カノコの日常〜妖怪があつまる『幻灯の夜市』で《後悔石》を探すバイト生活が始まった。あなたのその後悔、晴らします〜

灰緑

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わたしをもう一度(一)

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ガラス容器を振った。カラン。

もう一振りすると、カランカラン、と高貴な音が二度、鳴り響く。

翌日の午後。

わたしは右腕を枕がわりにダイニングテーブルに寝そべってダイヤモンドと戯れていた。

「そんなに振ると金剛石が傷つきますよ、カノコ」

「わたしだってダイヤモンドが世界で一番硬い石だと知ってますぅ」

 口を尖らして言い返す。

「ははっ。騙されませんでしたか」

 向かいでコーヒを飲む妙音鳥は残念そうな声を出した。

 顔は見えないが、さぞかし顰めっ面だろう。
 妙音鳥はわたしを良くからかう。半分ぐらいはわたしのやらかしに乗ってのことだが————いや修正させて頂いて八割ぐらい。陰湿ではなく夏空のようなからかいで、それはわたしの洗いざらしの感情を表に誘い出すような言い方がほとんどだ。でもなんだか面白くない。せめて今日ぐらいの言い返しができるようにならなければ。

 それにしても、高原の湧き水のように純度が高い光を放つ魔法の石は心をくすぐる。いつの時代も女性を魅了し続けてきたというセールストークは、あながち嘘ではないようだ。さらにこの石はわたしのバイト代の原資となる。
既に見事にカットされている一キャラットの相場は、下取りで何と五十万から七十万。妙音鳥がこのペースで依頼を受けても生活が維持できる理由は、そこにあったのだ。

 そう思うと輝きは七色を超えて十二色に見えてくる。わたしの頬はデザートのパンナコッタのように、ぷるんっ、と嬉しそうに震えた。

「これ……いつ売るんですか」

「……近日中に」

 わたしはむくっと起き上がって、「たくさん宣伝して依頼を受ければもっと生活が楽になるんじゃないですか?」と新入社員な並のひねりがない考えを披露した。

「そうですね。そういう考えもありますが……人の後悔を解決するのは簡単なことではありません。僕も当然に考えが及ばない時もあります。万能ではありませんから。持ち過ぎるとそれは誰かの不足を生んでしまいます。持ちすぎない。欲張りすぎない。それが人の相応だとは思いませんか。カノコ」 

 それはごもっともな意見で、わたしは溜め息をついてから「そうですよね……」と吐き出した。

 ふとキッチンの掛け時計が目に入る。もう少しで夕食の買い物へ出かける時間だ。

「妙音鳥さん。少し早めですが、夕食の買い物に行ってきますね」

「わかりました。ところで……いま体調はどうですか?」

 妙音鳥によると、感情の色が見えることは予想していたが、金色の身体が再現されたことは想定外だったようだ。聞かれるのはこれで三回目になる。

「はい。大丈夫です。あ、でも、ちょっと食欲が無いかも……」

 妙音鳥は眼鏡を反射させて瞳を隠し「お昼、ラーメンの麺が大盛りだった気がしますが、僕は目が悪くなったのかな……」と鋭い指摘を投げかけた。

 わたしがむっとすると、

「はは。その調子なら大丈夫ですね」妙音鳥は、さらっと笑う。
 
 見事にしてやられて、これはどうやら撤退のときだ。
 わたしはお財布を持って、さっさと出かけた。

 なにこれ可愛い! 
 わたしはウィンドウからお店の中を覗いている。賑やかなカフェエリアから少し離れたセレクトショップは、シンプルな商品の中に垣間見えるこだわりが魅力的で、じわじわと人気を獲得しつつあった。かくゆうわたしもファンの一人で買い物途中にこうやって足を運ぶ。

