守るべきモノ

神崎

文字の大きさ
180 / 384
聖夜

180

しおりを挟む
 一つ目の駅について、降りていく人、また乗ってくる人も沢山いる。二人は体を避けてまた電車が進んでいくのを見ていた。
「一度、妻の所に倫子さんを連れていったことがあるよ。」
「……何で?」
 どうして倫子を連れて行ったのだろう。寝たきりとは言っても、妻の所に愛人を連れていくようなものだ。お互いに良い気分はしないと思う。
「一つは妻は新婚旅行から帰ってきたら、倫子さんの担当になるつもりだったから。あんな文章を書ける人に会いたいと言っていたし。」
 もちろん、それだけではない。だが、泉に理由を告げるほどまだ分かり合えない。
「……奥様のため?」
「そうだね。それから……妻に倫子さんを紹介したかった。初めて好きな人が出来たとね。」
「奥様とは好きで結婚したんじゃないの?」
「……好きだったと思う。だけど、お互いの目的のために結婚したというのが大きかった。」
 良い歳になっていた春樹は、妻が居なければ世間の体裁も良くないと思っていたし、妻は子供が欲しいだけだった。それにお互いの目的も一致した事が大きい。
「目的?」
「……今は言えない。だけど……本気で手に入れたいと思ったのは、倫子さんだけだった。だから奥さんに紹介した。」
 棒に捕まる手を握りなおした。汗をかいているからだ。こんな事を言うつもりはなかったのに。
「セックスの時に言うことは大抵が嘘だと思う。けれど……本性も見えてくると思う。裸になるのは体だけではなく、心も裸になるのだから。」
 その言葉に泉は少しうつむいた。
「伊織の本音が見えない。」
「だから二人にさせるよ。」
「……倫子と二人になりたいだけじゃなくて?」
「それも少しあるけどね。」
 がたんと音を立てる。電車が少し揺れて、思わず春樹の体に体を寄せてしまった。夏になれば半裸でうろうろしていて、体は鍛えているんだと思うくらいだったが、こんなに触れたことはない。がっちりした体が伝わってきた。
「っと……大丈夫?」
「うん。」
 前に伊織と同じ事になったことがある。だがそこに春樹を「男」として意識する要素はなかった。やはり泉が好きなのは、伊織だけなのだろう。

 家に帰ってきて、玄関を見ると見覚えのあるブーツが置いてあった。やはり政近は帰っていなかったのだ。春樹は少しため息を付くと、家の中に上がる。泉はその前に自分の部屋へ行って荷物やジャンパーを置いてきた。
「お帰り。」
 居間には倫子と政近がいる。漫画の後編の打ち合わせをしていたらしく、テーブルにはメモ紙や消しゴムのかすが散らばっていた。
「伊織君は?」
 その場に伊織は居ない。部屋にでも居るのだろう。
「二人が帰るまで仕事をするって言ってたわ。」
「だったら呼びに行こう。ん?何か作ってる?」
「チャウダーとサラダ。」
「そんなモノも作れるんだね。」
 春樹も意外そうに、倫子を見ていた。和食や魚が好きなのだと思っていたので、もしかしたら他に用意をすると言っても煮魚なんかが出てくるのかと思ったのだ。
「和食洋食にこだわらないわ。」
 倫子はそういってメモを片づけ始めた。その隣には政近が居る。このまま食事もして帰ろうと思っているのだろうか。
「田島先生は、帰られますか?」
「こんな時間まで居るんですよ。飯くらい食わせてくださいよ。」
 やはりそうきたかと、春樹は少しため息を付いた。
 そして自分のコートや荷物を部屋に置くついでに、伊織の部屋をのぞく。
「伊織君。」
 声をかけると、伊織はすぐに顔をのぞかせた。
「帰ってきた?泉も一緒?」
「あぁ。チキンを買ってきてくれてたんだね。」
「うん……。温めなおした方がいいね。」
 いつもより元気がない。泉もまた元気がないようだったが、こちらもまた何か抱え込んでいるのだろう。
「田島先生が居たから、ピザが足りるかな。」
「そう思って、この間の魚をフライにしたよ。」
「あぁ。そうか。」
 そして伊織は部屋に戻ろうとした。こちらはこちらでなにを考えているのかわからない。

