カノコの日常〜妖怪があつまる『幻灯の夜市』で《後悔石》を探すバイト生活が始まった。あなたのその後悔、晴らします〜

灰緑

文字の大きさ
19 / 24

わたしをもう一度(三)

しおりを挟む

 妹のリノは崩れ落ちたお母さんの肩に手を置いて、それはメールの署名通りに大人びた態度だった。
 年齢に似合わないその行為に、わたしは少しだけ戸惑う。
 もしかしたら後悔に苦しむお母さんの姿が年齢相応の成長を許してくれなかったのかも知れない。

 わたしのあとをいつも追いかけて来たリノ。一緒にたくさん遊んで、悪戯ばかりでお母さんに怒られたわたしたち。チラチラと脳裏に浮かび出した記憶は、もう続きがない過去の出来事。

 だけど、それでも。もう一度、リノに出会えた。ただそれだけ嬉しいんだ。

 わたしは自分でも不思議なぐらいに落ち着きを取り戻していた。

 右手のブレスットは、ほんのりと温かくわたしを励ましてくれるようだ。
 涙腺が崩れると格好悪いから、そこはきゅっと引き締めて、姉としての自負を保ちつつ、妙音鳥に顔を向けると、その表情は彼の声と同じぐらいに優しかった。

 きっとわたしが死んでいて幽霊になっていることを、最初から分かっていたんだと思う。狭間の世界を訪れて妖怪と出会った今なら、自分が幽霊という非常識な存在だとしても、

 わたしはちゃんと理解できる。
 
 リノにようやく身体を起こされたお母さんを正面から見つめた。

 よく似ていると言われたお母さんは、わたしを早くに生んでいるから六年が過ぎても四十代前半。黒々とした髪質はあの頃と変わらずに、今は真ん中で綺麗に分けている。だけど肌は昔のきらめきを失っていて、目尻にも記憶にない錆びた皺が増えていた。ここに来た理由がお母さんを蝕んでいるのは明らかだった。

 死ぬ間際まで、わたしはお母さんを恨んでいた。わたしが接続していた小さな世界からコードを全部引っ張り抜いて、さらに白い空間に閉じ込めて、そしてわたしは死んでしまった。

 だけど。それでも……それでもお母さんともう一度、会えた。

 意地悪く言いたい文句は沢山ある。どうしてあの時、と喉が割れるぐらい叫びたい。だけど永遠に会えない人との、奇跡としか言いようがない逢瀬は抱きしめたくなるぐらいに愛おしい。今この瞬間、わたしは五十センチの距離でお母さんを全身で感じているんだ。だから、わたしの瞳孔はきっと開いている。

 わたしはリノに顔を向けた。

「えっと、リノちゃんは十二歳だよね?」

「え、はい、わたし言いましたかね?……」

 驚いたリノの顔は、小さい頃の面影があって、ひどく懐かしい。

「そのぐらいかなと思って。じゃあ、お姉さんが生きていたらわたしと同じぐらいかな」

 リノの不思議そうな瞳でわたしを捕らえ、「……そうですね……同じぐらいです……」と小さく囁いた。

 わたしはお母さんの方を向いて、その瞳をしっかりと見つめた。

「亡くなられたお嬢さんを病室に閉じ込めてしまったと言われましたが、そのことがリエコさんの……後悔となっているのですか」

「……はい。そうです。どうやっても病気は治らなかったと思いますが、せめてまだ身体がちゃんと動かせるうちに、自由にさせてあげるべきだった……少しでもカノコが楽しい記憶に囲まれて旅立てたら……私はそれだけでよかったはずなのに……うぅ、それが出来なかった。カノコに目に映る最後の世界をあの部屋にしてしまった……」

 滲んだ文字のようなお母さんの声音に、わたしも泣きたくなる。だけど今、わたしが泣き崩れても何も変わらない。未来があるのは目の前の二人だ。これからも生きていく人の前を塞ぐ後悔を消化させてあげたいとわたしは思う。

「妙音鳥さんどうですか。この後悔は解消できますか?」

 目線に自分の思いを含ませて、妙音鳥に総身を向ける。
 妙音鳥は頷いて、お母さんとリノに詳しく説明した。

 お母さんはカウンセリングだと思っていたようで、妖怪と聞いたら流石に怪訝な顔をしたけど、反対にリノは、「そのぐらい不思議なことがないと、歴史と記憶を改変するなんて無理だよ」とお母さんを説き伏せた。
 
