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春
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夕方になり、私は買い物から帰ってきた。
この辺は街に行くのに、車がなければバスかタクシーしかない。そしてこの集落にはスーパーがない。あるのは、「まるや商店」という小さな商店が一つあるだけ。それも六時には閉まってしまう。
なので食材の買い出しは、休みの日に一気にしてしまわないといけない。
私の移動手段は、スクーターだった。カゴを乗せてその中に食材をポイポイと入れて移動する。
「おばちゃんみたい。」
と光はいうが、これしか移動手段がないのだから仕方がない。
不便そうに見えるこの土地も、いいことは一つある。
「周ちゃん。」
家に帰ってきて荷物を下ろそうとしたとき、家の前に白い軽自動車が停まった。
「田宮さん。」
それはここに出向している田宮さんという編集者だった。一応、私も編集をしているので、彼女は直属の先輩になる。
「お魚いただいたの。食べない?」
「わぁ。いいんですか?いただきます。」
車越しに手渡されたビニールには立派なサワラが二匹入っていた。
「サワラって今の季節沢山とれるのよね。」
「そうですね。焼いてもフライでもホイル焼きでも美味しいですし。」
「内蔵も取ってないけど、いいかしら。」
「えぇ。大丈夫ですよ。」
「若いのにすごいわね。魚を捌けるなんて。」
「そんなにすごいですか。」
「えぇ。じゃあまたね。」
田宮さんはそういって、また車を走らせていった。小さなこの集落だ。こういうことは結構ある。魚には不自由しないのだ。
誰も強制はしないけれど、私はいつも四人分の食事を作る。
最初は自分のだけを作っていたけれど、光が「美味しそう」と騒ぎだし、お金を払うから夜だけでも食事を作ってくれないかと言い出したのだ。
それからは楓も、律も、お金を出し合い、夜だけ食事を作ることになった。その夜に食べれなければ、次の日の昼に食べているみたい。
今日の味噌汁は春キャベツと新じゃが。ゴボウとこんにゃくのきんぴらと、ほうれん草のお浸し。そして田宮さんからもらったサワラでフライにする。
レタスを添えて、ダイニングテーブルに並べた。
「ただいま。あぁお腹空いたな。」
「楓。洗濯物乾いてたから、部屋の前に置いてるわ。」
「何から何まで悪かったね。」
やがて光も帰ってきて、三人で食事をする。
「律は帰ってこないのかな。」
「あぁ。今日は帰るって言ってたけど。ちょっと遅いな。」
心配そうに光は携帯電話を取り出そうとした。それを楓が止めようとした。
「食事中だから。」
「そうだったわね。後で連絡をするわ。」
食事が終わって、光は早速事務所に入り律に電話をしているようだった。その間、楓はお茶を入れて、私は食器を片づけながら、律の食事にラップをする。
「お茶。飲む?」
「えぇ。そうね。」
洗い物は、後ででいいか。私はそう思いながら、ダイニングテーブルにまた座る。
「光は本当に律のことが好きなんだね。」
「え?」
そういってお茶の入った湯飲みを私の前に置く。
「気がついてなかった?」
「う…。」
私もそこまで鈍いわけじゃないから。そんなことはだいたいわかるけど…だけど改めて言葉に出すととても恥ずかしいような気持ちになる。
「律はどう思っているのか知らないけど。」
「ねぇ。楓は職場でそんなことがあってもいいと思っているの?」
「そんなこと?」
楓は少し笑いながら、私を横目で見た。
「だって別れたりしたらぎくしゃくしてしまって、そのまま退社なんてこともあり得るわ。」
「そうだね。でも別れなきゃいいんだよ。江口君と阿川さんみたいにね。」
江口君というのは通いで来ているチャラい元ホストの営業マンと、事務員できっちりお金を数えたり帳簿の管理も完璧な眼鏡をかけた真面目な阿川さん。
意外だろうけど、この二人は恋人になってから結構な歳月が流れている。まるで熟年夫婦のようだと田宮さんは言っていた。
「それはうまくいった例で、普通なら…。」
「ねぇ。周。」
話を遮って、楓は私に悟るような口調で言う。
「恋人同士ってさ、別れるのを前提につき合っているのかな。」
「え?」
