夜の声

神崎

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二年目

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 一度じゃなく、二度あったことだ。茅さんも葵さんと同じ、隙があれば柊さんから私を奪おうとしているのは知っている。だから彼を頼るのは筋違いだったのだ。
 のこのこ彼の部屋に行って、逃げ帰ったと思ったら追いかけてきて、ヤらせろって言うに決まってる。だって彼もまた柊さんから私を取りたいのだから。
「……また電話するか?」
「しない。」
 彼は少し笑い、私をベッドに寝かせた。そして上着を脱がせる。
 くる。
 きっと私はまた乱れるんだ。柊さんとは違うこの体に、高く喘いでしまう。せめて目をつぶろう。そうすれば柊さんと思えないこともないかもしれない。
 唇に柔らかくて温かいものが重なった。それは一瞬。
 そして私の頭に温かい手が撫でてきた。
「今日はこれくらいで勘弁してヤるよ。」
 茅さんはその狭いベッドで、私の横に寝ころんだ。
「……何で?」
「してほしいのか?」
「いいえ。何もしてほしくはないけど。」
「今、何かすれば、蓬と変わんねぇよ。さすがにレイプされそうだったのに、今日何かするほど鬼畜でもねぇし。」
「さっきまでしそうだったわ。」
「……したかったけど……まともにあれだけ柊と話が出来てれば、これからチャンスはいくらでもあると思って。」
「春になれば無いわ。」
「じゃあ、それまで一回くらいヤっとくか。」
「しない。」
「じゃあ、せめてお前が寝るまで居といてやるよ。」
 柊さんと違う匂いがした。柊さんほど落ち着かない。だけど温かかった。
 正直、居てくれて良かったのかもしれない。
 昼の出来事は正直怖かったし、しばらくよく眠れないかもしれないと思ったから。
 それを茅さんに言うことは絶対ないけど。

 朝起きると、茅さんではなく柊さんが眠っていた。私を抱きしめるように眠っていた彼は、外から直接ここに来たような格好をしていた。いつもだったらシャワーか何かを浴びて、スウェットのままでここに来るのに。
 急いできたのかもしれない。疲れているだろうに、こんな狭いところに寝かせてしまって申し訳ないと思う。
「桜……。」
 彼はまだ寝ぼけているのか、私をぎゅっと抱きしめた。そしてしばらくすると、彼が目を開ける。
「おはよう。」
「おはよう。もう起きる時間?」
 時計をちらりと見て、彼はため息をついた。
「そうだな。そのまま来たし、シャワーでも浴びて行かなきゃな。」
「無理してこなくても……。」
「茅から急かされた。」
「……茅さんから?」
「あぁ。蓬からあんな事をされた後に、何で一人にしておくんだ。守れねぇなら、俺が取ると啖呵を切ってきた。あいつにしては珍しいがな。」
「そうなの?」
 そういえば兄弟のように柊さんについてきていた茅さんだ。そんなことを言うのが珍しかったのだろう。
「……それにお前が敏感になっているようだから、隣で寝ておいてヤる。手を出したら悪いな。とか何とか言ってきた。だから急いで帰った。」
「無理したんじゃないの?」
「情報は、菊音が逃げない限り聞ける。お前の方が大切だから。」
「……ねぇ。柊。」
「何だ。」
「母さんにも言わないといけないけど、しばらくあなたの部屋に行っててもいいかしら。」
「そのつもりだっただろう?でも母さんから反対されたから、保留にしておいたのに。」
 確かに年が明けたら、一緒にいようと言ってくれたのだが母さんが反対したのだ。結婚するのはかまわないが、それからずっと一緒にいれるのだからそれまでここにいて欲しいと母さんが言ってきたのだ。
「だけど……夜はやっぱり一人だし、怖いことがあるかもしれないから……。」
「茅が不安か?何かあったらすぐ駆けつけられる距離にはあるが、あいつが襲う可能性がないわけじゃないしな。」
「……うん。それに……夕べ変な電話があって……ちょっと怖い目を見たから。」
「そうか。守ってやれなかったのは、悪かったな。」
「ううん。自分で何とか出来ることだった。駄目ね。茅さんやあなたに甘えてしまって。」
「俺には甘えていい。茅には甘えるな。あいつには下心があるから。」
「そうね。」
 黒いシャツに私は身を寄せると、彼の大きな手が頭を撫でてくれた。それだけで幸せになれる。

 コーヒーを淹れていると、母さんが起きてきた。
 もうお昼近い時間だった。これから数時間して彼女はまた仕事へ行くのだから、大変な仕事だと思う。
「最近は忙しいの?」
「新年会とかがあるみたいね。その二次会とかでくる人が多くてさ。気楽なもんね。」
 コーヒーを二つ淹れて、私は母さんにも手渡した。
「ありがと。」
「母さん。この間……。」
「あー。何もいわなくても知ってるわ。夕べ蓬さんが来たのよ。あたしの娘になんて事をするのって、はたいてやったわ。」
 なんか……すごいな。ヤクザを殴れるって。
「でもあの人が直接手を出すなんて珍しいわね。あんた、よっぽど気に入られているのかしら。」
「やだよ。」
「まぁね。あたしも彼氏以外とはもう寝たくないなぁ。こういう商売やってると、そう言うわけにもいかないけど。」
 コーヒーを飲んで、彼女はため息をついた。
「でも怖いんじゃないの?ここに夜一人で居るのって。誰か呼ぶ?茅とか。」
「やめてよ。」
「じゃあ、どうすんの?」
「……柊の所にいく。」
「柊さん所?駄目よ。あそこのアパート柄悪いんだから。柊さんが来てくれるならいいけど。」
「でも……あの場所は限られた人しか知らないの。だからかえって安全だと思う。」
 彼女はコーヒーのカップをおくと、煙草に火をつけた。
「駄目。」
「どうして?」
「親心から。学校を卒業するまでは、目の届くとこに置いておきたいの。バイト終わったら茅の所にいけばいい。それから柊さんが迎えに来てくれるならあのアパートに行ってもいいわ。」
「やだ。」
「駄目。あのアパートに絶対一人でなんて絶対行かせられないからね。守ってくれる人がいないところで、何があるかわからないわよ。」
「何もないよ。」
「絶対何もない。なんて絶対ないわ。少しは懲りなさいよ。バカ娘。」
 私の強情さは、母さん譲りなのだろうか。母さんは意地になったように、ガンとして一人で柊さんのアパートに行かせられないと言い切ってしまった。
 私からいつも折れてたから、喧嘩らしい喧嘩をしたことはなかったけど今回のは、どうも駄目なようだ。どうにもなりそうにない。
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