 お母さんは赤紙にちゃんと名前を書けたから、あとは『後悔石』を見つけるだけ。

 妙音鳥によると十二月二十三日に『幻灯の夜市』が出現するという。

 わたしが玄関で、「必ず探しますから二十四日に、またここで会いましょう」と伝えると、二
人は深々と頭を下げて帰っていった。

 玄関の扉が閉まると、自分を入れ替えるつもりで深く深呼吸して、それから書斎に戻っていった。
 
 妙音鳥は自分の椅子に座っていて、わたしは机を挟んで立ったまま彼の顔を見つめている。
 聞くこともあるし、話すこともある。

 だけど耳は少し怖がり、唇は動くことを躊躇っていた。

「カノコ。ちょっといいかな……もう分かっていると思うけど話した方がいいだろう」

 少し深めに顎を引いてから、はい、と答えた。

「カノコは……もう死んでいるんだ。つまり、幽霊です」

 既に気づいていたけど、面と向かって言われると少々きつい。
 きっと神妙な顔つきだろうから、そのまま頷いた。

「はい。分かっています。妙音鳥さんは……最初から分かっていたんですね」

「ええ……この家に来た日のこと、覚えていますか?」

「はい、ええと……赤いブレスレットを貰って……」

「それよりも前のことは?」

「……いえ、ほとんど覚えていません。さっき生きていた時の記憶は取り戻しましたが、死んでしまってからの記憶はほとんど……」

 妙音鳥は机の引き出しから赤紙を取り出してわたし前で揺らした。なんとなく見覚えがあるような気がする。

「これがなんだか分かりますか?」

「何となく、見覚えがある、気がします……」

「カノコはこの赤紙を拾って、バイトの面接に来たのです。この紙は、人間には見えない特殊なもの。僕は特異な能力がある助手を探していたのです」

 わたしの脳裏に白い閃光が走った。

「あ……わたし、神社でそれを拾って……なんで、忘れて……」

「幽霊が出来事を覚えていられるのは、わずかな時間だけです。こうやってきっかけを与えると浮かび上がってきますが、自分で思い出すことはできない。カノコに幽霊の自覚がなかったのは、死んだことを忘れていたからです。染み付いた習慣を覚えていることは稀にありますが、生前の記憶の大半は、肉体が失われた時にいわば魂の中に封印されてしまっていたのです」

「じゃあ、どうして、生きていた時の……記憶が全部、戻ったのですか?」

「それは、お母さんと妹との再会が成し得た奇跡と言っていいでしょう。極めて珍しいケースだと思います」

 思わず両手で自分を抱きしめる。この記憶だけは消えないで欲しいと願いながら。

「妙音鳥さん、このブレスレットって一体……」

 右手をゆらっと上げた。手首には力は入っていない。

「そのブレスレットの紐は、人縛糸(じんばくし)という特殊な糸を使って作られています。本来は、妖怪に仮初めの人間的外見と肉体を与えるもの。かつて人が妖怪を使役して争っていた時代があってね。その時代の遺産です。そして赤い鉱石は肉体に記憶を保存するための触媒。その証拠に、ブレスレットを手に付けてからの記憶はちゃんとあるでしょう? 加えて紐の効果で肉体があった頃、つまり生前の記憶が浮かび易くなっていたはずです。だから初日から料理もできた」