 ボディに飾られたAラインの黒いワンピースが最近のお気に入り。
小さな白いポシェットと合わせたスタイリングも十月の今にぴったりで、買うならセットがいいけれど少しお高い。
わたしはなぜか黒いワンピースが大好きだ。理由はあると思うけれど、どうしても思い出せないから、とにかく好きだと言う他ない。

 目に保養を与えてスーパーに向かおうと振り返ると、二日連続でわたしは障害物に頭ぶつけた。

「え~と、どれにしようかな」

 わたしと障害物はカフェで向かい合ってメニューを見つめている。
 アマトは妙音鳥の家に向かう途中でわたしを見かけ、驚かそうとして背後から近寄った結果、謝罪としてカフェに連行された。もちろんアマトがわたしのお財布である。

「ちーちゃん、わたしはね……」

「え、どうせあれでしょう? カノコさん……」

 何その、懐かない猫のような冷たい言い方。もちろん注文は同じだけど、一度は否定したい。

「え、違うかもしれないじゃん……」

 馴染みとなったアルバイトの女子高生ちえみ、(わたしだけの)通称ちーちゃんは口を尖らして、「じゃあ、グレープフルーツ&レモン以外にします?」と近距離でわたしに詰め寄る。

 いや、そう言われると後ろ髪が引かれてわたしは、「……やっぱりいつもと同じものを」と言うと、ちーちゃんはそれ見たことかと、若干の見下しを含んだ視線を私に突き刺した。
 
 その視線は怖いから、ちーちゃん。
 
 アマトはアイスコーヒーをオシャレに注文して、ちーちゃんはそのイケメンぶりに猫のように瞳を大きくさせた。黒のショートボブは、いつの間にか綺麗に整えられていて、内側に向いた毛先は、手招きをしているようだ。
ちーちゃんは、「お待ちください」とアマトにだけ頭を下げて、燦々たる対応の差は大盛りのアイスコーヒーにも現れた。 
 
 わたしが文句を言ったらこっそり自家製のチョコチップクッキーをくれたから、まあ、許そう。

「どう? 隼人と上手くやっている? もう……一ヶ月半ぐらいだよね」

  クッキーを頬張りながら「ふぁい。大丈夫」と言ったが、続けて「……だと思います。いまのところは……」と絶妙なチョコの食感を楽しみながら答えた。


「そうか。良かったよ。あいつさ、ほんと人見知りで皮肉屋でしょう? なかなか友達が増えないタイプだから」

 昔からの幼馴染の彼が言うと、特に皮肉屋の点はわたしにいっそうの説得力を運んできた。

「そうなんですよ————。皮肉をたっぷり含ませた言いようで、わたしをからかうのです」

「はは。確かに言われる方は、たまったもんじゃないな」

 わたしは最後の一欠片を噛み砕いて、ごくりと喉を通す。

「まぁ……慣れたとは言いたくないですが、それも、日常の一部ですね」

「そっか……」
 
 頷くアマトは少し嬉しそうな顔をしていた。

「アマトさんはいつから友達なんですか」

「ああ……三歳から。今はあいつ、この街に住んでいるけど、前は目黒に住んでいてね、その時はご近所で一緒の幼稚園だった」

「そうなんですね。それは長いですね」

「……カノコちゃんは……隼人の両親のこと知っているの?」

 アマトは少し声のトーンを落として躊躇い気味だった。

「いえ知りません。そう言えば……五歳の時に何かあったようなことを聞きました」

「そっか。まぁ、いいや。実は五歳の時に家で火災があってね、両親は亡くなってしまって、隼人だけが祖父に助けられたんだ。元々、活発というより、遊ぶ友達を外から見ているタイプだったけど、そのまま成長してしまったわけだ」
 あの写真立ての男性がやはり祖父だろう。祖父について話す妙音鳥は、旧懐の声音だったが、アマトから聞いた背
反する事実はわたしの喉を押し潰して唇を塞ぐ。
「……」

