8 / 10
Girl's Style
秋
しおりを挟む
5 実行委員
夏休みが終わると、いつもの日常に戻る。兄さんはそのころからずいぶん忙しくなって、こちらの家には連絡をよこすこともなくなっていた。母さんの手前、寂しいと口には出さないけど、やはり寂しい。
夜電気を消して、そっと机の引き出しから取り出すのはあの花火の時にもらった銀色の指輪だった。そっと左手の薬指にはめて、兄さんを思いだしている。世間的には変なのかもしれない。だけどその手の温もりを時々そっと思い出すこともあった。
ある日の学校でのことだった。文化祭が今度あるということで、責任者を決める話し合いをしている。責任者はクラスの男子と女子一人ずつを選出するらしい。
当初は立候補を募っていたが、みんな塾や部活に忙しいらしい。当然だろう。そんな面倒なことをみんなしたくないのかもしれない。埒のあかない話し合いは永遠に続くように感じる。もういい。私はうんざりして手を挙げた。
「私、文化の部の責任者します。」
一気に私に注目が集まった。もうじゃんけんでいいじゃないかといっていた矢先のことだったから、みんなが驚いてこちらを見ている。目立つことはしたくなかったけど、じゃんけんで嫌々するよりはましだ。
私の名前が黒板に書かれ、後は男子だけだった。男子がみんなで集まり話し合いをしていた結果、一人の男子の名前が書かれた。
その人は顔立ちの整った浅黒い肌の男子だった。背が高く、色を白くしたら兄さんにどことなく似た人でおどろいた。こんな人がクラスにいたのかと。
「よろしく。安西さん。」
「よろしくお願いします。佐久間君。」
二人が決まると後は一気に決まる。大体そんなモノなのだ。
それから佐久間君は、良く私に話しかけてくるようになった。文化祭の実行委員会のことや、出し物の話し合い、予算、そんな打ち合わせが多いのだ。
そのたびに佐久間君は私の前の席に座り、話しかけてくる。その距離が近くて正直うんざりしていた。外国でもこんなに近くはないだろうに。
その日も実行委員会の集まりがあり、私はその前にトイレに行こうとしていた、そのときだった。二人組の女子が私の行く先を遮る。
「ちょっと安西さん。」
ずいぶん怒っているようだった。怒られるようなことをした覚えはないのだけど。
「佐久間君に近づかないでよ。佐久間君には樹理って彼女がいるんだから。」
隣の子が樹理という女子らしい。顔に見覚えはない。おそらく違うクラスなのだろう。
「じゃあ……代わってくれる?実行委員。」
「は?何であたしがそんな面倒くさいことを?」
少しため息を付いて私は、その二人に言った。
「面倒くさいわ。こんなこと。でも誰もしなかったからやっているだけ。やってくれるならありがたいんだけど。」
ムキになるつもりはなかったけど、売られた喧嘩は買っておくのが礼儀だって兄さんが言っていた。そういう国なんだろう。
トイレに足を伸ばした後、後ろで二人組の女子が何かギャーギャー言っていたみたいだけど無視した。もう関わらない方がいいかもしれない。あの女子にも佐久間君にも。
6 涙
次の日が文化祭という日。教室に暗室に使うカーテンを引き、机や椅子で固め、段ボールで覆った壁を迷路のようにした。後は、お化け役が明日スタンバイするだけだ。
お化け役はみんなでする。交代しながらするのだ。私も白い着物を着て、白い白粉をふるのだ。これが多分この国のお化けのイメージなのだろう。
タイムスケジュールを確認したあと、私と佐久間君は最後に教室を後にした。佐久間君はこの後部活にも顔を出さないといけないらしい。もう日も落ち掛けているのにご苦労なことだ。
そして家に帰り着く。するとそこには男物の靴と、母のモノではない女性用の白いヒールの靴があった。誰?いったい誰が来ているの?