 確かに身体は手順を覚えていてすぐに作ることができた。

「……はい」

「カノコがこの家に来た日に着ていた服と靴も消えてしまっていませんか? カノコの身体から離れると形を保つことができず、数時間程度で消滅してしまうのです」

 そう。あの日に着ていた黒いワンピースと靴はいくら探してもみつからない。

「そっか————」

 全てに合点がいくと、なぜかふっと気が抜けた。
 
 立ったままだったわたしは、ソファーにぽんと座った。

 手足を軟体動物のようにだらんとさせて、天井にふーと息を吹きかけた。

「じゃあ、やっぱり妙音鳥さんは、わたしを拾ってくれたんですね」

「そうですね。そうでなければ、誰かに取り憑くか……」

「あ、でも今はある意味、妙音鳥さんに取り憑いていますよ」 

 身体を起こし、テンプレートなお化けの両手を真似てぺろっと舌を出す。

「ははっ、確かに。カノコよく食べるから食費が……ただ、物質化された肉体を保つために、同じ物質エネルギーを大量に必要としている、と考えることもできます」

 なんだか恥ずかしくなって下を向いた。

「妙音鳥さん……あの、思い出したのですが、わたし、入院する前から、お母さんに食費がかかり過ぎて困ると愚痴をこぼされていて……幽霊とか関係ないかもです」

 妙音鳥は、『鳩が豆鉄砲を食らう』を見事に実演してみせて、それから大声で笑った。

「わたし、お母さんの後悔……消化してあげたいです」

 妙音鳥はしばらく無言のままだったが、静かに椅子から立ち上がり、カノコの向かいに座った。

「カノコ。先に言っておくことがあります。カノコは今、外見的には確かに二十歳前後です。それはカノコが死ぬ前に残した願望、いや夢とも言うべき『大学生になりたかった』が強く反映されているからでしょう。動けない身体だからこそ強く願い、やがてそれは後悔となってカノコは幽霊になったのです」

 確かにわたしは閉じ込められた病院のベッドの上で、永遠に訪れない大学生活に思いを馳せていた。

「もしお母さんの後悔が消化されて、つまりカノコが最後の時間を病院ではなく自由に過ごしたとなると……カノコ自身が残した強い後悔が消えてしまう可能性があります」

「つまり……わたし、消えちゃうかもしれないんですね」

「その可能性は否定できません。それでもいいのですか?」

 あの時、わたしの未来は暗闇に溶け込んでしまってそれが恐ろしくて、お母さんを否定したけど、治療という選択に良し悪しはないと、今ならちゃんと理解できる。

 奇跡の順番が回ってこなくて、結果が伴わなかっただけだ

 消えちゃうのは怖いけど、それでもお母さんを苦しめる棘を抜いてあげたい。

 先立つ親不孝をその後も引きずらせるなんて、わたし、最低だ。
 

「はい。それでも、わたしはお母さんの後悔を消化させてあげたいです」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀
キャラ文芸
 妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。  しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。  掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。  五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。  妖×家族の心温まる和風ファンタジー。

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

白苑後宮の薬膳女官

絹乃
キャラ文芸
白苑(はくえん)後宮には、先代の薬膳女官が侍女に毒を盛ったという疑惑が今も残っていた。先代は瑞雪(ルイシュエ)の叔母である。叔母の濡れ衣を晴らすため、瑞雪は偽名を使い新たな薬膳女官として働いていた。 ある日、幼帝は瑞雪に勅命を下した。「病弱な皇后候補の少女を薬膳で救え」と。瑞雪の相棒となるのは、幼帝の護衛である寡黙な武官、星宇(シンユィ)。だが、元気を取り戻しはじめた少女が毒に倒れる。再び薬膳女官への疑いが向けられる中、瑞雪は星宇の揺るぎない信頼を支えに、後宮に渦巻く陰謀へ踏み込んでいく。 薬膳と毒が導く真相、叔母にかけられた冤罪の影。 静かに心を近づける薬膳女官と武官が紡ぐ、後宮ミステリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮薬師は名を持たない

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。 帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。 救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。 後宮が燃え、名を失ってもなお―― 彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。

企業再生のプロ、倒産寸前の貧乏伯爵に転生する 

namisan
ファンタジー
数々の倒産寸前の企業を立て直してきた敏腕コンサルタントの男は、過労の末に命を落とし、異世界で目を覚ます。  転生先は、帝国北部の辺境にあるアインハルト伯爵家の若き当主、アレク。  しかし、そこは「帝国の重荷」と蔑まれる、借金まみれで領民が飢える極貧領地だった。  凍える屋敷、迫りくる借金取り、絶望する家臣たち。  詰みかけた状況の中で、アレクは独自のユニーク魔法【構造解析(アナライズ)】に目覚める。  それは、物体の構造のみならず、組織の欠陥や魔法術式の不備さえも見抜き、再構築(クラフト)するチート能力だった。  「問題ない。この程度の赤字、前世の案件に比べれば可愛いものだ」  前世の経営知識と規格外の魔法で、アレクは領地の大改革に乗り出す。  痩せた土地を改良し、特産品を生み出し、隣国の経済さえも掌握していくアレク。  そんな彼の手腕に惹かれ、集まってくるのは一癖も二癖もある高貴な美女たち。 これは、底辺から這い上がった若き伯爵が、最強の布陣で自領を帝国一の都市へと発展させ、栄華を極める物語。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...