「ま、いろいろあるさ。あいつも。それに……カノコちゃんもだろ」

 その言葉はなぜかわたしに深く突き刺さる。

「え」

 咄嗟に出た言葉は一文字だけだった。

「生きてれば、良いことも悪いこともある。両方で引っ張りあって、人間の感情の落差を作る。それがまた生きる喜びになる」


「……随分と難しい話ですね……」
 
 火が通り切っていないゴーヤを食べたような苦い顔をした。

「幸せと不幸は長い目で見たら等しく与えられていると思うけどね」

「そう……ですか」
 
 不幸とは違うけれど、少し前から不安に思うことがある。
 ブレスットを貰うよりも以前の記憶が、曖昧で思い出せないのだ。意識の底に沈んでいる記憶は、何かのきっかけで断片を吐き出すけど、水面に浮上したそれは泡のように消えていく。

 もしできるなら潜って手を伸ばし、引き上げたいと思う。
 だけどわたしはその記憶に、本能的な身震いを覚えている。
 グレープフルーツ&レモンのグラスはいつのまに汗をかいて、テーブルに不自然な水溜りを作っていた。

「ところで、あいつの祖父がリグレットブレイカーだったことは知っているだろう?」 

「あ、はい」

「不思議な能力がある人だった。伝えていないのに先回りしていたり、欲しいと思ったものが届けられたり。僕も聞いた話だけどね。だけど隼人の両親が死んでからは、実の息子を失ったこともあってか、だいぶ力が衰えたらしい。その頃から隼人を育て始めたんだ」


「あの仕事、家業なんですね。苗字も珍しいです」

「だろ? 『妙音鳥は極楽浄土に住む鳥。僕は人の願いを聞き、自身の声に乗せて仏様に届ける役割を与えられています。だからこの仕事をしているのです』とか何とか言ってるんだぜ。完全に怪しい商売トークだな、それ」

「あ、この前、『実は僕は仏様の使いで……』って騙されそうになりました」
 
 アマトは豪快に笑った。

「隼人も人が悪いな。カノコちゃんは信じちゃうよね。素直だから」

 そう言われて半分だけ嬉しいけど、残りは幼いという意味だから、わしは微苦笑をした。

「アマトさんも、妖怪とか詳しそうですね。同じような仕事をしているのですか?」

「いや、俺は妖怪がこの世界から奪っていったものを取り返す仕事。オブジェクトリターナー。昔なら再強奪屋かな」

 わたしの日常には、路地裏の隅っこに落ちているピンクのスリッパのような不可思議さが溢れている。
 わたしにとってアマトの職業はむしろありえると思えた。

「じゃあ、『幻灯の夜市』で会うかもしれませんね」

 そうだな、と答えてアマトはアイスコーヒーを飲み干した。
 アマトは最初からストローを使わない。

「……その赤いブレスレット、似合うじゃないか。大事にしなよ」

 急に話が変わったけど、わたしは素直に頷いた。
ちーちゃんからの盛大なお暇乞いがアマトの背中に届けられて、腹いせに晩御飯の買い物に付き合わせて、アマトは自宅に向かう。

「ただいまです」

 遠い声でおかえりと返事が来たが、妙音鳥は姿を見せない。

「ここで待っていてくださいね。アマトさん」

 買い物袋を台所に置いて書斎に向かうと妙音鳥はいない。自室だろうか。
 仕方なく玄関に戻ってアマトに声をかけた。

「書斎のソファーにどうぞ。いまお茶でも入れます」

「あ、俺、もう一回、コーヒーでもいいかな」

「わかりました」
 
 キッチンでお湯を沸かし準備をする。
 しばらくすると妙音鳥が出て来たようで、初めて聞く嬉嬉とした声が耳に届いた。
 二人だけの世界にわたしなんかが入る隙間など微塵もなくて、それは二人には長い過去があるから当然だと思う。
 どうしてか手が震えてしまい、ドリップに注ぐお湯がテーブルに溢れてしまう。

 二度目の水溜まりは容赦無く不安を呼び戻して、心はどんどんと落ちていった。
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