守るべきモノ

神崎

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移気

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 礼二と泉。どちらかが休んだときに代わりに来るのが赤塚大和。当初、この店にやってきたときは色あせたジーパンとスカジャンを着ていた為、どこかの高校生が頑張ってチンピラ風にしているくらいにしか見えなかった。
 だが礼二や泉が休んでいるときに、やってきた大和がきちんと制服を着ると大人びた印象になる。泉も年の割に幼い容姿をしているので、二人が並ぶとまるで子供がしている店のように見える。そして礼二とすると、礼二の方が立場が上に見える。だが本来立場は、大和が礼二よりも上だ。
 それに当初言ったように、大和は焙煎を二種類用意した。コーヒーだけの客、ケーキセットの客用に、焙煎の時間をずらしたのだ。
「あら。豆を変えた?また美味しくなったわね。」
 倫子がたまたまここに来たとき、コーヒーを飲んでそう言ったのだ。正直礼二は複雑だった。
 焙煎を変えるだけで同じ豆を使っているのだ。だから増えるのは自分たちの手間だけだった。しかしそれがきっかけで客が増えるのは歓迎するところだろう。
 そう思いながら、休みの日、こっそりと礼二は「book cafe」をのぞきにやってきた。大和と泉はうまくやっているのかと心配になったのだ。二階へ行く階段をこっそり上がっていき、そっと店内をみる。
 そこにはいつも通りフロアにいる泉と、カウンターに大和がいる。礼二の時は大和がフロアにいるのだが、小間使いのように動き回る泉はきっと使いやすいのだろう。
「三番上がり。」
「はい。」
 今日は忙しいようだ。いつも以上に泉がちょこまかと動いている。それに女性客が多い。どうしたのだろうか。
「川村店長。」
 声をかけられて、びくっと体をふるわせた。振り向くとそこには書店側の店長がいた。
「何やってるんですか。」
「ちょっと気になって……ですね。」
 泉と礼二がつきあっているのはみんな知っていることだ。それを気にして休みの日にわざわざやってきたのだろう。
「別に気にすることはないですよ。笑いが絶えなくなったって、お客さんにも評判は上々です。」
「……そうですか……。」
「それに、女性客が多くなったでしょう?」
「はぁ……。」
「アレですよ。腐女子。」
「は?」
 驚いて、もう一度フロアをのぞく。女性客は、コーヒーとケーキを前に写真を撮っているようだが、もう一つ目的があるようだった。
 泉がカウンターに戻ってくると、大和からコーヒーを受け取る。そのとき距離が近くなるのだ。それを狙って携帯電話のシャッターを切っている。
「阿川さんは女性ですよ。」
「最近はめっきり女性に見えてきましたよ。でも女性からはそう見えなくもない。赤塚さんも可愛い顔をしているし、阿川さんも結構美形な方だから、そういう女性が食いつくのは当たり前でしょう。一時的なものです。放っておいて良いですよ。」
 だがまた後ろから黄色い声援が聞こえる。のぞいてみると、泉のほどけ掛かっているエプロンを大和がカウンターを出てきて、それを結び直していたのだ。さらに携帯電話のシャッターの音がする。
「……あれくらい、俺でもするのに。」
「川村店長だと、どうしても保護者のように見えますからねぇ。」
「俺が老けてるって事ですか?」
「いいえぇ。でもさっきも言ったけれど一時的なものですよ。しばらくすれば熱が冷めます。」
 誤魔化すようにそう言って、書店の店長は行ってしまった。複雑な気持ちを抱えて、礼二は一階に降りる。
 たまには本でも読むか。そう思いながら、文芸のコーナーへ向かった。するとぱっと目に付いたのは、倫子の本だった。短編集で出版社は「三島出版」となっている。だが表紙にインパクトがあり思わず手に取った。
 表装の名前を見ると、そこには伊織の名前があった。やはりそうだったのか。本をおいて、並べられている本をみる。伊織が表装を担当した本はすぐにわかる。ユニセックスだが、本の内容がイメージできるようなもので、そして何より目につくものが多い。
 ポスターにも目をやると、恋愛小説家の赤松日向子の新刊が出るらしい。チョコレートがキーワードになっているポスターも、おそらく伊織がデザインしたのだろう。
 その伊織は、少し前まで泉とつきあっていた。初めてキスをしたのは伊織だという。だが伊織は最後まで本気ではなかった。きっと好きなのは、倫子だというのだから。
「そこまでの女かなぁ。」
 だが礼二はさっきの倫子の短編集を手に取ると、レジへ向かおうとした。そのとき、声をかけられる。
「礼二。」
 そこには倫子の姿があった。最近よく外出しているようだ。
「倫子さん。まずいところを見られたなぁ。」
「何で?」
 倫子も本を手にしている。何かの資料なのだろう。
「本人の前で本人の本を買うのは恥ずかしくない?」
 手に持っている本を見て、倫子は少し笑った。
「サインでもしようか?」
「止してくれ。」
 会計を二人は済ませると、昼時になったので食事をしようと礼二から誘った。こういうときの礼二は、女がどういう店に連れて行けば喜ぶか、どんなメニューを頼めば喜ぶかという事を良く知っている。だが倫子にはそんなことは全く通用しない。
「そこの食堂行かない?」
「え?あんなにくたびれたところでいいの?」
「あんなにくたびれたところが美味しいのよ。一度、春樹と行ったわ。量が多いけどね。」
 それは礼二も行ったことがある食堂だった。一人の時は良いが女と行くのは、ためらわれる。だが倫子は気にしていなかった。
「肉野菜炒めにしよう。」
「俺、鰺フライ。」
 カウンターに並んで、二人で水を飲む。一度体を重ねた関係なのだが、何事もなかったかのように二人で並んでいるというのは、とても面白いと思う。二人とも情があって寝たわけではない。ただ礼二はセックスがしたかったから、倫子はネタのためだった。
 もう寝ることはない。お互いに想う人がいるからだ。
「へぇ……腐女子が。」
「複雑だよ。男二人だって思われてんのも。店的にも。」
「……会社的には、成功してるわね。売り上げ良いんでしょ?」
「まぁね。クリスマス前ほどじゃないけど。」
 クリスマスの時はデザートばかり作っていた。その二番煎じを会社は狙っている。
「あなたといるときはそんなことはなかったのに。」
「老けてんだってさ。」
「は?」
 倫子は驚いて礼二をみる。礼二は春樹と同じくらいの歳だ。だがどちらもタイプは違うが、年寄りも若く見える。それに礼二は加えてちゃらい感じがするのだ。
「保護者に見えるって。」
「ばかばかしい。」
 するとカウンターの向こうから、おばさんが倫子にトレーを手渡す。
「肉野菜炒めね。」
「はい。ありがとう。」
「それから、鰺フライね。」
 肉野菜炒めも結構ボリュームがあったが、鰺フライは草鞋のような鰺フライが二つもある。
「……折りとかもらえますか。」
「えぇ。残すようなら用意できますよ。」
「食べる前から、弱気ねぇ。」
「俺、三十六だよ。倫子さんは食べるの?」
「冗談。私も折りはもらうわ。」
 冗談を言い合うような関係になれて良かった。そう思いながら、鰺フライにソースをかける。
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