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第8話 新生活
しおりを挟む「イブさん、この荷物はこっちに置いておきますねー」
「あ、すみません。ありがとうございます」
運び込まれる荷物を仕分けしながら唯舞はリアムに礼を言う。
この世界にやってきたのは二日前。それなのに唯舞の状況はずいぶんと変わってしまった。
転移の翌日には前線基地からザールムガンド帝国首都・ヴァインへと向かうこととなり、人生初の軍用機搭乗を果たした唯舞は、日本では絶対にありえない体験に眩暈がしそうになったのを今でも覚えている。
なんとなしに隣にいたエドヴァルトに、前線を離れてもいいのかと尋ねれば、「別動隊と交代するから大丈夫だよ」と、緊張をほぐすような軽やかさで微笑まれた。
アルプトラオムには他にもメンバーがいるとリアムが言っていたから、きっとその人たちのことだろう。
勇気を出して乗った軍用機だが、最高に怖かったのでもう乗りたくないと思ったのが昨日のことだ。
「よし、荷物はこれでラストです。不足品も出ると思うのでその時は注文してくださいね。当日中か、翌日には届きますから」
一階から最後の段ボールを部屋に運び込んだリアムが、ふう、と息をついて唯舞に笑顔で声を掛けた。
「ありがとうございます、リアムさん。……すみません、手伝ってもらって」
「いえいえ。これくらいなら全然構いませんよ~」
あの日の夜はエドヴァルトの勧めもあって、唯舞は兵舎内の一室を使わせてもらうことになった。
リアムが寝間着代わりにと自分の服を貸してくれたり、エドヴァルトが気を遣ってトラベルセットを貰ってきてくれたりと、さりげない気配りが沈んだ気持ちを宥め、ほんの少しだけ唯舞を元気づけた。
アヤセとはあの後、軍議があるといって兵舎を出ていったきり、首都に戻ってからも姿を見ていない。
ちらりと部屋の時計にリアムの目が向き、作業の手を止めた。
「あぁもうお昼ですね。カフェテリアで昼食を食べてから頼んでいたイブさんの制服を取りに行きましょうか」
「あ、はい」
今、唯舞達がいるのはアルプトラオム専用の宿舎だ。
軍に所属している人間は基本的には宿舎生活らしく、その中でもアルプトラオムは特殊部隊ということもあり他とは違う専用の宿舎が与えられているとのことだった。
見た目は高級なシェアハウスのようで、一階には大佐・中佐・少佐クラスの部屋やキッチン、ラウンジといった共用設備があり、二階はそれ以下の階級者の部屋らしく、唯舞もその空き部屋の一つを使わせてもらうことになっている。
一階の階級持ちクラスにもなれば部屋にユニットバスがあるらしいが、唯舞達二階組は、共同シャワーと共同トイレがそれぞれ二つあるだけ。なのでその一つを唯舞専用に、とリアムが申し出てくれたのだ。
一度は遠慮した唯舞だが、元々、上を使う人間は三人しかいないし、現状で使うのは唯舞と自分だけだから問題ない。むしろ専用で使ってくれたほうが色々と助かります、と、リアムが少し照れたように言ってきたので、唯舞も有難くその提案に乗ることにした。
(お風呂場でばったり、なんて気まずいもんね……)
弟や父親でさえ脱衣所で遭遇したらかなり気まずいのだから、異性相手ならもっと気まずいことになるだろう。
そういう展開は漫画やアニメの世界だけで十分だ。
現在のアルプトラオムには別動隊のメンバーがあと三人いて、基本的に三人一組で行動しているので六人が揃うことは年に数回程度らしく、現状男三人、女ひとりの四人での共同生活がこうして始まった。
*
「――おい。お前は異界人についてどこまで知っている?」
唯舞とリアムが連れ立って外出する様子を自室から見ていたエドヴァルトの背中にアヤセの声が刺さる。
それに対してエドヴァルトは淡い微笑みを浮かべ、アヤセを振り返った。
「なんのこと?」
彼の青藍の瞳が淀んだように揺れ、それ以上話すことはないと告げている。
それに気付いたアヤセは僅かに眉を寄せたが、それ以上言葉を続けることなく静かに部屋を出ていった。
パタンとドアが閉まり、静寂が支配する部屋でぽつりとエドヴァルトが呟く。
「――どこまで……か」
その言葉は誰にも聞かれることなく、まるで淡雪のように部屋に溶けていった。
真実なんていつの時も残酷で、知らないまま守れるのならそれが一番いいのだ。
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