守るべきモノ

神崎

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海岸

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 明日は倫子や違う作家のトークショーがある。今更なんの話を白というのかわからないが、あまり表に出ることのない倫子を見たいという人達で溢れかえるだろう。春樹はそう思いながら、自ら責任者という立場であるからと、「book cafe」に自ら足を運び店長と話をしていた。
「荒田先生も見えられるんですね。」
 バッグヤードで、春樹は愛想良く話をしていた。
「えぇ。最初は難色を示していましたが、短編集が今度映像化されるそうなのでその挨拶にと。」
「映画でしたっけ。ドラマ?」
「ドラマですよ。春の二時間ドラマです。」
「スペースは確保してます。冊数は一人の作家先生につき百冊。あと荒田先生のサインが来れば揃います。」
「あとから営業部の担当が持ってきます。あとはお客様の写真はご遠慮いただいて……。」
 ある程度の打ち合わせが終わり、春樹は席を立つ。これからさらに作家のところへ行かないといけないのだ。
「っと……すいません。打ち合わせ中でしたかね。」
 顔を見せたのは礼二だった。どうやら休憩が終わったらしく、エプロンを取りに来たらしい。
「川村店長。かまいませんよ。」
 すると礼二は春樹を見て少し頭を下げる。年末に一緒に飲んだ仲とは言っても、ここでは他人なのだ。そう思って春樹も頭を下げた。
「明日サイン会ですか?」
「トークショーですよ。作家先生が四人も来てくれて。」
「うちも忙しいかな。発注を多めにしておいて良かった。」
 すると礼二はエプロンを付けて、そのポケットに入っているメモ紙を見てため息を付く。その様子に春樹が声をかける。わりと春樹も面倒見が良い方だ。気になったのだろう。
「何かありました?」
「あぁ。ちょっと内輪でもめててですね。」
 最近泉の帰りが遅いのはそのせいか。そう思いながら春樹は資料をまとめていた。
「川村店長。まだその春の限定でもめてるんですか?」
「えぇ。困りました。」
 コーヒーの監修をしているという女性に、大和と泉が会いに行った。そこでそのデザートにも口を出したのだという。女性が仕上げたデザートは、カップケーキと言うよりもスコーンのようなモノだった。カップケーキの中に仕込んであったピューレも外に出し、見た目は女性の作ったモノの方がやや地味に見える。しかも味はそのままなのに、食感が違うせいで別物だった。
 せっかく自分たちが苦労して考えたモノをひっくり返されたような気分になったらしい。それは大和が危惧していたことだ。
「どっちが良いというのはわかりませんよ。カレーとハンバーグ、どっちが好き?と言われるようです。」
 どちらにも良いところがあるし、どちらが良いとはいえないのだ。
「どっちが売れるのかは出してみないとわからないですしね。そうだ。藤枝さん。ちょっと見てもらえませんか。」
「俺、あまり甘い物は食べないんですけどね。」
「だからそんなにスリムなんですか。」
 書店側の店長よりも春樹の方が若い割には、明らかにがっちりしている。ぽよっとした体つきをしている書店側の店長にしてみたら、一日ほとんど座っているのだろうに、どうしてこの体型を維持できるのかわからない。
「あぁ。人並みに食べますよ。ただもうこの歳になったらすぐ太ってしまって。たまに泳いでます。」
「プールとかで?」
「気晴らしですよ。」
 お金を使って体を動かす意味がわからないと、書店側の店長はその紙を春樹に見せる。すると春樹は少し笑う。
「どちらも春っぽいですね。パウンドケーキもスコーンもほんのりピンクで。着色してるんですか?」
「少しですね。最近は見た目も大事ですし。」
 外部の人に見せるなんてと礼二は思っていたが、ここまでもつれ込んだのに外部の人の意見も必要かも知れないと最近は思っていたのだ。
「そうですね。見た目はカップケーキの方が良いかな。でもスコーンというのはお菓子だけの用途ではないのでしょう?」
「元々はヨーロッパの方でアフタヌーンティーなんかで食べられます。」
「食事として食べることもあるのだったら、俺みたいにあまり甘い物が好きじゃない人も口にするかも知れませんね。こっちのカップケーキの方は生クリームが乗っている。明らかにデザートですね。」
 そういって資料の紙をテーブルにおいた。
「用途だと思います。思い切って二パターン出してみればいいのに。」
「両方ですか?」
 出来ないことはない。材料で追加するのはクロテッドクリームくらいなのだから。
「それは良いかも知れない。川村店長。阿川さんにそう伝えてみたらいいですよ。」
「どうかなぁ……。」
 浮かない顔だ。それに最近泉も疲れている。春樹よりも遅く帰ってきて食事をしたら風呂に入って、最近はラジオの音も聞かないまま寝ているらしい。
「話はしてみます。ありがとうございました。大変参考になりました。」
「いいえ。お役に立てれば良かったです。」
 そういって春樹はバッグを持つと、一礼をしてバッグヤードを出て行く。そして礼二もそのあとを出て行った。
「藤枝さん。」
 店を出ようとしたとき、礼二から春樹が声をかけられる。
「どうしました?」
「店のことなんですけど。」
「店がどうしました?俺、経営のことなんかわからないんですけど。」
 礼二は少しため息を付いていった。
「最近少しおかしくて。」
「おかしい?」
「……俺が休みの時は赤塚さんって……ほら、一度会ったでしょう?」
「あぁ。ずいぶん童顔の……。」
「えぇ。あの人と働いているんですけど、最近、腐女子がさらに増えて。」
「どうして赤塚さんと泉さんが働いていたら、腐女子が増えるんですか。」
「男同士のカップルに見えると。」
 その言葉に思わず春樹が笑った。見えないこともないが、泉に失礼ではないかと思ったのだ。
「すいません。笑い事ではないのはわかっているんですけど。」
「いいえ。もう最近は二人とも慣れたみたいで……。」
「商売繁盛で良いですね。」
「まぁ……そうなんですけど。どうもそれだけでは無いというか。」
「それだけではない?」
「スキンシップが多くなったと噂で聞いてですね。書店側の人からは浮気されているんじゃないかと。」
 礼二は奥さんに浮気をされて、子供まで礼二の子供ではなかったのだ。そういうことに敏感になっているのはわかる。
「……前から思ってたんですけどね。礼二さん。」
「はい?」
「そろそろいいんじゃないんですか。」
「え?」
「同棲。」
 その言葉に礼二は少し笑う。
「そうしたいと思っているんですけど、泉がうんとは言わなくて。」
「倫子のことは気にしなくてもいいんですよ。……それに今度、俺から話しても良いですし。」
「あなたから?」
「俺も同棲をしたいと思ってるんですよ。」
 その言葉に、礼二は納得した。そうだ。同棲したいと思っているのは自分だけではなく、春樹もそうなのだ。一緒に住んでいても二人になれる機会は少ない。泉なり伊織なりがいつもいるのだから。じゃまだとかは思わない。だが、二人で居たいと思うのは自然な流れだろう。
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