悪夢はイブに溺れる~異界の女神として死ぬ私を、愛知らぬ中佐は許さない~

熾音

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第63話 ヤーレスエンデ

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  年の終わりヤーレスエンデ
 イエットワー最大の年行事にして星と精霊に感謝を捧げる祝祭は、年最後の12月31日と年初めの1月1日の二日に渡って世界中でおこなわれる。
 地方によって祝い方は多少異なるが、街だけではなく、各家庭どこを見ても精霊を模した飾りや理力リイスに似せた色とりどりのオーナメントがイルミネーションのように飾られて、お祭りムードはすでに最高潮だ。
 
 そんな祭りの屋台よろしく、ずらりと並んだ賑やかな通りの一画。
 ふと漂ってきた、懐かしい香りに唯舞いぶの足がピタリと止まる。


 「!」
 「……唯舞ちゃん?」
 
 
 エドヴァルトの声も届かない。その屋台に並ぶ何かを見つけた途端、唯舞の目は感極まったように輝いた。

 炊き立ての湯気、ふんわり香る米の匂い。
 深呼吸すれば肺いっぱいに広がる幸せな空気に、思わず唯舞の表情が多幸感に包まれる。
 
 真っ白に輝く三角山のライスに真っ黒なナニカを巻いたその食べ物は、ザールムガンド人のアヤセ達にはあまり馴染みがないものだが、唯舞の目はそれに釘付けになっていた。
 

 「すみません! これ二つ下さい!」


 普段の唯舞とは想像もつかない程の弾む声と勢いに思わず全員が足を止める。
 今の唯舞を釘付けにしているものとは、羽釜で炊いた炊き立てごはんの――そう、"おにぎり"なのだ。

 ザールムガンド帝国に転移してきた初めの頃。
 最初はリゾット類があるからお米に飢えずに済むだろうと思っていた。
 思っていた……のだが、そこには大きな盲点が一つあったのだ。
 

 (お米の種類が違うなんて想像してなかった……!)

 
 ザールムガンド帝国で主に流通している米というのは、粘り気が少なく甘みの弱い、主に加工することがメインの長粒種で、唯舞の食べ慣れた粘り気があり甘みもあるふっくらとした短粒種の"ジャポニカ米"ではなかったのである。

 そんな唯舞に店主は目を丸くした。
 

 「嬢ちゃんは……他国よその娘かぁ? だが、よそだとこいつはぁ……」
 「大丈夫です! おにぎりも海苔も大好物なので!」
 「おぉぉぉぉそうか、圧がつえーな嬢ちゃん。他国でノリ好きは滅多にいないんだが」
 「美味しいのにもったいないですよね……! ……あれ、もしかして具入りもあるんですか?」
 「おっと、具までこだわるたぁこりゃ本物のおにぎり好きか。そうだな、今のおすすめはコンブとシャケと……」
 「じゃあそれも全部下さい」
 「待って待ってイブちゃん。一回落ち着いて深呼吸しましょう?」


 カイリにやんわりと両肩を押さえられ、ハッとなる。

 
 (白米への禁断症状がこんなにも出るなんて……っ!)

 
 食に貪欲な日本人魂とはなんと恐ろしいことか。
 今なら、漫画やアニメで見たような異世界に行った日本人が血眼になって日本食を探したり、己で創意工夫して作り上げる熱い気持ちが痛いほど痛感できる。
 米は、日本人の心なのだ。
 
 そんな唯舞を見て、店主は豪快に笑った。


 「はっはっは! よその国の嬢ちゃんがこんなにもおにぎりが好きだとはそんじょそこらの奴とは気合いが違うな! よ――し、気に入った。塩むすびと具入りの二個セットを特別価格にしてやろう!」
 「え……いいんですか? えぇっと……どうしよう。じゃあ、塩むすびと、昆布で」
 「ノリにコンブ! いいねぇ、嬢ちゃんはどうやら本当におにぎり好きだな! あっちのほうにな、おにぎりに合う総菜屋もある。赤帽子のにぎり屋リッツェンに聞いたって言えば良くしてくれるだろうから寄ってみな!」

 
 唯舞の熱いおにぎり愛がかなり響いたようで、値引きまでも成功していた。
 店主は唯舞の希望通り、塩むすびと昆布入りのおにぎりを手ずから握ると、風流にも竹の葉で包んで渡してくれる。
 
 
 「あ、ありがとうございますっリッツェンさん」


 バングルでお金を支払い受け取った二個のつやつやおにぎりは、ザールムガンド帝国で見ていたようなパラパラな米ではなく、粘り気があって、瑞々しく。
 それはまさに唯舞が慣れ親しんできた独特の香りと輝きを放っていた。
 
 
 (あぁ……おにぎりの香りってこんなだった……)


 そう思うと、胸にも涙腺にもじわりと来るものがあり、店主に再度礼を告げてから唯舞は店を後にする。
 何も言わずに待っていてくれたカイリ達に、勝手に動いてごめんなさい、と謝ればカイリが優しく頭を撫でてくれた。
 
 今日は12月30日。
 明日から始まる年の終わりヤーレスエンデを前に、唯舞はアヤセやエドヴァルト達と精霊契約更新のためこの地にやってきたばかりだ。

 ここはイエットワー南西の大陸。
 レヂ公国同様に完全中立を貫くもう一つの中立国アインセル連邦は、どこか日本めいた異文化溢れる国だった。

 
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