恋愛模様

神崎

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Boy's Style

また春が来る

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 9 いつか告白を
 プレゼントの手袋を紙袋から取りだして、ずっと通学バックの中に入れて過ごす日々が続いた。僕はその行く宛のないプレゼントが君の元に届くようにとずっと願っていたんだけど、君は相変わらず他人と関わらないように過ごしていたように見える。
 そして二学期の終わり。僕たちの関係を決定づける出来事があった。
 終業式が終わって、担任の教師に僕と君が呼ばれた。職員室の中には、教師の他に進学を希望する先輩たちがいて、少し居心地が悪かった。それでも隣にいる君は、平然としているように見える。
 担任から言われたのは、二年生から特進クラスに入らないかという誘いだった。おそらく特進クラスへ行けば、もっといい大学へ行くことができるという担任の希望だった。
 その誘いに僕は夏休みのことを思いだした。特進クラスは生徒の数が少ない。人クラス四十人近くいる今のクラスよりも、きっと君との距離が近くなる。それは降って沸いたような提案だった。しかし君は、ぽつりとつぶやいた。
「この学校にずっといるわけじゃないですから。」
 その言葉に僕は驚いて君を見た。君は僕の視線を無視して、担任の方をじっと見ていた。するとその年老いた担任は、ため息を付いて君の希望が書いた紙をみる。
「あぁ、君は二年生は編入するといっていたね。」
「はい。」
 編入?そんな話は初めて聞いた。
「その手続きは済みそうなのか。」
「語学を勉強して、秋にはアメリカに。」
 アメリカ?そんなところへ行くのか。
「全く惜しいものだ。君のような優秀な人を手放すなんてね。」

