守るべきモノ

神崎

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移気

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 駅までは送ってくれると、大和と泉は一緒に店を出る。大和もまた電車でここに来ているらしい。私服に着替えるとまた高校生のように見えるので、一緒に歩いていたら今度は泉の方が声をかけられる。
「未成年ですよね。こんな夜に何をしているんですか。」
 警察官はいぶかしげに泉をみる。高校生を買っている人に見えたのだ。
「俺、三十なんだけど。それでこいつの上司。」
 免許証を見せると、警察官は驚いたように頭を下げて行ってしまった。
「くそ。高校なんか行ったこともねぇっつーの。」
「背も低いですしね。髭は伸びないんですか?」
「飲食してて髭とか爪とか、あり得ないだろ?まぁ……どっちにしても髭はあまり生えなかったし。なぁ、あんた映画とか観る?」
「観ますよ。それなりに。」
「ほら。「虹の果てに」って映画あるの知ってる?」
「好きです。」
「あの恋人の役の男。渋いよなぁ。あんな感じを目指してるのに。」
 髭面の男だった。煙草と酒を愛している男は、大和とは逆に見えた。そんな感じには絶対ならないだろう。
「無理でしょ。歳をとってもあんな感じにはなりそうにないですね。」
「はっきり言うなよ。」
 少し笑って、お菓子屋のショーケースを見る。そこにはバレンタイン用のチョコレートが綺麗にラッピングされていた。
「女ってのはこういうイベント好きだよな。」
「そうですね。」
「あんたも、店長にやるの?」
 毎年なら店の女性店員たちとお金を出し合って、店長をはじめとした男性社員にまとめてチョコレートを買うのだ。だが今年はそうはいかないだろう。礼二は甘いものも好きな男だ。ちょっと高いチョコレートなんかをあげるといいのかもしれない。前に春樹に相談したときに、お酒を付けると良いと言われた。だがどれが良いとかはわからない。
「にやけんなよ。」
「赤塚さんはお酒は飲みますか?」
「俺さ、この容姿だろ?外で飲んだら身分証明してくれってうるせぇんだよ。家飲みがほとんど。」
「チョコレートに合うお酒って何ですか?」
「ブランデーとかウィスキーとかかな。案外日本酒とかも合うけど。何?阿川は酒は駄目なのか?」
「一滴も飲めなくて。」
 酒のおかげで大変な目にあったのだ。だが悪いことばかりではない。そのおかげで礼二と恋人になれたのだから。
「俺、アレが良い。焼酎が入ってるヤツ。」
「赤塚さんにどうしてあげるんですか。」
「冷たいなぁ。お前。」
 駅に入っても、駅の中の店はそこそこ開いている。そばにあるパン屋はもう閉店近くて、売れ残ったパンを半額で売っていた。
「お、俺、アレ買うから。」
「朝ご飯ですか?」
「食パン。ベーコンと、卵と、レタスとかトマトとか挟んで食うの。食パンあって良かった。」
 案外健康的だ。礼二でもそれくらいはしそうだと思う。姿はあまりにもかけ離れているが、やはり大和と礼二はよく似ている。
「あんた、朝は和食?」
「倫子が和食が好きなんで。」
「……。」
 食パンを受け取って、大和は泉に言う。
「あんた、やっぱり思ってたけど、小泉先生にだいぶ依存してるな。」
「え?」
「それが悪いってわけじゃない。でも頼り、頼られているとどっちかがこけたとき、どっちも倒れるんじゃないのか。」
「……。」
「店長とつきあってんだろ。一度くらいその同居してる家を出て店長と居たら?」
「……でも……倫子は……。」
「友達だって言うんだろう。でも友達だから、べたべた一緒にいるってのは違うと思う。店長だって、複雑じゃないか。そんなに「倫子」「倫子」って言ってたら。」
 すると泉は少し口を尖らせた。確かにずっとこのままで居て良いとは思えない。いずれ倫子の家を出るのだ。
 だが倫子のことを思うと、諸手をあげて家を出るとは言いづらい。あんなに不安定なのだ。春樹がそれを押さえようとしているのはわかるが、春樹も春樹のことで手一杯で倫子のことを省みれないときもある。そんなとき倫子が心配になるのだ。

 駅に帰ってきて、泉は自転車置き場へ向かう。そして鍵をはずすと自転車に乗り込んだ。そして行く先は、家ではない。
 アパートに自転車を置いて、鍵をかける。そして階段を上がっていった。チャイムを鳴らすと、スウェット姿の礼二が出てくる。
「いらっしゃい。ご飯食べた?」
「まだ。」
「簡単に作ってある。食べて行きなよ。」
 いきなり連絡をしても、礼二はこうやって泉を迎えてくれる。浮気性があると倫子は言っていたが、ここに連絡なしでやってきても女がいたことはない。気がつかないだけかもしれないが、ある程度は見てみない振りをしないといけないのだ。
「大変みたいだね。」
 荷物をおくと、礼二は少し笑って言う。
「え?」
「女性客が多くなったって聞いたから。」
「腐女子ですよ。そんなことでお客様を集めたくないのに。」
「俺の時はそんなこと無いのにな。」
 礼二と大和が並んでいるのを、一度こっそり見に行ったことがある。腐女子が言うように、男性同士の恋人というのはこういうのを言うのだろうが、どう見ても二人が並んでいても恋人には見えない。
「泉は、ボーイズラブを見てたこともあるんだっけ。耐性があるんじゃない?」
「いざ自分になると嫌ですよ。だいたい、男の子とかじゃないし。」
「そうだね。こんなに柔らかいのに。」
 ジャンパーを脱いだ泉の背中から、礼二は泉に手を伸ばす。ぎゅっと抱きしめると、とても温かかった。
「こっち向いて。」
 少し力を緩めると、泉は礼二の方へ体を向けた。そしてそっと唇を寄せる。
「今日、泊まれる?」
「うん……。」
「いいの?疲れてない?」
「……いいの。」
 大和から言われたからではない。自分がここにいたいからだ。そう思って礼二の体に手を伸ばす。
 そんな泉の気持ちを知らずに、礼二はまた泉の唇にキスをした。
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