俺様世界

葉津緒

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本編

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「っん、う……」

 え? な、何?
 どうしてまたこんな。
 いつのまに、魔物に口を塞がれてたの!?

「……っ……は、んん……ゃあ……」

 早く逃げなきゃ、そう頭では分かっているのに息が苦しくて、くらくらする。
 それに、なんだろう。さっきから頭も身体も凄く熱くて、ふわふわ……。
 このままじゃ食い殺されるだけなのに。

「ぁん、……っ……ふ」

 苦しい。
(気持ちいい)
 熱い。
(なんだか、変)
 助けて。
(もっと)

 ああ、だめだ。混乱する僕の頭では、まともに考えることができない。
 どこからか「チュ、クチュ」と水音が聞こえてくる。
 だけど息苦しさと、心臓の音がドクドクうるさくてそれが遠いのか近いのかも分からない。

「や……ハァ、……っん……ぅ、ぁ」

 そうして自分が今何をされているのか理解できないまま、ふいにピリピリと不思議な痺れを感じることに気がついた。

(あ、なんだろう。さっき水に触れたときのバチッとした痛みに近いような)

 だけど今は痛いわけじゃなく。
 むしろとても気持ちいい。
 それも、塞がれながら噛みつかれたり舐められたり……してる僕の口から喉を通ってお腹のほうへ。
 甘いピリピリがどんどん強くなるみたいだった。

(ふぁあ、甘い、おいしい)

 やっぱり僕、変だ。
 ピリピリがしてから身体もおかしい。

「!」

 ふいに相手が離れる気配がして、ハァハァと荒い息のまま目を開いた。
 涙で滲む景色。そこに、僕を見下ろす綺麗な魔物の姿がある。
 だけどなぜか、ぼーっとする頭に浮かぶのは

(欲しい)
(モっと)
(足リナイ)

 自分でもわけの分からない感情。
 それがなんなのか理解できず、だけど飢えへの欲求を満たしたくて……僕は魔物に手を伸ばした。

 ――ドクンッ

「!」

 あ、まただ。
 指先が彼の頬に触れた瞬間、ピリピリと身体を走る何か。でも今度はさっきより強くて激しい感じ。
 触れ合った場所から足の先まで、まるで身体中が全部心臓になったみたいにドクドクしてる。
 ああ熱い、気持ち良い、美味しい。

「おい、なんなんだお前」
「え? んぅ……っ」

 相手の頬に触れていた手を掴まれると同時に、魔物がまた噛みついてきた。
 ああ、もうだめ、今度こそ本当に殺されるんだ。
 そう考えた途端、恐怖と悲しさから涙があふれて止まらない。

(嫌だ、お願い誰か助けて)

「おい、泣くな」
(え……?)

 ゾクリとするような、甘く響く低音が魔物の口から発せられた。
 ほんの一瞬意識が飛んでいたのか、噛みつかれたはずの唇はいつのまにか解放され、今は必死に空気を求めている。
 と、やわらかくて湿った、多分魔物の舌(?)か唇と思われるものが、反射的につむってしまった僕の目の辺りに触れた。

「……しょっぺえ、けどなんか甘いな」
(え、な、何が?)

 もう一度、恐る恐る目を開ければ、さっき僕を殴った手が今度は優しく頬を撫でてくる。目のふちを沿うように動く指先がくすぐったい。
 驚き見開いた目の先には、美しい魔物の顔。そして相手の瞳に映り込む、泣き顔の僕。

 フ、と笑みを浮かべる魔物に息を呑んだ。

 一体これはなんだろう。
 魔物なのに……否、魔物だからなのか。
 物凄く、魅入られてしまう。

「や、痛っ」

 突然、頬に痛みが走った。
 殴られて怪我したとこを魔物が触ったんだ。
 そこでハッと我に返る。
 ああ、きっとこいつは人間を惑わせ魅了し油断させてから喰い殺す魔物なんだ、と。
 でも、いや……いやだ、痛いのも怖いのも。
 僕はまだ死にたくないのに。

「おい暴れるな! ……つか、さっきはいきなり殴ったりして悪かった」
「へ?」

 予期しない魔物の言葉に、動きが止まる。
 悪かった?
 えっと、今のは幻聴かな。もしくは、僕をだまそうと嘘をついているのか。
 ああ、だめだ。
 上手く考えがまとまらなくて、体を起こした魔物が己の姿を確認するのを、黙って眺めることしかできない。

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