古い家の一年間

神崎

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 やがてタクシーがやってきて、私たちを連れていく。それは町の方にある一件のアパートだった。ファミリー向けのアパートらしく、階段を上がるところには小さな自転車や三輪車もあるようだ。
「こっちだ。」
 律が私を案内してくれたところ。そのアパートの三階。302号室。鍵を開けて、扉を開けると薬品の独特のにおいがした。
「…ここは?」
「作業場。」
 扉を閉めて、電気をつける。ファミリー向けのアパートの作りをしているようだが、水回りなどには生活臭は全くない。
 床に転がっているのは、乱雑に詰め込まれたゴミ袋、薬品の空瓶。ペットボトルなど。
「向こうは暗室。」
 向こうと言われたところは、開いているところにすべて目張りをしているようだった。光が少しでも入ったら写真がだめになるからかもしれない。
「あっちは機材室兼、写真置き場。」
「撮った写真を?」
「あぁ。」
 見てみたい。でも今日は遅いから、無理だろうな。
「布団、一つしかない。お前が使え。」
「あなたは?」
「俺はいい。どうしてでも寝れる。」
 彼はそう言ってその辺にあるゴミを片づけだした。
「でも…あなたの部屋なのに。」
「じゃあ、一緒に寝る?」
 ドキリとする。しゃがんでいる彼が、私を見上げた。隠れている目が、私をじっとにらんでいるようだと思う。
「え…と…。」
 なんと答えればいいのだろう。
「まじめに考えるな。」
 急に立ち上がり、彼は頭をなでた。まるで小さな子供にするように。
 生物はペットボトルくらいで、あとはすべて写真に関するゴミばかりだった。なので臭いもない。
 そこへ律が機材を置いている部屋から布団を持ってきた。
「そこで寝ていい。」
「律。」
 律はそう言って暗室に入ろうとした。それを止めようと、私は彼の腕の端を引く。すると律は困ったように私をみる。
「周。好きな女と一緒に部屋にいて手を出さないほど、俺は聖人でも何でもない。だから別の部屋に行こうとしたのに。」
「…出してもらえないの?」
「え?」
 恥ずかしい。彼の目を見ることが出来ない。私は横を向いて、必死に恥ずかしさをこらえていた。
 女の身から誘うなんてどう考えても破廉恥だ。それでも私は、彼に抱いて欲しい。そう思っていた。
「出していいんだったら出す。自分でリミッターかけていたのをはずすことなんか簡単だ。それでいいのか。お前は。」
 恥ずかしい。それでも、私は彼の方を見ないでうなずいた。すると彼は私の唇に口づけをする。そして首元に、唇を寄せた。
 自然に吐息と混じって声がでる。
 まるで淫乱な女だ。
「周。」
 名前を呼ばれる度に、愛おしくなる。このまま離れなければいいと思いながら。

 吐息と、二人の声だけが響く室内で、やがて夏の早い朝が来る。
 雨の予報は、どうやら当たりそうで、空には厚い雲がどんよりと懸かっていた。
 布団には私と、そして隣には律がいる。律は眠るわけでもなく、ぼんやりと中を見ているようだった。
「夢みたいだ。」
「何が?」
「俺はお前がずっと好きだと思っていた。だけどこうなれると思っていなかった。」
「どうして?」
「お前みたいな女はずっと、楓のような男と一緒になるんだろうと思っていた。俺のようにふらふらした安定のない男には、惹かれないだろうとな。」
「…そうね。それは思ってたかもしれない。」
 一介のカメラマンよりも安定のある社長を選ぶのは、普通の女ならそう思うかもしれない。
「でもそんな条件を考えられないほど、強烈にあなたのことが好きになったのよ。」
 すると彼は、体を私に向けた。そして私の上に覆い被さった。
「え?」
「もう一度。」
「夕べ沢山したのに…。」
「若いから。」
 彼はそれだけを言うと、また私の唇に口づけをした。

 家に帰ってくると、楓も光もいなかった。少しほっとしながら、私たちはお互いの部屋に戻る。
 部屋着のまま外にでていたのよね。私はその部屋着を含めた洗濯物をかごに入れて、1階にある洗濯機の中に入れた。
 そしてキッチンに戻ると、そこには楓がいた。
「おはよう。周。」
 いつもの彼だ。笑顔で、隙がない。
「おはよう。ねぇ。楓。夕べは…。」
「謝らなくてもいい。僕も暴走したところがあったから。」
 コーヒーをカップに注ぐと、彼はそのカップを私に差し出した。
「ありがとう。」
「…でも君らと一緒にいるのは、耐えられない。」
「…。」
 やっぱりクビになってしまうのだろうか。それでも仕方がない。新しい会社に…。
「でも律も君もこの会社にはなくてはならない存在だ。それは認める。だけどこの家は、出ていってくれないか。」
 社長として、男として、出した結論だろう。
「…わかった。」
 コーヒーが苦い。
 泣きそうな自分をぐっとこらえ、楓の前をとおり自分の部屋に戻っていった。
 そのとき、廊下で光が出てきた。でも光は私の方を少し見ただけで、一階に降りていってしまう。
 これでいい。これでいいのかもしれない。私は自分の部屋に戻ると、コーヒーを一気に飲み干した。カップを机におくと、窓を開ける。
 暑い風が吹き抜けていく。しかしもうすでに暑いだけじゃない。涼しさも混ざっているような気がした。
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