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秋
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丹誠込めない絵はないだろう。だけど私は納得がいかない絵を燃やしていた。そのたびに木の枠と帆布がぱちぱちとはじけ、悲鳴を上げているように聞こえる。
私はその音すら聞き逃さないように、燃える絵をじっと見ていた。何ヶ月もかけて描いた絵は、酷評の嵐だったから。
だけど自分の絵をいいと言ってくれる人も中にはいたし、買いたいという物好きもいた。だけど納得していないものを売るほど、商売人にもなれない。
「どうぞ。」
部屋に楓をあげた。もうすでに冷え切った部屋の中。私は電気をつけて、エアコンの暖房を入れた。
「昨日も来たけどね。」
私は裏に向けていたイーゼルを思い切って表に向けた。
「これ?描いている絵は。」
「まだ下書き状態。」
鳥と、少女。そして海。それが次の絵だった。
「この少女は表情がないね。」
「無気力なんですよ。きっと、愛情を受けて育っていない。」
「まるで君だな。」
「そうかしら。」
「君は愛情を受けたことがないんだろう。」
「母は五歳の時死んだわ。」
「そうだった。その犯人はまだ捕まっていなかったんだったね。」
「十五年になるの。父からこの間連絡があった。」
「なんて?」
「今度の十二月、時効になるから手続きをしてくると。」
犯人として捕まったのは、律の父。でもそれは誤認逮捕だった。警察は平謝りし、律の家族は同情の目で見られていたという。
「お父さんは元気?」
「元気だと思うわ。連絡をしないから。」
すると私の腰に手が回る。それは大きくて、がっちりした腕だった。律の腕ではない。
そして首に柔らかい感触が伝わってきた。
「やめて…。」
「律を思い出す?」
「私が好きなのは…。」
「本当に律なの?」
耳元で聞いてくる低い声。下腹に響くその声にごまかしは利かない。
「や…。」
本当に私はいやがっているのだろうか。ふりほどいて逃げることも出来るのに。
ピンポーン。
そのとき玄関のチャイムが鳴った。ため息をついて私はその腕をふりほどき、玄関に向かう。
「はい。」
扉を開けると、そこには律の姿があった。律は息切れをしている。
「…どうしたの?」
「明日帰る予定だったけど、今日帰れたから帰った。」
「…そう。」
「何か食べれるか?」
「用意してないわ。」
私の後ろから声が聞こえた。
「まるで食堂だな。」
その声に律も驚いたようだった。そこにいたのが楓だったからだ。
「楓…何でここに?」
「絵を見せてもらいに来たんだ。」
「…それだけでここに?」
「…他意があると思うのか?」
すると律は怒ったように私を押し退けて部屋に入っていく。そして楓の胸ぐらを掴んでいた。
「お前がまだこいつに気があるのは知っている。でもこいつは俺のものだ。」
そんな状況でもあくまで楓では冷静だ。そして見下した目で律にいう。
「周はモノか?」
「楓!」
殴りかかろうとするように律は手を挙げた。
「やめて!」
律の腕を引いて、それだけはやめて欲しいと懇願する。
「止めるな。」
「止めるわよ。ここで殴っても何もならないわ。」
その言葉に律は楓から手を離した。
「楓も律を挑発するような言葉はやめて。」
「挑発なんかしてない。僕は冷静だよ。」
襟元をただし、楓は見下げるように律にいった。
「周を不安にさせたのはお前だ。僕ならそんなことはしない。大事にしているし、周に惚れているからね。」
そう言って楓は部屋を出ていった。
残されたのはうつむいている律と、そんな彼と目を合わせない私だけだった。
「楓は…どうしてここに来たんだ。」
ベッドに腰掛けて、煙草に火をつけた律が私にやっと聞く。
「…私が捨てた絵があったわ。それを拾って欲しいと言ってきたの。」
「あの絵か。」
「自分で納得していない絵を渡せるわけがないわ。いやだって言ったら、描いているモノがみたいと言ってきたのよ。」
「それだけか。」
「それだけよ。」
それだけじゃない。だけどそれを言ってしまえば、私たちはすべてが終わってしまう。そんな気がした。
「だったらその指輪は何だ。」
言われるまで意識していなかった。左手の薬指にはめられたその指輪は、楓がはめたモノだった。
「あいつはこんなモノで、お前を買収しようとしていたのか。」
「買収…。」
それは違う。
「外せ。」
どうしてそんなことまで指示をされないといけないのだろう。わからない。だけど私たちはまだ終わらせるわけには行かない。
だから私はその指輪をとり、机の上に置いた。
「周。俺がいなくて寂しいか?」
「…そうね。寂しいわ。」
「会っている度に抱いているのに?」
「欲張りなのかしらね。」
「…。」
会っている度に抱かれ、二人で朝を迎える。それが幸せだったはずなのに、どうして寂しいと思えるのか。たぶんそれが不思議だったのだろう。
「俺がいなくて寂しいとお前が思い、その心につけ込んだのは楓だった。でもそれはいいわけにならないと思わないか。」
「そうね。」
