守るべきモノ

神崎

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露呈

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 伊織たちが帰ってくると、居間に春樹たちの姿はなかった。心配をしているだろうと思っていた泉は心配そうに玄関先を見たが、やはり二人はここにいるようだ。倫子はともかく春樹の靴がそのままだったからだ。
「どこにいるのかしら。」
 二人が出ていた時間は、そんなに長い時間ではない。互いの部屋にも倫子たちはいない。
「泉。心配することはないよ。」
 トイレから帰ってきた伊織はそう言って泉を居間へ連れて行こうとする。
「何で?」
「風呂に入っていたから。」
「二人で?」
「うん。」
 確かに風呂場は普通の家よりは広いが、二人がいるのに二人で入っているというのに驚いた。
「……何を考えてるのかしら。」
「文句は上がってきてからでも良いよ。」
「それに私お風呂入っていないよ。二人のあとなんて……。」
 泉の頭の中には風呂場でセックスをしていることを想像した。そのあとではいるのは嫌だと思ったのだ。
「盛ってないよ。昨日の今日でするほど精力あるかな。」
「嫌だ。そんなこと言わないで。」
 泉はそう言って怒ったように居間に帰ってくる。そして台所へ行くと、一人分の雑炊を温め始めた。もう水を吸っていて、どろどろになっているが仕方ないだろう。それにこんな時間なのだから、これくらい優しい味の方が良い。
 それにはっきりしたことがある。伊織はまだ倫子のことが好きなのだろう。はっきり言わなかったが、きっとそうなのだ。だがショックはあまりない。
「伊織。」
 温めた雑炊とお浸しを用意して、向かいに座っている伊織に聞いた。
「どうしたの?」
「倫子と春樹さんって隠さなくなったね。」
「まぁね。」
 夕べも二人で出ると言って、そのまま朝まで帰ってこなかったのだ。何をしているのかわかる。きっと政近は寝れなかっただろう。
「奥さんが亡くなって、別に他の女性とつきあうのは世の中的にも別に偏見はなくなったわ。でもまだ四十九日も終わってないのよ。」
「四十九日が終わったら、一周期もまだなのにって言われるよ。春樹さんの中ではもう初七日までって思ってたみたいだったし……。それに、奥さんも春樹さんも好きで結婚したってわけじゃないみたいだね。」
「恋愛結婚だったんじゃないの?」
「まぁ、恋愛は恋愛だったんだろうけどね。」
 お互いに目的があった。春樹は結婚できれば良かったし、未来は子供が欲しかっただけだ。互いを大事になど思えていなかった。事故をして意識不明になった未来を毎日見舞いに言っていたのも、義務感からだったのかもしれない。
「そんなモノなのかな。結婚って。」
「泉はしたくないの?」
「そりゃしたいよ。ウェディングドレス着たい。」
 その辺は乙女なのだ。伊織はそう思いながら、少し笑った。そのとき風呂場から倫子と春樹が戻ってくる。
「お帰り。」
 春樹は笑顔で迎え入れてくれたが、倫子は泉の顔を見て少し不機嫌そうだった。
「倫子。」
「話し合ったの?」
 ため息を付くと、倫子は泉の隣に座る。
「うん。」
「で、あなたたちどうするの?別れて出て行きたいんなら、出て行くのは伊織よ。」
「俺?」
 伊織は驚いて自分を指さす。
「当たり前じゃない。いくら私でも男二人だけを住まわせるわけはいかないわ。」
「それは困ったな。俺、この家を気に入ってるんだけど。」
 伊織はそう言って困っているのか困っていないようなそんな顔で春樹を見た。
「家だけ?」
 春樹はそう言って伊織をみる。そうだ。春樹もきっと伊織の気持ちに気が付いている。春樹は出来れば出て行って欲しいと思っているはずだ。
「……あー。うん。家だけじゃないかな。」
「はっきりしない男ね。だから他の男に寝取られるのよ。」
 いらいらしているように倫子はそう言うと、春樹は座った倫子を立ち上がらせる。
「眠くていらいらしているみたいだ。悪いけど、俺ら先に寝るよ。」
「ちょっと待って。一緒に寝るの?」
「寒いときはひっついて寝た方が良いんだよ。」
 そう言って春樹は引きずるように、倫子を連れて行く。その様子を見て、伊織はため息を付いた。

 次の日から、春樹は連日残業になった。食事は一応用意していたが、帰ってくるのはいつも日をまたいでいる。泉が寝るくらいに帰ってくるのだ。こうなれば日曜日も関係ない。
 だが忙しいのはみんなが同じで、倫子も年内に仕上げる仕事をずっとしていたし、伊織も最近急に忙しくなってきた。打ち合わせだ何だと、よく飛び回っている。
「ただいま帰りました。」
 伊織はそう言ってホワイトボードの自分の欄の行き先を消す。
「どうだった?白井さんの所。」
「良いところでした。お土産もらってますよ。」
 白井という中年の男が一人でしていた養蜂場があり、最近、従業員を淹れるくらい大きくなりつつあった。そこではちみつを使った製品を売り出そうと、そのお菓子のパッケージを伊織に依頼してきたのだ。
 蜂蜜の入ったゆず茶。お湯に溶かすと甘くてゆずの香りとは緻密独特の癖があるが、体には良さそうだ。
「わぁ。美味しそうね。あとでみんなでいただきましょう。」
 上岡富美子はそう言って、その瓶を受け取っていた。
「でもこれを売り出そうとしてるんでしょう?」
「そうなんですよねぇ。ちょっと考えます。」
 チョコレートのパッケージのデザインがきっかけだった。お菓子のパッケージなんかは伊織が手がけると売れるという噂が立っているらしい。
 そう言う噂は迷惑だ。結局お菓子しか依頼がこなくなる。伊織はもっと広い範囲の仕事をしたいのだ。
「あ、富岡さん。」
 事務の女性が伊織に近づいてきた。
「はい。」
「出版社の方から連絡が欲しいって言われてたんです。帰り次第連絡しますとは言ってますけど。」
「わかりました。」
 そう言って伊織はメモ紙を受け取ると、その番号に連絡をする。恋愛小説の表装の担当の人からだった。
「はい……何点か案が出来てます。それで良ければ送りますが。」
 そう言って伊織はパソコンを開く。その様子に富美子は少しため息を付いた。伊織が忙しいのはわかるが、仕事を断らないため仕事が飽和しているように見える。対照的なのは高柳明日菜だ。明日菜はきっぱりと「私には出来ない」というタイプなので、依頼主からは怪訝される。デザインをすればいいモノを作るのに惜しい人だ。
「高柳さん。こちらの依頼はどうするかしら。」
 デザインを作っていた明日菜が、富美子の所へ向かう。そしてその紙を受け取るまもなく、明日菜は首を横に振った。
「すいません。社長。私、三月いっぱいで辞めたいんですけど。」
 その言葉に電話を切った伊織も驚いてそちらを見た。
「え……辞める?」
 事務の女性が驚いて明日菜に近寄った。
「明日菜。何で?」
「誘われているところがあるんです。」
「ヘッドハンティングってこと?どこから?」
 富美子はあくまで冷静に明日菜に聞く。明日菜のことは心配なことが沢山あるからだ。
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