 国内に編入するというのではなく、国外だという話。それもアメリカというこの国から遠く離れた国へ行くということ。
 今まで手に触れられそうなくらい近くにいたのに、君はいつもの表情に戻って教室へ向かっている。その後ろを惨めな僕が歩いていく。
 教室までの道のりを僕は話しかけることも、引き留めることもできないのだ。
 ドアを開けると、教室には誰もいなかった。夕方の光だけが教室の中を照らしていて、ますます君を綺麗にしている。スクール用のコートと白いマフラーを身につけた君。不意に僕に話しかけられた。
「秋本君。」
 話しかけられるとは思っていなかった僕は驚きが半分。うれしさが半分のとても微妙な表情をしていたに違いない。
「何?」
 声が震えていた。君は通学バックを持ったまま、僕の方を見ている。それだけで飛び上がるほど嬉しい。それでも僕は佐久間のように嬉しいときは嬉しいと表情に出すことはできなかった。そんなに器用じゃないのだ。
「編入の話、みんなにしないで。」
「みんな?」
「クラスの人とか。秋本君。仲良さそうだし。」
 君には僕が君のことをべらべらしゃべる男に見えたのだろうか。そんなことをするものか。僕は君のことを僕だけのものにしたいと思っていたのに。
 むしろ編入のことはショックだったかもしれない。だけど、たぶん誰も知らないことを僕だけが知ったのだ。それだけが唯一優越感に浸れた。
「言わないよ。」
「良かった。」
 君は少しほっとした表情になり、教室を出ていこうとした。その後ろ姿に、僕は少し勇気を出した。
「編入して、外国へ行ったら彼氏と会えなくなるんじゃないのか。」
 君はその言葉に驚いたように僕を見た。そして恥ずかしそうに僕に言う。
「そんな人いないわ。いたら編入も考えるでしょうけど。」
「……でも……。」
「誰かと勘違いしているわ。私が男の人と一緒にいたところでも見たの?」
「あぁ。」
 予想と反している言葉だったのだろう。さらに驚いたように、大きな目を見開いて僕を見ていた。
「いつ?」
「夏。花火大会の時。君は浴衣を着てた。隣には男の人がいたね。それで彼氏がいるんだと思った。」
 あのときのことはあまり思い出したくなかった。屈辱的だったし、ショックでどうやって家まで帰ったのかもわからなかったから。
「……そんなところを見られてたなんて……。だから地元の花火大会行きたくなかったのに。」
「狭い町だ。もっとも人混みは酷かったけど。」
 それからもう一度、その男と君を見ているのだけど、それを言うと僕が君のためにプレゼントを買っていたことを言うことになると思って黙っていた。
「秋本君も、彼女がいるでしょう?」
「僕が?」
 君からそんな言葉を聞くなんて心外だった。どこで?だれといたところを見たんだ。いや。自慢じゃないけど女性とまともに話すこともないのに、そんなことできるわけがない。
 君に何の誤解をさせているのだろう。
「年末に駅前で見たわ。女の子の店でプレゼントを買っているの。」
「あぁ……あれは……。」
 プレゼントを買っているところを君に見られていたのだ。もっとも君もあのとき他の男と一緒にいたのを僕も見ているのだけど。
 でも真実を言えるわけがない。君へのプレゼントをまだ鞄の中に押し込めているなんて未練がましいことをしているなんてことを、君に言えるわけがない。
「僕は……。」
「いいの。何も言わなくて。もう私は春にはいないのだから。」
 あきらめてほしい。そう言われているようだった。
 そんな。あきらめられるわけがない。僕は教室を出ていこうとする君をまた呼び止めてしまった。
「安西さん。」
 僕はその通学鞄の中から、一つの包みをとりだした。そして君にそれを差し出した。君は驚いて僕を見ていたが、その視線に耐えられなくて、僕はつい目を逸らしてしまう。
「何?」
「ずっと渡したかったんだ。」
 ずっと持っていたお陰で包装紙の橋がよれよれだし、時季はずれのクリスマスカラーのラッピングだ。そんなものを君にあげてもいいのだろうか。それでも考える暇はなかった。
「……彼氏に悪いかもしれないけど……。」
 ふっと指先の重さがなくなった。正面を見ると君はそのプレゼントを手に取っていた。
「開けていい?」
「うん。」
 その包装紙を開けると、君は少し笑顔になった。
「可愛い色の手袋ね。ありがとう。私が春に行くところはアメリカでも北の方だから、春が来てもずっと使えると思うわ。」
 プレゼントを渡せた。その安堵感で、僕は幸福だった。しかし君の一言で、その幸福感は一気に冷めた。
「秋本君の手袋も、兄に選んでもらったの。」
「兄?」
「えぇ。見たことがあるのでしょう?花火大会の時に。」
 君はそう言ってその手袋を自分の手にはめた。
 それよりもあのときの男は……。兄?
「兄さんだったの?」
「えぇ。歳が離れているから、もう就職して他の町にいるのだけど、たまに帰ってくるの。」
「仲がいいんだね。」
 その一言しか言えなかった。僕はずっと誤解をしていたのだ。あの男が君の彼氏だと思っていたことを。
 思えば僕は君の外見しか知らなかった。ずっと目で追って、ずっと見ていた。だけど君のことは何も知らなかった。だから僕はこんな誤解をずっとしていて、もしかしたら君が編入するまで誤解したままだったのかもしれない。
「男の人のプレゼントなんて初めて。嬉しい。」
「悩んだよ。僕も女性への贈り物なんて初めてだったから。」
「え?あのとき選んでいたの……これ?」
 多分僕の顔もずっと赤くなっていた。燃えるように熱かったから。
「彼女じゃなかったの。」
「……。」
「お互い誤解してたわね。」
「何も知らなかったから。仕方ないよ。」

 二ヶ月後。
 君は他のクラスの人たちに何も告げずに、アメリカへ旅立った。あっちには、君の本当の父がいてそこで生活をするらしい。
 また春が来て、僕は普通科クラスから特進クラスへ入ることになった。その選択は必死に勉強をしないと付いていけないくらいハードなものだった。
 しかし僕はそこについて行く。
 君には言わなかったけれど、僕は君を追いかけてアメリカへ行きたいと思っているんだ。もし君と再び再会できたら、そのときはあのときの教室の中で言えなかったことを言うと決めている。
「君が好きだ。」と。
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