「そんなお前の心につけ込んだ楓も最低だが、それを受け入れたお前も最低だな。」
もう別れてしまうのだろうか。こんなことで。私は見捨てられてしまうのだろうか。
私はその音すら聞き逃さないように、燃える絵をじっと見ていた。何ヶ月もかけて描いた絵は、酷評の嵐だったから。
だけど自分の絵をいいと言ってくれる人も中にはいたし、買いたいという物好きもいた。だけど納得していないものを売るほど、商売人にもなれない。
「どうぞ。」
部屋に楓をあげた。もうすでに冷え切った部屋の中。私は電気をつけて、エアコンの暖房を入れた。
「昨日も来たけどね。」
私は裏に向けていたイーゼルを思い切って表に向けた。
「これ?描いている絵は。」
「まだ下書き状態。」
鳥と、少女。そして海。それが次の絵だった。
「この少女は表情がないね。」
「無気力なんですよ。きっと、愛情を受けて育っていない。」
「まるで君だな。」
「そうかしら。」
「君は愛情を受けたことがないんだろう。」
「母は五歳の時死んだわ。」
「そうだった。その犯人はまだ捕まっていなかったんだったね。」
「十五年になるの。父からこの間連絡があった。」
「なんて?」
「今度の十二月、時効になるから手続きをしてくると。」
犯人として捕まったのは、律の父。でもそれは誤認逮捕だった。警察は平謝りし、律の家族は同情の目で見られていたという。
「お父さんは元気?」
「元気だと思うわ。連絡をしないから。」
すると私の腰に手が回る。それは大きくて、がっちりした腕だった。律の腕ではない。
そして首に柔らかい感触が伝わってきた。
「やめて…。」
「律を思い出す?」
「私が好きなのは…。」
「本当に律なの?」
耳元で聞いてくる低い声。下腹に響くその声にごまかしは利かない。
「や…。」
本当に私はいやがっているのだろうか。ふりほどいて逃げることも出来るのに。
ピンポーン。
そのとき玄関のチャイムが鳴った。ため息をついて私はその腕をふりほどき、玄関に向かう。
「はい。」
扉を開けると、そこには律の姿があった。律は息切れをしている。
「…どうしたの?」
「明日帰る予定だったけど、今日帰れたから帰った。」
「…そう。」
「何か食べれるか?」
「用意してないわ。」
私の後ろから声が聞こえた。
「まるで食堂だな。」
その声に律も驚いたようだった。そこにいたのが楓だったからだ。
「楓…何でここに?」
「絵を見せてもらいに来たんだ。」
「…それだけでここに?」
「…他意があると思うのか?」
すると律は怒ったように私を押し退けて部屋に入っていく。そして楓の胸ぐらを掴んでいた。
「お前がまだこいつに気があるのは知っている。でもこいつは俺のものだ。」
そんな状況でもあくまで楓では冷静だ。そして見下した目で律にいう。
「周はモノか?」
「楓!」
殴りかかろうとするように律は手を挙げた。
「やめて!」
律の腕を引いて、それだけはやめて欲しいと懇願する。
「止めるな。」
「止めるわよ。ここで殴っても何もならないわ。」
その言葉に律は楓から手を離した。
「楓も律を挑発するような言葉はやめて。」
「挑発なんかしてない。僕は冷静だよ。」
襟元をただし、楓は見下げるように律にいった。
「周を不安にさせたのはお前だ。僕ならそんなことはしない。大事にしているし、周に惚れているからね。」
そう言って楓は部屋を出ていった。
残されたのはうつむいている律と、そんな彼と目を合わせない私だけだった。
「楓は…どうしてここに来たんだ。」
ベッドに腰掛けて、煙草に火をつけた律が私にやっと聞く。
「…私が捨てた絵があったわ。それを拾って欲しいと言ってきたの。」
「あの絵か。」
「自分で納得していない絵を渡せるわけがないわ。いやだって言ったら、描いているモノがみたいと言ってきたのよ。」
「それだけか。」
「それだけよ。」
それだけじゃない。だけどそれを言ってしまえば、私たちはすべてが終わってしまう。そんな気がした。
「だったらその指輪は何だ。」
言われるまで意識していなかった。左手の薬指にはめられたその指輪は、楓がはめたモノだった。
「あいつはこんなモノで、お前を買収しようとしていたのか。」
「買収…。」
それは違う。
「外せ。」
どうしてそんなことまで指示をされないといけないのだろう。わからない。だけど私たちはまだ終わらせるわけには行かない。
だから私はその指輪をとり、机の上に置いた。
「周。俺がいなくて寂しいか?」
「…そうね。寂しいわ。」
「会っている度に抱いているのに?」
「欲張りなのかしらね。」
「…。」
会っている度に抱かれ、二人で朝を迎える。それが幸せだったはずなのに、どうして寂しいと思えるのか。たぶんそれが不思議だったのだろう。
「俺がいなくて寂しいとお前が思い、その心につけ込んだのは楓だった。でもそれはいいわけにならないと思わないか。」
「そうね。」
「そんなお前の心につけ込んだ楓も最低だが、それを受け入れたお前も最低だな。」
もう別れてしまうのだろうか。こんなことで。私は見捨てられてしまうのだろうか。
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