「お前らカロリー考えてねぇだろ。」
 食卓に並んだのは、ピザやチキン、魚のフライ、そしてケーキ。すべてが高カロリーだ。
「今日くらい良いわよ。明日は雑炊ね。」
 文句を言っている政近に、春樹は少し笑いながら言う。
「食にこだわりがあるんですか。田島先生は。」
「別に。うち、炊飯器もねぇし。」
「それでよく生きていられるな。」
「ほっとけ。今時はパックの飯も悪くねぇんだよ。」
 そう言われて、倫子は少し手を止めた。そうだ。あの日、政近の部屋で食事をしたのは、パックのご飯だった。その上に卵を載せて、卵かけご飯を食べる。何の変哲もないご飯だったのにありがたいと思えたきっかけになったのだ。
 だがそのあとは良くない。思わず流れでセックスをしてしまったが、それは春樹を裏切る行為にしかないのだから。
「ピザも美味しいわ。でもこのサイズを持って帰るの大変だったんじゃない?」
 倫子はそう聞くと、泉は少し笑って言う。
「春樹さんに会ったから良かったのよ。それに持ち帰りにしたら割引があるし。」
「そうだったの。」
 その間も伊織は黙ったままだった。何かあったのだろうか。そう思って春樹は伊織に声をかける。
「食欲無い?」
 すると伊織は我に返ったように、首を振った。
「美味しいよ。チキン、予約したのに行列が出来ててさ。」
「そうね。高柳さんの所もそんな感じだったわ。」
「……これ、フライドチキンと言うよりもタンドリーチキンに近いね。」
「そうなの?」
「揚げているんじゃなくて、焼いているからね。」
 そのとき倫子がワインに口を付けたあと、ふと思い出したことがあると首を傾げた。
「そう言えば、今日、パトカーとか白バイとか多かったわね。」
「あぁ。空港に向かってたみたいだよ。」
 春樹はそう言って携帯電話を取り出して、倫子に見せる。
「大使館の職員?」
「そう。向こうの国で逮捕された。だけど大使館内は、治外法権だからこっちの国で裁かれる。」
「そう……だから警察が動いていたのね。」
 すると伊織はぽつっと倫子に言う。
「倫子。たぶんだけど……。」
「うん?」
「……青柳グループのトップが逮捕される。明日にでも。」
 その言葉に倫子は驚いたようにグラスを置いた。
「どうして……。」
「その大使館の職員は、この国の子供をあっちの国に送っていたんだ。」
「戸籍のない子って事?」
「そう。というか……人は行方不明になればある程度の時が経てば戸籍は抹消されるらしい。」
 姉からの話だった。それを青柳は利用していたのだろう。
「それがどうして青柳と繋がるんだ。」
 春樹はそう聞くと、伊織は青柳グループのホームページを開いた。そこには関連会社がずらっと書かれて、リンク先も載っている。その中の一つに児童養護施設があった。
「ここから横流しをしていたらしい。」
「……立派に犯罪だな。あぁ、あれか。お前の大学の時の同期が、その国にいたってやつ。となるとヤ○ザとも繋がりがあったのか。そいつ。」
 その言葉に倫子の顔色も悪くなった。その様子に政近が声をかける。
「お前もその一人になりかけたんだっけな。」
「ちょっと……何を言っているの。」
 泉が止める。だが政近は首を降って泉に言う。
「このまま何も知らないで、のほほんと過ごすよりましだろう?正直に言えよ。倫子。」
 すると倫子は震える手でワイングラスをまた手に持った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

清掃員と僕の密やかな情状

MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。 青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。 肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。 44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...