遠くて近い 近くて遠い

神崎

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咲耶 の 正体

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「人の家で何をしている。」
 低く冷たい声。それは聞き覚えのある声だった。そして目の前にいる竜彦さんの動きが止まる。彼の頬に銀色に光るモノが押し当てられていたから。
 少し驚いたような表情になったが、すぐに表情は元に戻った。
「自分の奥さんも守れない、つまらない夫が登場ってわけだ。」
 彼は私から体を避けると、その後を振り向いた。私もやっと体勢を戻すことが出来た。
 彼を見下ろしている冷たい視線。それは桐彦さんだった。
「人間の犬め。たっぷりと吐き出させてやる。」
「俺は何も知らない。」
「いつまでそう言っていられるか、楽しみだ。」
 桐彦さんはそう言って後に視線を送る。すると数人のやくざの下っ端みたいな男たちが竜彦さんを取り囲むと、連れて行ってしまった。
「……予定とは少々違ったが、竜彦を捕らえることが出来た。」
 座り込んでいる私に視線を合わせ、彼も座り込んだ。
「やはりお前はいい餌になる。それに……そうしていると前に戻ったようだ。」
 そう言って彼は私に手を伸ばした。本当だったらその手をふりほどきたい。だけどそう言うわけにはいかない。まだ夫婦なのだから。
 しかし彼はその手を止める。そして私をのぞき込んだ。
「なぜ抵抗しない。」
「まだあなたは私を妻だと言っているわ。私が不貞をしても。」
「不貞?好きな男でも出来たのか。」
「えぇ。」
 その相手はだいたいわかっているはずだ。だけどその名を言わせたいのか、私に聞いてくる。
「誰だ。」
「……弟。と言っていたわね。」
 すると彼の顔色が変わる。そして私の頬に手を振りかざした。しかしそれは振り下ろされることはなかった。
「誰でもかまわない。お前が好きになる奴など、誰でもいい。朝彦だってかまわない。だが……息吹だけはだめだ。」
 手をそのまま私の後頭に回される。そして彼は私の唇にキスをし始めた。相変わらず勘違いをさせられるようなキスだ。
 煙草の匂い。そして香水。別の生き物のようにうごめく舌。だけど息吹じゃないのだ。彼は息吹じゃない。
「……。」
 唇を離したあと、私は下を向いてしまった。気持ちは彼に向いていないのに、体が反応してしまう状況がイヤだった。
「……どこがいい。奴の、どこがいいんだ。いわば姉弟だろう。」
「血なんか繋がっていないわ。」
「しかしお前のデータでできた男だ。奴にそんな気持ちが沸いてくるようなことはしていない。奴もお前を弄んでいるか、力を付けるための道具にしか思っていないはずだ。」
「……そんなことはない。息吹は……。」
 今朝言われたばかりだ。お互いに気持ちを伝えあった。好きだと。
「……気持ちがないのは、あなたも同じでしょう。」
「……。」
「あなたも……私を食料としか見ていないわ。でも彼と一緒にいると、懐かしい気持ちになるの。前にもこんなことがあったような気がして……。」
 すると彼は私の唇に再びキスをした。その間、彼は私のシャツの下から手を入れて来る。
「いやっ!」
 彼を押し退けると、その彼の目が冷たくぞっとさせるような雰囲気を持っていて、おもわず逃げようと出口をみた。
「記憶は戻ってなくても、奴に惹かれるのか。仕方ない。また記憶を封印するしかないな。」
 そのとき、私が見ていた扉が開き、そこには息吹がいた。
「息吹!」
 すると彼は手で剣を作り出すと、その剣を桐彦さんの喉元に突き立てた。
「何の真似だ。」
「思い出した。あんたにサクヤを取られたのをな。」
「……。」
「あんたを殺してでも、手に入れる。」
 一触即発。どちらかが動けば、確実に戦闘になる。ここは血の海になるかもしれない。
 桐彦さんの左の手が光った。まずい。仕掛ける気だ。
 私はそのまま息吹の手を握り、部屋の外に出た。
「六花!」
 廊下に響きわたる桐彦さんの声。
 エレベーターが止まっている。誰かが乗っているらしい。脇にある非常階段に通じる扉を開けて、階段を下っていく。しかしすぐに桐彦さんの下っ端が追いかけてきそうだった。
「六花。」
 手を引かれている息吹が、私を抱き抱えた。そして口の中でごにょごにょと何やら呟いた。
 そのとき目の前が光に包まれる。

 再び視界が開けたとき、そこは今朝私たちがいた港だった。人通りが少なくて助かった。
「……ここか。」
 息吹は私を下ろすと、周りを見ていた。もう夕方近い時間だ。
「どうしてここに?」
「さぁ。俺でもわからない。」
 どうやら「逃げる」という力はあるようだが、どこに行くのかは彼でもわからないらしい。戦闘用に作られたという彼は、「逃げる」というのは最終手段であり、未完成でもかまわないということだろう。
「しばらくはここにいた方がいいかもしれない。ここは朝彦も桐彦も知らない場所だ。」
「そうね。」
 しかし明日から私は仕事だ。ずっといるわけにはいかないだろう。
「夜になれば動けるかしら。」
「夜の方が本当はまずいんだが……。」
 確かに魔物は夜の方が活発になる。もっとも人工的に作られた彼にそれが通じるのかはわからないが。
 風が朝よりは弱くなったようだ。だけど冷たいことには変わらない。
「どこかお茶でもできるところはないかしら。寒いわね。」
「六花。」
 すると彼は私の側に駆け寄り、そして肩を抱く。
「……やっと会えた。咲耶。」
 そのとき私はすべてを思い出した。
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