リビングのドアを開けると、ソファに座っていたのは、母さん、そして私を背にしているのは兄さんと横にいたのは黒髪ショートカットの背の小さな女性だった。
「お帰り。」
女性は私を見て微笑み、一礼する。
「馨ちゃんね?初めまして。私は市ヶ谷文佳。」
「……。」
訳が分からないまま、私は兄さんの方を見上げた。すると兄さんは笑いながら、私に文佳さんと手を握らせる。
「姉さんになるんだからな。」
「……姉さん?」
兄さんは結婚する。この市ヶ谷文佳という人と。すでに一緒に住んでいて、お腹には三ヶ月になる子供がいるのだという。
「この歳でお婆さんなんてね。」
母さんは呆れたように見ていたが、まんざらでもなさそうだった。戸惑っていたのは私だけだった気がする。
なにを言っていいの?なにを言えば正解なの?どんな表情をすればいいの?頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。それでもいい子の私が顔をのぞかせる。
「おめでとう。兄さん。」
口では言える。表情だけだった。頑張って。私。笑顔になるの。結婚式で他の女にキスをする兄さんをみないといけないのに。こんなことで耐えられなくてどうするの。
「本当におめでとう。」
だけど耐えられなかった。顔を上げた時私の目の端から一筋、涙が出ていたから。
どんなにショックなことがあっても明日は来る。文化祭なのだ。一ヶ月前からこつこつとやってきたことだし、実行委員なのだ。ショックなことがあったから休むって言うわけにもいかない。
「文化祭が明日なの?良いわね。外部の人は見に行けるの?」
文佳さんは屈託無く私にそう言ってきた。外部の人は見に来れるけれど、醜いお化けの格好をした私なんかを見てほしくなかった。
白い着物を着て、臭い化粧を施された私だったが、女子たちは似合う似合うと大騒ぎだった。お化けが似合うと言われても困るんだけどな。
その格好のまま、文化祭開演前私は教室の装置のチェックをしていた。積み重ねた机が崩れるようなことがあれば問題だからだ。
そのときだった。
「お前の血を吸ってやる!」
黒いバンパイヤの格好をした男子がいきなり、私の前を立ちふさがったのだ。
「きゃあ!」
思わず叫び、しゃがみ込んだ。その私の声をみんなが聞いて教室の明かりがパッとつく。
「どうしたんだ。あ、安西さん。大丈夫?」
「どうしたの?」
目立ちたくなかったのに、そんなことでみんなが寄ってくるのが嫌で、涙が出てきた。
でも何も知らないクラスの人たちは、わらわらとクラスの人が集まってきた。そのクラスの人たちの中にいる佐久間君が、私を外に連れだしてくれた。泣くほど強かったのだろうと、誤解していたようだった。脅かした本人は、驚いて立ち尽くしていただけだったけど。
驚かせてしまった秋本君には悪いことをしてしまった。
泣いたのは、あなたに驚いたわけではないのよ。ごめんなさい。
夏休みが終わると、いつもの日常に戻る。兄さんはそのころからずいぶん忙しくなって、こちらの家には連絡をよこすこともなくなっていた。母さんの手前、寂しいと口には出さないけど、やはり寂しい。
夜電気を消して、そっと机の引き出しから取り出すのはあの花火の時にもらった銀色の指輪だった。そっと左手の薬指にはめて、兄さんを思いだしている。世間的には変なのかもしれない。だけどその手の温もりを時々そっと思い出すこともあった。
ある日の学校でのことだった。文化祭が今度あるということで、責任者を決める話し合いをしている。責任者はクラスの男子と女子一人ずつを選出するらしい。
当初は立候補を募っていたが、みんな塾や部活に忙しいらしい。当然だろう。そんな面倒なことをみんなしたくないのかもしれない。埒のあかない話し合いは永遠に続くように感じる。もういい。私はうんざりして手を挙げた。
「私、文化の部の責任者します。」
一気に私に注目が集まった。もうじゃんけんでいいじゃないかといっていた矢先のことだったから、みんなが驚いてこちらを見ている。目立つことはしたくなかったけど、じゃんけんで嫌々するよりはましだ。
私の名前が黒板に書かれ、後は男子だけだった。男子がみんなで集まり話し合いをしていた結果、一人の男子の名前が書かれた。
その人は顔立ちの整った浅黒い肌の男子だった。背が高く、色を白くしたら兄さんにどことなく似た人でおどろいた。こんな人がクラスにいたのかと。
「よろしく。安西さん。」
「よろしくお願いします。佐久間君。」
二人が決まると後は一気に決まる。大体そんなモノなのだ。
それから佐久間君は、良く私に話しかけてくるようになった。文化祭の実行委員会のことや、出し物の話し合い、予算、そんな打ち合わせが多いのだ。
そのたびに佐久間君は私の前の席に座り、話しかけてくる。その距離が近くて正直うんざりしていた。外国でもこんなに近くはないだろうに。
その日も実行委員会の集まりがあり、私はその前にトイレに行こうとしていた、そのときだった。二人組の女子が私の行く先を遮る。
「ちょっと安西さん。」
ずいぶん怒っているようだった。怒られるようなことをした覚えはないのだけど。
「佐久間君に近づかないでよ。佐久間君には樹理って彼女がいるんだから。」
隣の子が樹理という女子らしい。顔に見覚えはない。おそらく違うクラスなのだろう。
「じゃあ……代わってくれる?実行委員。」
「は?何であたしがそんな面倒くさいことを?」
少しため息を付いて私は、その二人に言った。
「面倒くさいわ。こんなこと。でも誰もしなかったからやっているだけ。やってくれるならありがたいんだけど。」
ムキになるつもりはなかったけど、売られた喧嘩は買っておくのが礼儀だって兄さんが言っていた。そういう国なんだろう。
トイレに足を伸ばした後、後ろで二人組の女子が何かギャーギャー言っていたみたいだけど無視した。もう関わらない方がいいかもしれない。あの女子にも佐久間君にも。
6 涙
次の日が文化祭という日。教室に暗室に使うカーテンを引き、机や椅子で固め、段ボールで覆った壁を迷路のようにした。後は、お化け役が明日スタンバイするだけだ。
お化け役はみんなでする。交代しながらするのだ。私も白い着物を着て、白い白粉をふるのだ。これが多分この国のお化けのイメージなのだろう。
タイムスケジュールを確認したあと、私と佐久間君は最後に教室を後にした。佐久間君はこの後部活にも顔を出さないといけないらしい。もう日も落ち掛けているのにご苦労なことだ。
そして家に帰り着く。するとそこには男物の靴と、母のモノではない女性用の白いヒールの靴があった。誰?いったい誰が来ているの?
