「……。」
「私がそうしたんですから。彼女なら、一人で生きていけると思ってね。」
「まるで、一人で生きていけと言っているようだな。」
「そんなことはありませんよ。あなたとこんなに続いているのが、私の予想外でしたから。」
 私はドアノブを握ると、それを引いた。
「お待たせしました。」
「あぁ。行こうか。」
 灰皿に煙草を消すと、彼は立ち上がった。
「その革ジャンも懐かしいですね。」
「そうだな。」
 冬になると良く来ている革ジャンだった。とてもなめらかでまるで皮膚のような手触りの黒い革ジャン。そして色あせたジーパン。
 あまりファッションは気にならないらしくて、時代を選ばないものがいいと言っていたのを思い出す。
 「窓」を出て、私は携帯電話をみる。すると母さんからのメッセージが一件あった。「コンビニでビールを買ってきて」と。まるで柊さんがいることを知っているかのようだと思う。
「ビールを買ってきてほしいんですって。」
「六本セットとかでいいのか。銘柄は?」
「うちはいつも決まったものしかないから。見ればわかるわ。」
 そう言うと彼は私の手を握ってきた。まだ明るい表通りで、彼がそんなことをするのはあまりない。
「柊。」
「多少浮かれているようだ。」
「どうして?」
「お母さんが俺も連れてきてほしいと行っているのを聞いてな。フフ。何だか少し実感が湧いてきたようだ。」
「そうね。」
 確かにそうだ。母さんが恋人を私の前に連れてきたいと言いだしたのも珍しいと思ったけれど、柊さんも連れてきてほしいというのも珍しいと思った。
 ふとコンビニが目に留まり、私たちはその中に入っていった。アルコールのコーナーへ行き、よく見たことのある銘柄を指さすと彼はその六缶セットを手にしてレジへ向かう。
 その間私は棚にある雑誌を見ていた。すると誰か入ってきたように、ひんやりとした空気が身を包んだ。
「桜さん?」
 聞き覚えのある声だった。私はそこを見ると、そこには竹彦の姿があった。
「竹彦君。」
「久しぶりだね。」
 金色の髪は、少し銀色がかっているように見えた。きらきらと光り、綺麗だと思う。
「仕事終わり?」
「えぇ。こんなところで会うとは思わなかったわ。」
「正月だからね。明日はそういうわけにはいかないけど、今日くらいは家族に会った方がいいんじゃないかってね。」
「会った方がいいって?どう言うこと?」
「今はちょっと離れててね。この町ではあるけれど、家には帰っていないんだ。」
「……そう。」
 彼には聞きたいことが沢山ある。だけど時間はない。もう柊さんのレジは終わってしまうのだから。
「桜さん。」
「何?」
「今夜。楽しみだね。」
「え?」
「久しぶりに「虹」へ行ってみようと思うんだ。」
「あら、そうなの。やだな。」
「どうして?」
「私も仮装するのよ。あなたの方が綺麗に決まってるわ。」
 すると彼はくしゃっと顔を歪ませて笑った。懐かしい笑い方だった。
「いくら男が女の真似をしても、しょせんは作り物だよ。君の方が勝ってるに決まってるから。」
「そうかしら。」
 するとレジを終わらせた柊さんが、こちらに向かってくる。
「桜。」
「あぁ。ごめんなさい。立ち話してしまって。」
「いい。お前は……。」
「お久しぶりです。」
「……まだ辞めてないんだな。」
 呆れたように柊さんは、その派手な髪を見ていた。
「えぇ。僕の性趣向は、この世界に合っていると言われましたよ。」
「怖い奴だ。」
 柊さんは少し笑い、私を手招きした。
「桜さん。また後で。」
「えぇ。会えたら会いましょう。」
 そういって私たちはコンビニを出る。片手にビールを。そして片手は私の手を握った柊さんは、少しうつむいて私に言う。
「どんどん不気味になるな。あいつは。」
「竹彦君?」
「あぁ。もしかしたら、もう菊音の手には負えてないんじゃないのかもしれない。一年もたっていないのに……。」
 竹彦の狙いは、柊さんや葵さんたちと同じ目線でいたいという願いだけだった。それだけのために「椿」に入った。そして彼らと同等の目線に立ち、私を振り向かせたいらしい。
 そんな日は来ない。そう宣言したのに、彼はそれを止めようともしない。
 私は繋がれているてをぎゅっと握った。どうか、離さないでほしいと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...