「つき合ったとたん、別れを想像する?」
恋人とつき合ったとたんに別れを想像する?そんな打算的なことがあるだろうか。
「恋愛感情を持ったモノ同士が恋人関係になったら、最初は嬉しくて別れなんて想像しないんじゃないのかしら。」
「そうだよね。僕だってそうだった。」
「…。」
「光と律のことは、別れたときは別れたときでいいと思うよ。」
洗い物を終えて、私はバックの中から煙草をとりだした。すでに楓も光もこのダイニングにはいない。換気扇を回し、火を付ける。
楓があんな話をすると思っていなかった。
昔を思い出したのかもしれないから。私があんな話をしたから。悪いことをしてしまった。
後で謝りに行った方がいいか。そんなことを思いながら、煙草の煙を吐き出した。そのとき、事務所の入り口が開いた。
「ただいま。」
そこには律の姿があった。
「お帰り。遅かったわね。」
「早く帰れた方だ。はーっ。疲れたぁ。」
律はそういって肩に掛けている機材をおろした。
「ご飯食べる?残してあるけど。」
「あぁ。もらおうかな。」
「じゃあ、温め直すわ。」
煙草を消して、味噌汁に火を入れた。そして時計を見る。
「あら。もうこんな時間だったの。食べてくれば良かったのに。」
「用意してあるって言ってたし。」
「明日でも食べれるわ。」
食事の用意をすると、律はそれに箸を付ける。そして片手で携帯電話を見ていた。
「律。行儀が悪い。」
「母親か。お前は。」
少しむっとしながらも、私はお茶を口に含んだ。
そうだ。律とはあまり関わらない方がいいのかもしれなかったんだ。光に悪いから。
「あとよろしくね。」
私はもう立ち上がって二階に上がろうとしたときだった。
「周。お茶入れて。」
「え?えぇ。いいわ。」
離れようとした私の先の行動を見透かしたような言葉だった。
「…。」
携帯電話を置いて、律はため息をつく。
「どうしたの?」
「あぁ。仕事があるんだけど。ちょっと遠いからどうしようかと思って。」
「それは楓に相談したら。」
「…。」
律もこの会社に籍がある以上、不用意に「仕事があるから」と遠くへ行けないのだ。苦しい立場かもしれない。
「お互い、大変だな。」
お互い?私は驚いて、彼を見る。
「…どういうこと?」
「別に。」
そういって彼はまた食事に手をのばした。
この辺は街に行くのに、車がなければバスかタクシーしかない。そしてこの集落にはスーパーがない。あるのは、「まるや商店」という小さな商店が一つあるだけ。それも六時には閉まってしまう。
なので食材の買い出しは、休みの日に一気にしてしまわないといけない。
私の移動手段は、スクーターだった。カゴを乗せてその中に食材をポイポイと入れて移動する。
「おばちゃんみたい。」
と光はいうが、これしか移動手段がないのだから仕方がない。
不便そうに見えるこの土地も、いいことは一つある。
「周ちゃん。」
家に帰ってきて荷物を下ろそうとしたとき、家の前に白い軽自動車が停まった。
「田宮さん。」
それはここに出向している田宮さんという編集者だった。一応、私も編集をしているので、彼女は直属の先輩になる。
「お魚いただいたの。食べない?」
「わぁ。いいんですか?いただきます。」
車越しに手渡されたビニールには立派なサワラが二匹入っていた。
「サワラって今の季節沢山とれるのよね。」
「そうですね。焼いてもフライでもホイル焼きでも美味しいですし。」
「内蔵も取ってないけど、いいかしら。」
「えぇ。大丈夫ですよ。」
「若いのにすごいわね。魚を捌けるなんて。」
「そんなにすごいですか。」
「えぇ。じゃあまたね。」
田宮さんはそういって、また車を走らせていった。小さなこの集落だ。こういうことは結構ある。魚には不自由しないのだ。
誰も強制はしないけれど、私はいつも四人分の食事を作る。
最初は自分のだけを作っていたけれど、光が「美味しそう」と騒ぎだし、お金を払うから夜だけでも食事を作ってくれないかと言い出したのだ。
それからは楓も、律も、お金を出し合い、夜だけ食事を作ることになった。その夜に食べれなければ、次の日の昼に食べているみたい。
今日の味噌汁は春キャベツと新じゃが。ゴボウとこんにゃくのきんぴらと、ほうれん草のお浸し。そして田宮さんからもらったサワラでフライにする。