リビングのドアを開けると、ソファに座っていたのは、母さん、そして私を背にしているのは兄さんと横にいたのは黒髪ショートカットの背の小さな女性だった。
「お帰り。」
女性は私を見て微笑み、一礼する。
「馨ちゃんね?初めまして。私は市ヶ谷文佳。」
「……。」
訳が分からないまま、私は兄さんの方を見上げた。すると兄さんは笑いながら、私に文佳さんと手を握らせる。
「姉さんになるんだからな。」
「……姉さん?」
兄さんは結婚する。この市ヶ谷文佳という人と。すでに一緒に住んでいて、お腹には三ヶ月になる子供がいるのだという。
「この歳でお婆さんなんてね。」
母さんは呆れたように見ていたが、まんざらでもなさそうだった。戸惑っていたのは私だけだった気がする。
なにを言っていいの?なにを言えば正解なの?どんな表情をすればいいの?頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。それでもいい子の私が顔をのぞかせる。
「おめでとう。兄さん。」
口では言える。表情だけだった。頑張って。私。笑顔になるの。結婚式で他の女にキスをする兄さんをみないといけないのに。こんなことで耐えられなくてどうするの。
「本当におめでとう。」
だけど耐えられなかった。顔を上げた時私の目の端から一筋、涙が出ていたから。
どんなにショックなことがあっても明日は来る。文化祭なのだ。一ヶ月前からこつこつとやってきたことだし、実行委員なのだ。ショックなことがあったから休むって言うわけにもいかない。
「文化祭が明日なの?良いわね。外部の人は見に行けるの?」
文佳さんは屈託無く私にそう言ってきた。外部の人は見に来れるけれど、醜いお化けの格好をした私なんかを見てほしくなかった。
白い着物を着て、臭い化粧を施された私だったが、女子たちは似合う似合うと大騒ぎだった。お化けが似合うと言われても困るんだけどな。
その格好のまま、文化祭開演前私は教室の装置のチェックをしていた。積み重ねた机が崩れるようなことがあれば問題だからだ。
そのときだった。
「お前の血を吸ってやる!」
黒いバンパイヤの格好をした男子がいきなり、私の前を立ちふさがったのだ。
「きゃあ!」
思わず叫び、しゃがみ込んだ。その私の声をみんなが聞いて教室の明かりがパッとつく。
「どうしたんだ。あ、安西さん。大丈夫?」
「どうしたの?」
目立ちたくなかったのに、そんなことでみんなが寄ってくるのが嫌で、涙が出てきた。
でも何も知らないクラスの人たちは、わらわらとクラスの人が集まってきた。そのクラスの人たちの中にいる佐久間君が、私を外に連れだしてくれた。泣くほど強かったのだろうと、誤解していたようだった。脅かした本人は、驚いて立ち尽くしていただけだったけど。
驚かせてしまった秋本君には悪いことをしてしまった。
泣いたのは、あなたに驚いたわけではないのよ。ごめんなさい。
0
あなたにおすすめの小説
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
【完結済】ラーレの初恋
こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた!
死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし!
けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──?
転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。
他サイトにも掲載しております。
エレナは分かっていた
喜楽直人
恋愛
王太子の婚約者候補に選ばれた伯爵令嬢エレナ・ワトーは、届いた夜会の招待状を見てついに幼い恋に終わりを告げる日がきたのだと理解した。
本当は分かっていた。選ばれるのは自分ではないことくらい。エレナだって知っていた。それでも努力することをやめられなかったのだ。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる