守るべきモノ

神崎

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銀色

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 居酒屋を出ると、薄く道路が白い雪が積もっていた。
「寒いなぁ。富岡。風邪なんかひくなよ。」
「あぁ。種子田もな。」
 種子田誠はそういって少し笑う。誠が今日泊まるホテルは駅の目の前にあるチェーン化されたビジネスホテルだった。
「また連絡するわ。」
「うん。奥さんにもよろしく言っておいて。」
「あぁ。」
 奥さんは結婚式の時に会ったが、それ以来見ていない。だがよろしくくらいは言ってもらった方がいい。そう思いながらホテルへ行こうとした誠は、足を止める。
「なぁ、富岡。」
「何だよ。」
「お前、あぁいう感じが好きだったよな。」
 そういって視線を送る。駅は電車が来ていて、降りてきた客が足早に家路を急いでいた。その中の一人に、ショートカットの女の子がいた。ずいぶん幼く見える。おそらく新卒か、就職活動をしているのだろう。
「足を止めてまでいうことか?さっさと行けよ。」
「俺は心配して言ってんだよ。俺らもう来年三十だしさ。」
「知ってるよ。でもまだそういうのは良いから。」
「ははっ。じゃあな。」
 手を拭って誠はホテルへ向かった。気のいい人だと思う。だが少し余計なことをいう男だ。結婚なんかとずっと伊織は思っていたのだ。
 春樹が結婚したのは三十だという。春樹も必要に迫られて結婚したというが、結婚とはそんなモノなのだろうか。それに倫子のことも気になる。
 倫子はこのままだったら春樹と結婚するのだろう。だが倫子はそれでいいのだろうか。
 そう思いながら伊織は家へ足を進めようとしていた。そのとき、向こうの建物からベージュのコートを着た女性が出てきた。寒そうに手をすりあわせている。
 そして女性も伊織の方を見た。
「……伊織。こんなところで会うなんてね。」
「綾子か。こんなところで何をしているんだよ。」
「この上、バーなのよ。知らなかった?」
「ヤクザが関わっているバーなんか行けるかよ。」
 すると綾子は少し笑って伊織を見た。
「ヤクザは関わってないわよ。気を抜くのにやってきただけ。あんたのおかげで仕事を邪魔されたし。ちっ。忘れたかったのに思い出した。」
「自分で言って自分で腹立たせるなよ。相変わらずだな。」
 暗くてあまり見えないが、やはり首のあたりに入れ墨が見える。あれは椿の入れ墨なのだ。ヤクザの片棒を担いでいるのは明らかだろう。
「いい体をしてて勘違いしてる。あぁいう女が売りやすいのに。」
「お前さ、何でそんなことをしてるんだよ。お前の男があいつ等に殺されたのは目に見えてるのに、それを助けるようなことをして。」
「あんたには関係ないわ。」
「……そうだな。関係はない。」
「けど何でかしらね。私があいつ等と手を組んでいるのをどうしてあんたみたいなのがわかっているのか。」
「簡単だよ。お前の男もお前のその首の入れ墨があった。遺体の発見は俺だったんだし。ヤクザに関わっていたような男だろう?」
「正確にはヤクザじゃない。」
「だったら半グレか?」
「そんなものでもないわ。これ以上は言えない。」
 そういって綾子はポケットから煙草を取り出した。そして火を付ける。
「あんたは、こっち側に向いてると思うわ。口を利こうか?」
「やだよ。やっとまともな仕事に就いてるんだから。」
「まともねぇ……。」
 どんな企業でもヤクザと手を組まないところがあるとでも思っているのだろうか。だからぼんぼんなのだ。綾子はそう思いながら、灰を落とす。
「お前、強がってそっち側に居るみたいだけど、すぐにボロは出る。俺に関わらないで欲しい。」
「自分だけが聖人君子のつもり?あの人の遺体を見ても、顔色一つ変えなかったくせに。」
「死体には……慣れてるから。」
「は?」
「そういう国にいたんだよ。」
 暑い国で瀕死の人が居ても手をさしのべない国だった。生きるだけで必死だったのだ。だから伊織はこの国でモノにあふれ、生きるのが楽なこの国であえて死を選ぶ人が、とても贅沢だとずっと思っていた。
「……そうだったわね。」
 綾子はそういって煙草を消す。
「俺の周りで派手なことをしないでくれ。もし今度、お前を見たら……。」
「……何なの?」
 その顔を知っている。血の通わない蝋人形のような表情だった。ぞくっとする。

 追い炊きをした風呂に入浴剤を入れる。柑橘系の匂いがしていい匂いがする。
「懐かしい匂いがするな。」
 倫子を抱き抱えるようにして春樹はそのお湯をくむ。
「懐かしい?」
「地元では風邪予防っていって、みかんの皮を風呂に浮かべることもあるんだ。」
「あんなぺらぺらのモノを?」
「もっと厚いヤツだよ。ハッサクとか、文旦とか。」
「あぁ……。」
 雪はやんでしまったのだろうか。外が異様に静かだと思う。
「もう少ししたらたぶん、みかんを送ってくるよ。毎年くるんだ。食べきれなくていつも職場に配ってた。」
「良いわね。美味しそう。」
「美味しいよ。なんか……違うんだろうな。あのみかん、味が違って。贈答用の立派なものじゃないけれど、美味しいと思う。」
 すると倫子は少し背中を丸めた。その様子に春樹が後ろから聞く。
「どうしたの?」
「ううん。ちょっと音がしたと思って。」
「帰ってきたのかな。」
 そのとき玄関のチャイムの音がした。伊織でもなければ泉でもないだろう。二人は鍵を持っているのだ。チャイムを鳴らす必要はない。
「誰かしら。」
 倫子は急いで湯船を出ると、体を拭いて急いで下着と洋服を身につける。そして濡れた髪のまま玄関へ向かっていった。
「はい。」
 ドアを開けると、そこには政近の姿があった。
「よう。」
「あなただったの。電車出ていたの?」
「止まった。終電は出ないんだよ。泊めて。」
 倫子はため息をついて、後ろを見る。そのとき倫子の髪が濡れているのに気がついた。
「何だ。風呂に入ってたのか。」
「そうよ。寒いもの。あなたも中に入りなさいよ。」
「悪いな。邪魔するよ。」
 そのとき向こうから春樹の姿が見えた。春樹も風呂上がりのように見えた。きっと二人で入っていたのだろう。それが政近をいらつかせる。だがそれを表に出すことは出来ない。自然な流れだったのだろうから。邪魔なのは自分だ。
「今晩は。」
 平静を装って、政近は春樹に挨拶をする。
「田島先生。アシスタントへ行っていたのですか。」
「んにゃ。この近くに知り合いが居るんですよ。シルバーアクセとか、革とかをオーダーで作るヤツが。」
「そんな店があるんですか。」
「ぱっと見た目は店に見えないしな。」
 いつか亜美が行っていたところだろう。政近も知り合いだと言っていた。不自然な流れではないのだ。
「女が来てさ。邪魔だろうし、こっちに来たってわけです。ここは富岡も泉もいるんだろう?気を使う相手でもないし。」
 ブーツを脱いで家の中にあがる。倫子はそのまままた風呂場へ向かっていった。
「食事はされましたか。」
「いいや。あいつの家、何もないからさ。女がなんだかんだ買ってきてたみたいだけど。」
「軽いものでよければ用意をしましょう。」
 春樹はそういって居間へ政近を通す。
 だが春樹の心は複雑だった。倫子は頼りにされるのは悪い気はないのだ。それでもせっかく二人きりだった家にまた邪魔が入ったと思う。
 冷凍のご飯を温めながら、春樹は居間でジャンパーを脱いでいる政近を振り返った。のんきに新聞を手にしている政近を見ると、これも計算だったのかもしれないと思う。
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