守るべきモノ

神崎

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年越

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 泉は駅について少しほっとしていた。手には実家から渡された野菜や食事がある。実家は実家で落ち着くが、やはり義理の母は気を使うのだ。
「今度帰ってくるとき、田島政近さんのサインを貰ってきてよ。」
 美大に行きたいと言っていた弟は、政近のファンらしい。画集を持っていて見せてくれたが、母は呆れながら「これのどこが良いの?」と言っていた。普通の人では少し理解は出来ないかもしれない。
 絵画のような細かい書き込みは確かに綺麗だが、それはあくまで美術的観点からであり、性の匂いは全くしない。倫子の情の無い作品には、とても合っていると思う。
 弟は倫子と住んでいることを知っていて、そして倫子の作品が政近の絵で漫画になることを知っていた。もう予告が雑誌に載っているのもあるが、インターネットの世界でも大騒ぎなのだ。
 倫子はこのまま連載をするのだろうか。いくつも連載を抱えているのにこれ以上忙しくなったら、体を壊すのではないかと思う。
 その時泉の携帯電話が鳴り手に取る。相手を見るとこれは礼二のメッセージだった。礼二は明日の朝に帰ってくる。それから一日は一緒にいれるだろうから、会いたいと書いてあった。
 返信をすると、また家へ足を延ばす。そして家に帰り着くとドアを開けた。
「ただいま。」
 すると奥の部屋から倫子が出てきた。
「お帰り。」
「あれ?倫子一人?」
「伊織はお風呂に入っている。あなた何か食べた?」
「うん。お母さんが弁当を作ってくれたの。電車の中で食べてきた。」
「そうなの。だったら伊織がでたら、あなたもお風呂に入ってしまったら?」
「そうする。」
 靴を脱いで家にあがると、荷物をおいて居間に行く。その風景を見て帰ってきたんだと実感した。
「泉。これあげるわ。」
 倫子はそう言って泉に畳んでいた白いセーターと、薄い緑のストールを手渡す。
「何?どうしたの?」
「福袋を買ったのよ。伊織と、栄輝とね。その中身を見て交換しあったのよ。セーターは私には小さいみたいだから、あなただったらいいんじゃないかって。」
「……。」
 そのセーターを手にしても、泉はあまり表情が変わらなかった。いらないのかもしれない。
「いらないなら、良いのよ。無理しなくても。」
「ううん。ありがとう。でも……なんか高そうだなって思って。良いの?」
「良いのよ。福袋なんだから。」
 普段は福袋なんか買わない。布団は買うと言っていたが、倫子の性格ならば必要な物だけ買ってそのまま帰ると思っていた。だがそれを買ったというのは、栄輝や伊織に合わせたのだろう。それだけ倫子も柔軟になったのだ。
「明日、伊織と実家に行くの?」
「そう。洋書を見せてくれるんですって。英語だといいんだけど。」
「何か……。」
「何?」
「んー……。倫子さ、春樹さんの実家にはまだ挨拶に行っていないのに、伊織のところには行くんだなって思って。そっちの方が彼氏みたいな感じがしたの。」
「そんなことはないわ。洋書に惹かれたってのもあるけれど、身内には挨拶をしておいた方が良いと思って。」
「え?」
「家主としてね。今日、お姉さん夫婦にも会ったし。」
 きつそうな姉だった。子供にも厳しいのだろう。だから子供二人は、あの父親のそばにいたいと思っていたのだ。
「春樹さんは、明後日帰るの?」
「みたい。葬儀にもこれなかった人が挨拶に続々と来るって、さっきメッセージが来たわ。それから……。」
「どうしたの?」
 少しうつむいている倫子が気になった。もしかして倫子のことを告げたのだろうか。
「……近いうちに挨拶に来て欲しいって。」
「家主として?」
「家主としてなら一度顔を合わせたわ。……あっちのお父さんは、何もかもお見通しだったみたい。」
 あの頭の良さはきっと父親譲りなのだ。それが倫子を少し暗くさせているのだろう。
 未来が生きていたときから繋がりがあった。つまり不倫をしていたのだ。それを責めるのだろうか。それでも止められなかったのに。
「あぁ、話は関係ないけれど、うちの弟が田島先生のサインが欲しいんですって。」
「政近の?変わった弟ね。」
「美大に行きたいんですって。画集も持ってて、結構熱狂的だった。」
「連絡してみるわ。政近もあまり長居はしないって言っていたし。」
 昌明の仕事が明日からだと言っていた。本職の出版ではなく、ウリセンの仕事らしい。「三島出版」は副職が禁止らしいのに大丈夫なのだろうか。
「あ、それからこれ、うちの母から。」
 そう言って紙袋を二つ、倫子に手渡した。
「わぁ。嬉しいわ。野菜と漬け物。」
「漬け物はお母さんが漬けた物みたいだけど、今回は出来が良いって言ってた。」
「野菜も作ってるんでしょう?あぁ、今年は私もそうしようかな。」
「畑を作る?」
「簡単には出来ないでしょうけどね。」
 倫子はそう言って少し笑った。その時居間にタオルで髪を拭きながら伊織がやってきた。
「お帰り。泉。」
「ただいま。あ、ねぇ伊織。実家から野菜持ってきたの。」
「マジで?見せて。」
 そう言って倫子の持っている袋をのぞき見た。
「良いねぇ。ジャガイモだ。でも重くなかった?」
「大丈夫よ。今年ジャガイモすごくとれたみたい。」
「これを、皮ごと揚げよう。それから甘辛く味を付けるんだ。あっという間になくなるよ。」
「わぁ。美味しそう。」
 そう言って伊織はその袋を台所に持って行った。
「さて、お風呂に入ってくる。倫子は入ったの?」
「うん。あぁ、入浴剤が入っているわ。伊織のお姉さんからいただいたの。」
「肌がすべすべになったり温かくなったりするの?」
 すると倫子は少し首を傾げていった。
「どうかしら。よくわからない。」
 美容に良いとかなんだかんだと言って姉から渡されたが、その良さはよくわからない。唯一わかったのは、その残り湯を明日洗濯の水として使っても問題ないということくらいだった。
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