レタスを添えて、ダイニングテーブルに並べた。
「ただいま。あぁお腹空いたな。」
「楓。洗濯物乾いてたから、部屋の前に置いてるわ。」
「何から何まで悪かったね。」
やがて光も帰ってきて、三人で食事をする。
「律は帰ってこないのかな。」
「あぁ。今日は帰るって言ってたけど。ちょっと遅いな。」
心配そうに光は携帯電話を取り出そうとした。それを楓が止めようとした。
「食事中だから。」
「そうだったわね。後で連絡をするわ。」
食事が終わって、光は早速事務所に入り律に電話をしているようだった。その間、楓はお茶を入れて、私は食器を片づけながら、律の食事にラップをする。
「お茶。飲む?」
「えぇ。そうね。」
洗い物は、後ででいいか。私はそう思いながら、ダイニングテーブルにまた座る。
「光は本当に律のことが好きなんだね。」
「え?」
そういってお茶の入った湯飲みを私の前に置く。
「気がついてなかった?」
「う…。」
私もそこまで鈍いわけじゃないから。そんなことはだいたいわかるけど…だけど改めて言葉に出すととても恥ずかしいような気持ちになる。
「律はどう思っているのか知らないけど。」
「ねぇ。楓は職場でそんなことがあってもいいと思っているの?」
「そんなこと?」
楓は少し笑いながら、私を横目で見た。
「だって別れたりしたらぎくしゃくしてしまって、そのまま退社なんてこともあり得るわ。」
「そうだね。でも別れなきゃいいんだよ。江口君と阿川さんみたいにね。」
江口君というのは通いで来ているチャラい元ホストの営業マンと、事務員できっちりお金を数えたり帳簿の管理も完璧な眼鏡をかけた真面目な阿川さん。
意外だろうけど、この二人は恋人になってから結構な歳月が流れている。まるで熟年夫婦のようだと田宮さんは言っていた。
「それはうまくいった例で、普通なら…。」
「ねぇ。周。」
話を遮って、楓は私に悟るような口調で言う。
「恋人同士ってさ、別れるのを前提につき合っているのかな。」
「え?」
「つき合ったとたん、別れを想像する?」
恋人とつき合ったとたんに別れを想像する?そんな打算的なことがあるだろうか。
「恋愛感情を持ったモノ同士が恋人関係になったら、最初は嬉しくて別れなんて想像しないんじゃないのかしら。」
「そうだよね。僕だってそうだった。」
「…。」
「光と律のことは、別れたときは別れたときでいいと思うよ。」
洗い物を終えて、私はバックの中から煙草をとりだした。すでに楓も光もこのダイニングにはいない。換気扇を回し、火を付ける。
楓があんな話をすると思っていなかった。
昔を思い出したのかもしれないから。私があんな話をしたから。悪いことをしてしまった。
後で謝りに行った方がいいか。そんなことを思いながら、煙草の煙を吐き出した。そのとき、事務所の入り口が開いた。
「ただいま。」
そこには律の姿があった。
「お帰り。遅かったわね。」
「早く帰れた方だ。はーっ。疲れたぁ。」
律はそういって肩に掛けている機材をおろした。
「ご飯食べる?残してあるけど。」
「あぁ。もらおうかな。」
「じゃあ、温め直すわ。」
煙草を消して、味噌汁に火を入れた。そして時計を見る。
「あら。もうこんな時間だったの。食べてくれば良かったのに。」
「用意してあるって言ってたし。」
「明日でも食べれるわ。」
食事の用意をすると、律はそれに箸を付ける。そして片手で携帯電話を見ていた。
「律。行儀が悪い。」
「母親か。お前は。」
少しむっとしながらも、私はお茶を口に含んだ。
そうだ。律とはあまり関わらない方がいいのかもしれなかったんだ。光に悪いから。
「あとよろしくね。」
私はもう立ち上がって二階に上がろうとしたときだった。
「周。お茶入れて。」
「え?えぇ。いいわ。」
離れようとした私の先の行動を見透かしたような言葉だった。
「…。」
携帯電話を置いて、律はため息をつく。
「どうしたの?」
「あぁ。仕事があるんだけど。ちょっと遠いからどうしようかと思って。」
「それは楓に相談したら。」
「…。」
律もこの会社に籍がある以上、不用意に「仕事があるから」と遠くへ行けないのだ。苦しい立場かもしれない。
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